あなた…誰…
まえがき
ヘンゼルとグレーテルというお話をご存知でしょうか?
ヘンゼルとグレーテルが両親に見捨てられ、お菓子の家で魔女に遭遇し、魔女を鍋に入れて帰ってきた二人を父親は温かく迎え入れるという短い短い物語…
でも、こんな疑問をもったことは?
なぜ魔女は二人を食べようとしたのか?
なぜ森で見捨てるほど二人は煙たがられていたか?
動機が分からない…
そう。それら全ては読者に委ねられている…
もしくは、そのように深くは考えない…
なぜなら、童話だから…子どもの読み物だから…
この物語はその真相に迫った物語…
それでは、皆様を少し奇怪な世界へとご案内致します。
目を覚ますと白い天井が目に映った。
周囲を見渡すと、点滴などの医療器具やカーテンがぶら下がっていた。
私「ここは…」
?「おはよう」
そこには高校生ぐらいの青年が椅子に座っていた。
私( えっ...誰...)
私「あの…あなたは…」
?「僕はキミの兄」
?「葵だよ」
葵「やっぱり...覚えていないよね...」
私「はい…」
私「...」
私「すみません...」
葵「いや、気にしないで...」
葵「いつもと少し違ったから...もしかしてって思ったんだけれど...」
葵「それは仕方のないことだから…」
私「あの…私は...」
葵「キミは朱音」
葵「篠崎朱音」
私「朱音?」
葵「うん。そう。キミの名前...」
葵「キミは十四才」
私「そう...なんですね...」
私「...」
私「すみません。私...本当に何も覚えていなくて…」
葵「ううん…大丈夫。朱音がいてくれるだけで...僕は...」
私「えっ...」
葵「ううん。なんでもない…」
葵「なんでもないんだ…忘れて」
葵の表情が少し暗く見えた。
「コン...コン...」
誰かがドアをノックした。
葵「ごめん。もう行かなきゃ」
葵「また明日...」
私「はい…」
葵「またね」
葵さんは笑顔で手を振りながら部屋を出て行った。
ドアの外で自分の兄と言っていた葵が誰かと話している声が聞こえた。
?「そろそろかな...」
?「そんなっ...」
--------翌日--------
「コンコン」
?「入るよ」
ドアのノック音と共に私は目を覚ました。
誰かが部屋に入って来た。
?「おはよう」
?「今日は朱音のために綺麗な花を買って来たんだ...」
?「綺麗じゃない?」
私「...」
私「あの...」
私「すみません。あなたは?」
?「...」
?「...だよね...」
?「僕はね。『葵』っていう名前なんだ...」
葵「...よろしくね...」
私「はい...」
葵「...うん」
私「...」
私「あの…私って?」
葵「...」
葵「...今日で何回目...」
葵がぼそっと口にした。
私「え...」
葵「いや、ごめんね」
葵「キミの名前はね。朱音」
葵「篠崎朱音...っていうんだ...」
私「ごめんなさい...私…本当に何も覚えていなくて...」
葵「ううん…大丈夫さ。それは仕方のないことなんだ...」
葵は私に対して明るく振舞おうとしているが、表情が曇っているように見えた。
私「私…何かの病気…なんですかね?」
葵「ううん…違うよ。過去に色々あってね...」
私「そう....なんですか…」
葵「....うん…」
葵「キミは寝てしまうと記憶がね。消えてしまうんだ…」
葵「こうして話していても明日にはね...」
「コンコン」
誰かがドアをノックした。
葵「それについてはまだあまり話せない…かな…」
葵「それに今話してもキミは理解できないと思う…」
葵「いや、思い出さない方がいい…」
葵「その方がいい…きっと...」
私「そうなんですね…」
葵「うん…」
葵はうつむき、不安気な表情をした。
葵「今日はね。どうしても朱音に伝えておきたいことがあって…」
葵「僕は明日から暫くここに来ることができなくてね...」
葵「でも、必ず戻ってくるから...」
葵「必ず...」
「コンコン」
ドアのノック音に反応し、葵が焦っているように見えた。
葵「ごめん...もう行かなきゃ...」
葵「これ、お守り」
葵からクローバーの押し花のようなものを手渡された。
葵「僕を探さないで…」
葵は目を合わせることなく、うつむきながらそう言い残し、病室を出て行った。
私「え…」
私(あの人はなんで『探さないで』って...)
--------その夜--------
「コンコン」
私( 誰…)
私( 葵さん?…)
誰かが『ガラッ』とドアを開けて入って来た。
?「やぁ、失礼するよぉー」
?「いたいたー。グレーテ」
顔は白いもので塗りたぐられており、ピエロのような奇抜な格好をした背の高い男がいきなり入ってきた。
私 「キャー! 」
?「シィー…」
背の高い男は私の唇に人差し指をあてた。
?「ちょっとちょっと、そんなにびっくりしないで...」
?「誰かが来ちゃうだろっ...」
?「シィー…」
?「僕は道化師のジャック。よろしくね...」
ジャック「しかしなんだい。まるでモンスターでも見たかのように…」
ジャック「クックックッ…」
ジャックは不気味な声で笑った。
ジャック「やっぱり、こっちの世界では馴染みがないのかな...」
ジャック「クックックッ…」
ジャック「まぁ、今後ともごひいきに...」
ジャック「まぁ、それで...」
ジャック「いきなりで悪いんだけれど、ハンスが危ないよ…」
私( ハンスって...)
私( ...誰?)
私「ハンス...?」
ジャック「ん?まさか知らない?」
ジャック「キミのお兄さんだよ」
私「葵さん?」
ジャック「そうそう。そんな名前だったね」
ジャック「まぁ、僕が勝手に彼のことを『ハンス』って呼んでいるだけなんだけれどね...」
私「お知り合いなんですね...」
ジャック「いいや、彼とは話したことないよ...」
私( え...)
