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忘却のグレーテ  作者: だい
第一章
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あなた…誰…

まえがき


ヘンゼルとグレーテルというお話をご存知でしょうか?


森で両親に見捨てられた兄妹が、お菓子の家で魔女に出会い、ついには魔女を鍋に入れて倒す――

そして、家へ帰った二人を父親が温かく迎える。

それは短くて、不思議な余韻を残す物語です。


けれど、こんな疑問を抱いたことはないでしょうか。


なぜ、魔女は子どもたちを食べようとしたのか?

なぜ、二人は森で見捨てられたのか?

なぜ、父は彼らを待ち続けていたのか?


その“動機”は、誰も語らない。

そう――それらすべては、読者の想像に委ねられている。


あるいは、人々は深く考えようともしない。

なぜなら、それは「童話」だから。子どものための読み物だから。


けれど、もしも――

その物語の裏に“真実”があったとしたら?


これは、その真相に迫る物語。


では皆様を、少し奇怪な世界へとご案内いたします。

これは私が体験した.......それはそれは不思議な物語.......

このお話が多くの人に届くことを私は願っている。


その先に私を助けてくれた人がいるから.........

今度は私があなたを救う。あなたが私を助けてくれた時のように......


「ねぇ……私のお話をどうか.........どうか多くの人に届けて.......」

「お願い..........」


「あぁ…..」

「......わかったよ......」


「キミのお話が多くの人の心に行き届き、キミの願いが叶うまで僕は書き続ける.........」

「キミが歩みはすべての人に何かを残す......僕はそう信じている........」


-------------------------------------------------

さぁ、キミのパレードを始めよう。

-------------------------------------------------




目を覚ますと、真っ白な天井が目に映った。

視界の端には、点滴や医療器具。カーテンが風に揺れている。


「ここは……」


ぼんやりと呟いたそのとき――


「おはよう。」


椅子に腰かけた高校生くらいの青年が、穏やかな笑みを浮かべていた。


(え……誰?)


「あの……あなたは?」


「僕は君の兄。葵だよ」


「兄……?」


葵は小さく息を吐き、少し寂しげに笑った。


「やっぱり、覚えてないよね」


「はい……。すみません……」


「いや、気にしないで」

「いつもと少し違ったから、もしかしてって思ったんだけど……仕方のないことだから」


「あの……私は……」


「キミは朱音。篠崎朱音」


「朱音……?」


「うん。君の名前だよ。キミは十四歳だよ」


「そう……なんですね」


沈黙。

私は俯き、小さく息を吐いた。


「……すみません。本当に、何も思い出せなくて」


「ううん、大丈夫。朱音がいてくれるだけで、僕は……」


「えっ?」


「……いや、なんでもない。忘れて」


葵の表情が、ふと曇ったように見えた。


そのとき――

「コン、コン」とノックの音。


「ごめん、もう行かなきゃ。また明日」


「はい……」


葵は笑顔で手を振り、病室を出ていった。

ドアの向こうで兄と誰かが話す声が微かに聞こえた。


「そろそろかな……」「そんな……」


翌日。


「コンコン」「入るよ」


ドアの音で目を覚ますと、昨日と同じ青年が花を抱えて立っていた。


「おはよう。今日は朱音のために綺麗な花を買ってきたんだ。……綺麗だろ?」


「……あの、すみません。あなたは……?」


葵の表情が一瞬止まり、苦笑する。


「……だよね。僕は葵。よろしくね」


「……はい」


「今日で……何回目だろう」


その言葉が妙に胸に残った。


「え……?」


「いや、ごめんね。キミの名前は朱音。篠崎朱音っていうんだ」


「ごめんなさい……本当に私何も覚えていなくて」


「ううん、大丈夫さ。それは仕方ないことだから.......」


彼は明るく振る舞おうとしていたが、瞳の奥には影が差していた。


「私……何かの病気........なんですか?」


「ううん、違うよ。過去に色々あってね」


「そう……なんですか」


「キミは寝てしまうと、記憶が消えてしまうんだ」


「……!」


「こうして話していても、明日にはね」


再びノックの音。


「それについては、今は話せない。……いや、思い出さない方がいい。きっと、その方がいい」


「……わかりました」


葵は俯き、悲しげに続けた。


「今日はどうしても朱音に伝えておきたいことがあるんだ。……僕は明日からしばらく来られない」


「……そうなんですか」


「でも、必ず戻ってくる。約束する。だから……僕を探さないで」


彼はクローバーの押し花を差し出した。


私が問い返すよりも早く、葵は背を向けて病室を出て行った。


「探さないで――」


その言葉だけが、朱音の頭の中で何度も反響した。


夜。

またノックの音。


(葵さん……?)


