あなた…誰…
まえがき
ヘンゼルとグレーテルというお話をご存知でしょうか?
森で両親に見捨てられた兄妹が、お菓子の家で魔女に出会い、ついには魔女を鍋に入れて倒す――
そして、家へ帰った二人を父親が温かく迎える。
それは短くて、不思議な余韻を残す物語です。
けれど、こんな疑問を抱いたことはないでしょうか。
なぜ、魔女は子どもたちを食べようとしたのか?
なぜ、二人は森で見捨てられたのか?
なぜ、父は彼らを待ち続けていたのか?
その“動機”は、誰も語らない。
そう――それらすべては、読者の想像に委ねられている。
あるいは、人々は深く考えようともしない。
なぜなら、それは「童話」だから。子どものための読み物だから。
けれど、もしも――
その物語の裏に“真実”があったとしたら?
これは、その真相に迫る物語。
では皆様を、少し奇怪な世界へとご案内いたします。
これは私が体験した.......それはそれは不思議な物語.......
このお話が多くの人に届くことを私は願っている。
その先に私を助けてくれた人がいるから.........
今度は私があなたを救う。あなたが私を助けてくれた時のように......
「ねぇ……私のお話をどうか.........どうか多くの人に届けて.......」
「お願い..........」
「あぁ…..」
「......わかったよ......」
「キミのお話が多くの人の心に行き届き、キミの願いが叶うまで僕は書き続ける.........」
「キミが歩みはすべての人に何かを残す......僕はそう信じている........」
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さぁ、キミのパレードを始めよう。
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目を覚ますと、真っ白な天井が目に映った。
視界の端には、点滴や医療器具。カーテンが風に揺れている。
「ここは……」
ぼんやりと呟いたそのとき――
「おはよう。」
椅子に腰かけた高校生くらいの青年が、穏やかな笑みを浮かべていた。
(え……誰?)
「あの……あなたは?」
「僕は君の兄。葵だよ」
「兄……?」
葵は小さく息を吐き、少し寂しげに笑った。
「やっぱり、覚えてないよね」
「はい……。すみません……」
「いや、気にしないで」
「いつもと少し違ったから、もしかしてって思ったんだけど……仕方のないことだから」
「あの……私は……」
「キミは朱音。篠崎朱音」
「朱音……?」
「うん。君の名前だよ。キミは十四歳だよ」
「そう……なんですね」
沈黙。
私は俯き、小さく息を吐いた。
「……すみません。本当に、何も思い出せなくて」
「ううん、大丈夫。朱音がいてくれるだけで、僕は……」
「えっ?」
「……いや、なんでもない。忘れて」
葵の表情が、ふと曇ったように見えた。
そのとき――
「コン、コン」とノックの音。
「ごめん、もう行かなきゃ。また明日」
「はい……」
葵は笑顔で手を振り、病室を出ていった。
ドアの向こうで兄と誰かが話す声が微かに聞こえた。
「そろそろかな……」「そんな……」
翌日。
「コンコン」「入るよ」
ドアの音で目を覚ますと、昨日と同じ青年が花を抱えて立っていた。
「おはよう。今日は朱音のために綺麗な花を買ってきたんだ。……綺麗だろ?」
「……あの、すみません。あなたは……?」
葵の表情が一瞬止まり、苦笑する。
「……だよね。僕は葵。よろしくね」
「……はい」
「今日で……何回目だろう」
その言葉が妙に胸に残った。
「え……?」
「いや、ごめんね。キミの名前は朱音。篠崎朱音っていうんだ」
「ごめんなさい……本当に私何も覚えていなくて」
「ううん、大丈夫さ。それは仕方ないことだから.......」
彼は明るく振る舞おうとしていたが、瞳の奥には影が差していた。
「私……何かの病気........なんですか?」
「ううん、違うよ。過去に色々あってね」
「そう……なんですか」
「キミは寝てしまうと、記憶が消えてしまうんだ」
「……!」
「こうして話していても、明日にはね」
再びノックの音。
「それについては、今は話せない。……いや、思い出さない方がいい。きっと、その方がいい」
「……わかりました」
葵は俯き、悲しげに続けた。
「今日はどうしても朱音に伝えておきたいことがあるんだ。……僕は明日からしばらく来られない」
「……そうなんですか」
「でも、必ず戻ってくる。約束する。だから……僕を探さないで」
彼はクローバーの押し花を差し出した。
私が問い返すよりも早く、葵は背を向けて病室を出て行った。
「探さないで――」
その言葉だけが、朱音の頭の中で何度も反響した。
夜。
またノックの音。
(葵さん……?)