私( まぁ、いいや...)
私「さっき、危ないって言ってましたよね?」
ジャック「あぁ。そうそう。さっき彼が魔女に連れて行かれるところを見たんだっ...」
私「...魔女...」
ジャック「そう。魔女」
ジャック「それはそれはとっても悪い魔女さ...」
私「...」
ジャック「ふーん...」
ジャック「その目は疑ってるね」
ジャック「クックックッ…」
ジャック「手持っているそれは?」
私はクローバーのお守りをずっと手に持っていた。
私「これは葵さんから貰ったお守りです」
私「...」
私「あれ…」
クローバーが少し色褪せているような気がした。
ジャック「ふーん」
ジャック「なんだか魔力を感じるような…」
私ャック「これは持ち主の寿命を示すのかな?」
私「じゃあ、葵さんは…本当に...」
ジャック「まぁ、そうゆうことさ...」
ジャック「どうする?グレーテ…」
私( グレーテ?...)
私「私はグレーテという名前ではないです...」
ジャック「いいや。キミはグレーテさ...」
私「だから、私は...」
彼はかがみこみ、下から私をジロジロと覗き込んだ。
私 ( 何なのよ...)
私は彼を睨みつけた。
ジャック「クックックッ…」
ジャック「それでどうする?ハンスを助けに行く?」
私「でも、どうやって…」
私「私、眠ってしまうとすべて忘れてしまうみたいですし...」
ジャック「あー。そうだったね」
ジャック「でも、それに関しては問題ない。あっちでまた説明するよ」
私( あっち?)
『コツコツ』と誰かが向かって来る音がした。
ジャック「おっと、誰か来たようだね」
ジャック「どうする?」
ジャック「チャンスは一度だけだ」
私「いや、私は…」
ジャック「コイツ何言っているのか分からないし、不安って感じかな...」
ジャック「わかるよ...」
ジャック「僕もきっとキミの立場なら怪しがるだろうし、不安に感じるよ...」
ジャック「でも、これだけはどうしてもキミに伝えたくてね...」
ジャック「後悔しても、過去は変わらない...」
ジャック「どうやっても変えられないんだ...」
ジャック「どれだけ懇願しようともね...」
ジャック「でも、今ならまだ間に合う」
ジャック「彼を助けられる」
ジャック「助けられるんだよ...」
ジャック「...助けられる...」
彼の表情が一瞬、曇ったように見えた。
ジャック「でも、どうするかはキミ次第...」
ジャック「明日になって、キミはすべてを忘れて何もなかったことに...」
ジャック「ハンスが帰って来なくても、キミは何も気づかない...」
ジャック「だだ、忘却の日々を過ごすだけさ...」
『コツコツ』と歩く音が段々と近づく。
ジャック「それでどうする?」
ジャック「もう時間はない...」
私「それは...」
ジャック「ハンスと話してどう思った?」
私「わからないですけど…」
私「なんだか温かくて...上手く言葉にできないんですけれど...」
ジャック「失いたくない...」
私「...はい...」
ジャック「フッ...」
ジャック「行くかい?」
私「はい...」
彼は安堵の笑みを浮かべた。
ジャック「オーケー。じゃあ、行こう!」
ジャック「えっと…あれ?どこいったかな?…」
ジャックがカバンの中から何かを探しだした。
ジャック「あー。あったあった」
彼はカバンから薄い茶色い本を取り出した。
彼は本を床に置き、ページをめくる。
すると、本から眩い閃光が放たれた。
ジャック「この辺りから...」
ジャックは絵本の上に片足をのせる。
ジャック「先に行くから着いてきてね」
彼が両足を乗せた瞬間、絵本に吸い込まれるように彼は姿を消した。
本の上には彼が被っていた帽子がポツンと置かれていた。
ジャック「おっと。帽子引っ掛かったようだね。グレーテ...少し押し込んでもらってもいいかな?」
私は帽子を押し込んだ。
私「え…」
私「嘘でしょ?」
本の中を見ると、彼が手招きしている絵が写し出されていた。
?「篠崎さん。開けますよ」
私( まずい...急がないと…)
私も彼と同じように片足を本の上に足をかけた。
もう片方を乗せた瞬間、目線が低くなり地面に埋まっていくようだった。
眩い光のあまり私は目を閉じた。
ジャック「おー。きたきたー」
ジャック「間に合ったんだね」
目を開けると、前には彼が喜んだ様子で手を叩いていた。
ジャック「改めて、自己紹介させていただきます。我が君...グレーテ」
ジャック「旅お供をさせていただく道化師のジャック...」
ジャック「今後ともごひいきに…」
そう言って彼はお辞儀と共に帽子を胸にあてた。
私「よろしくお願いします」
私「あの...」
私「今まで通り普通に話してもらって大丈夫なので…」
ジャック「あっ本当かい?それは助かるよ」
ジャック「じゃあ、キミも普通に話してくれると嬉しいな...」
私「うん…わかった」
丘の向こう側に小さな村のようなものが見えた。
私「ん?あそこは...」
ジャック「あぁ。あそこはね。キミにとって始まりの村ウェーゲさ...」
ジャック「王国から迫害を受けた者たちが集まる村でね...」
ジャック「あの村はどんな人に対しても寛容でね。キミにとって丁度いいかなと思ったんだ」
ジャック「もうすぐ暗くなる。早くあの村で宿を探そうよ」
クローバーがさっき見た時よりも、また少し色褪せているような気がした。
私「急がないと…」
彼と共に村へ向かった。
お読みいただきありがとうございました。
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