「やぁ、失礼するよぉー。」


ドアを開けて現れたのは、顔を白く塗りたくり、ピエロのような格好をした長身の男だった。


「キャー!」


「シィー……。そんなに驚かないで。誰か来ちゃうだろ」


男は唇に指を当て、にやりと笑う。


「僕は道化師のジャック。よろしくね、グレーテ」


「グレーテ……?」


「おや、知らないの?君の名前さ」


「私はグレーテなんて名前じゃ……」


「いや、間違いない。キミはグレーテだ」


彼はしゃがみこみ、朱音の瞳を覗き込む。

その視線に、朱音は無意識に身を引いた。


「クックックッ……それでどうする?ハンスを助けに行く?」


「そもそもあなた何者なんですか?」

「ハンス……?誰ですか」


「ハンスはキミのお兄さんだよ。――あぁ、葵、だったかな......」


「葵さんが危ない……?」


「そう。僕はさっき魔女に連れて行かれるところを見たんだ」


「魔女……」


「とっても悪い魔女さ」


私の手には、葵から受け取ったクローバーが握られていた。

ふと見ると、その色がわずかに褪せていた。


「それは……持ち主の寿命を示すのかもしれないね。」


「じゃあ……葵さんは……!」


「どうする?グレーテ」


ジャックの目が静かに光る。


「でも……私、眠ると全部忘れてしまうんです」


「問題ない。あっちでまた説明する」


「……あっち?」


足音が近づく。

ジャックは帽子を直しながら言った。


「チャンスは一度きり。どうする?」


朱音は唇を噛んだ。


「ハンスと話して、どう思った?」


「んー。どう?行くかい?」


「.......」


「やっぱりね........」

「行かないって顔をしているね........」

「........残念だよ........」


「仕方がない.......僕だけで.........」


「行きます!」


「え?!」


「なんだか分からないけれど、失っちゃいけない........」

「なんだか.........なんだかそんな気がするんです..........」


「だから、だから私も連れて行ってください!」


「フフッ........そうかい!」

「僕も一人で行くのは少し不安でさ........」

「よかったよ........」


「じゃあ、行こう!」


彼は笑みを浮かべ、帽子から一冊の茶色い絵本を取り出した。


彼は部屋の電気を消し、絵本を床に置いてそっと絵本のページをめくった。

ページを開いた瞬間、光が溢れ、部屋中が白く染まった。


「この辺りからかな.........」


「僕が先に行くから、僕に続いて付いてくるんだよ」


そう言って彼は絵本の上に片足を乗せた。


次の瞬間、ジャックの体は光に吸い込まれて消えた。


絵本の上には彼の帽子だけが残されている。


「グレーテ、少し帽子を押し込んでくれるかな?」

「詰まった見たいだ」


私は震える手で帽子を押し込んだ。

本の中には、手招きするジャックの姿が見えた。


「噓でしょ!?」


「篠崎さん、開けますよ」

看護師がドアの外で声をかけた。


(まずい……急がないと!)


私は勇気を振り絞り、本の上に立った。


足元から光が満ち、体が吸い込まれるような感覚がした。


まぶしさに目を閉じ――

次に開けたとき、そこには嬉しそうに手を叩くジャックがいた。


「おお!間に合ったようだね。それでは、改めてご紹介を........」

「我が君、グレーテ。旅のお供をさせていただく道化師、ジャックです」


「以後お見知りおきを..........」


「お堅いのは抜き大丈夫です。さっきみたいに普通に話してくれて大丈夫ですよ」


「そうかい!それは助かるよ!」

「じゃあ、キミも......」


「うん......」


丘の向こうに、小さな村が見えた。


「あの.......あそこは?」


「あれはウェーゲという村さ」

「あそこがキミの始まりの地になる」


「もうすぐ日が暮れるね。あの村で宿を探そうか」


「うん.....」


こうして私たちは丘を登り、村まで向かった。

お読みいただきありがとうございました。

感想やレビュー等できればよろしくお願いいたします。

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