「やぁ、失礼するよぉー。」
ドアを開けて現れたのは、顔を白く塗りたくり、ピエロのような格好をした長身の男だった。
「キャー!」
「シィー……。そんなに驚かないで。誰か来ちゃうだろ」
男は唇に指を当て、にやりと笑う。
「僕は道化師のジャック。よろしくね、グレーテ」
「グレーテ……?」
「おや、知らないの?君の名前さ」
「私はグレーテなんて名前じゃ……」
「いや、間違いない。キミはグレーテだ」
彼はしゃがみこみ、朱音の瞳を覗き込む。
その視線に、朱音は無意識に身を引いた。
「クックックッ……それでどうする?ハンスを助けに行く?」
「そもそもあなた何者なんですか?」
「ハンス……?誰ですか」
「ハンスはキミのお兄さんだよ。――あぁ、葵、だったかな......」
「葵さんが危ない……?」
「そう。僕はさっき魔女に連れて行かれるところを見たんだ」
「魔女……」
「とっても悪い魔女さ」
私の手には、葵から受け取ったクローバーが握られていた。
ふと見ると、その色がわずかに褪せていた。
「それは……持ち主の寿命を示すのかもしれないね。」
「じゃあ……葵さんは……!」
「どうする?グレーテ」
ジャックの目が静かに光る。
「でも……私、眠ると全部忘れてしまうんです」
「問題ない。あっちでまた説明する」
「……あっち?」
足音が近づく。
ジャックは帽子を直しながら言った。
「チャンスは一度きり。どうする?」
朱音は唇を噛んだ。
「ハンスと話して、どう思った?」
「んー。どう?行くかい?」
「.......」
「やっぱりね........」
「行かないって顔をしているね........」
「........残念だよ........」
「仕方がない.......僕だけで.........」
「行きます!」
「え?!」
「なんだか分からないけれど、失っちゃいけない........」
「なんだか.........なんだかそんな気がするんです..........」
「だから、だから私も連れて行ってください!」
「フフッ........そうかい!」
「僕も一人で行くのは少し不安でさ........」
「よかったよ........」
「じゃあ、行こう!」
彼は笑みを浮かべ、帽子から一冊の茶色い絵本を取り出した。
彼は部屋の電気を消し、絵本を床に置いてそっと絵本のページをめくった。
ページを開いた瞬間、光が溢れ、部屋中が白く染まった。
「この辺りからかな.........」
「僕が先に行くから、僕に続いて付いてくるんだよ」
そう言って彼は絵本の上に片足を乗せた。
次の瞬間、ジャックの体は光に吸い込まれて消えた。
絵本の上には彼の帽子だけが残されている。
「グレーテ、少し帽子を押し込んでくれるかな?」
「詰まった見たいだ」
私は震える手で帽子を押し込んだ。
本の中には、手招きするジャックの姿が見えた。
「噓でしょ!?」
「篠崎さん、開けますよ」
看護師がドアの外で声をかけた。
(まずい……急がないと!)
私は勇気を振り絞り、本の上に立った。
足元から光が満ち、体が吸い込まれるような感覚がした。
まぶしさに目を閉じ――
次に開けたとき、そこには嬉しそうに手を叩くジャックがいた。
「おお!間に合ったようだね。それでは、改めてご紹介を........」
「我が君、グレーテ。旅のお供をさせていただく道化師、ジャックです」
「以後お見知りおきを..........」
「お堅いのは抜き大丈夫です。さっきみたいに普通に話してくれて大丈夫ですよ」
「そうかい!それは助かるよ!」
「じゃあ、キミも......」
「うん......」
丘の向こうに、小さな村が見えた。
「あの.......あそこは?」
「あれはウェーゲという村さ」
「あそこがキミの始まりの地になる」
「もうすぐ日が暮れるね。あの村で宿を探そうか」
「うん.....」
こうして私たちは丘を登り、村まで向かった。
お読みいただきありがとうございました。
感想やレビュー等できればよろしくお願いいたします。




