社会人、一旦自分の状況について見つめ直す。
魔王城は真上。それも世界の果て。
ホヅキはいかにも命令をくだすような声音で宣言する。
「君たちにはこれから魔王軍進行に関する軍に協力してもらう」
窮地に立たされているというような感じを覚える。
世界の機能としての異世界転移というイメージだから、必要に応じて呼ばれた感じでもないのか?
「それ、拒否できるの?」
エルフは手を上げて聞く。
「強制することは出来ない。だが、このあたりで生活をすることになるだろうしそのための資金を提供するためには従事したほうがいい。手当は税金から出ることになる」
普通に生活するよりも質の良い生活を送ることができる様になるという話か。
「私はいいかな」
亜人族は間を置かずにそういった。
「どうしてだ?」
「いい生活を送れても、友人も家族もいないんじゃしょうがない。ここにシェリー・グロスの人生は終わったんだ」
頬杖をついて緑髪の亜人族もとい、シェリーは黄昏れる。
転生でなく転移。
新たにまた始めるにしては遅すぎる。
人生の計画がちゃんとある人なら、そう思うだろう。
転移した事実を受け入れたからこそ、したいことをして生きていこうというのだ。
そうか。
もう俺に向けられた期待も背負ってはいない。
それどころかこれから背負うはずだった奨学金も税金も厚生年金も俺の元から離れていった。
他人事のように思っているが、実のところは俺も同じ。
「これから私は別人としての人生を歩むことにするよ」
シェリーは、円卓から立ち上がる。
ホヅキは声を掛けた。
「君ならそれでもいいだろう。死なないようにな。困ったら私のところに来るといい」
その言葉に立ち止まり、振り返る。
「あなたの仕事外になりそうだけれど?」
「時間にして数分でも担当になったんだ」
情に厚いんだな。
別の世界でどのようにして生きるのか。彼女にはあてがありそうだ。スキルに影響するなにか、だろう。
「……」
ハッとした。
眼の前にいる人物は自分と同じ境遇。ひいては俺もその選択を選べる立場にある。
手を挙げる。
「俺も、そうしたいです。」
正直に言おう。働きたくない。
できればずっと責任を追わずに楽々と生きていたい。
一時はしょうがないと諦めた俺の欲がここに来て、眠気と引き換えに押し寄せてくる。
うおおおおおお!
俺の心の中の咆哮など聞こえるわけもないホヅキはため息をついて。
「本人の意志というのなら、しょうがない。ただ、話がある。待っていてもらえるか?」
そう言ってホヅキは提案に乗り気だったエルフと獣人族に軍に関する説明を始めた。
シェリーの言葉を借りれば俺こと、望月優白の人生は終わったのだ。
しかし、俺の人生は割とそれだけで済ませるつもりはない。故に俺なりに言い換えるのなら。
ここからは余生。
犬の散歩で二十年過ごすぞーっ!
雑な余生の妄想を繰り広げていると、いつの間にかホヅキの説明は終わっていた。
軍の担当者が迎えに来る。
「そちらは?」
「従軍してもらえないらしい」
「それは……お気の毒に」
円卓の間には俺とホヅキだけになった。
扉が閉まると、少しの静寂を挟む。担当者が行くのを待っているのだろうか。
「さて、」とホヅキは一旦空いた席に座って話を始める。
「君のスキルに関してだが」
まぁ、スキルに関することだろうな。俺から見てもこれは異常だ。
「マナの消費量大幅に減少させ、貯蔵量を大幅に増加させる、とありますね」
とりあえず、魔族がどうのこうのの話は伏せておくことにした。
というか、俺千年生きる羽目になったの? それ以前の問題なんだけど。
この世界パズルとかあんのかな。
俺5000ピースパズル一週間かかるから……大体25億ピースで一千年費やせるか。
砂場の砂を岩に戻す方が楽そう。
身にもならない妄想を繰り広げていると、
「他の人にはそんなに簡単に明かしちゃ駄目だぞ」
ホヅキは柔らかに警告する。
スキル、とは言うが切り札みたいなものだからな。それはそうだろう。
だが、一応聞いておくか。
「何でですか?」
「君のスキルはあまりに脅威だからな。その説明は多くない。だがそれは汎用性が高いということでもある」
「汎用性、ですか」
前提となる知識があまりに不足していて、オウム返しになってしまう。
しかしデメリットなんてあんまり思い浮かばない。
面倒事に巻き込まれやすくなったりするのだろうか。
でも俺ちゃんと面倒なことは断るタイプなんだけどな。どうなんでしょうか?
チラッとホヅキの方を見る。
「……お前、わかってるだろ」
「なんですか、無知ですよ」
そう言うとホヅキは押し黙る。
「喧嘩を売られやすくなるようなもんですかね?」
「……そんなところだ。それだけじゃない。君を無力化できる方法などいくらでもある。体を乗っ取る方法も、洗脳する方法も、封印する方法もな」
「魔法に関する情報は残ってるんですね」
「ああ、だが、大戦以前の物ではない。大戦が終結してからも、小競り合いは続いていて、奪い奪われは続いていたんだ。人類が奪取したことのある魔法だけは記録がある。もちろん全てというわけには行かない。魔王の持つ魔法は一つも判明していないしね」
ホヅキは足を組み替え、他人事のように言う。
「君のその能力を封じるとなると並大抵の犠牲じゃきかないだろう。だけれど、本当にいくらでもやりようはある。周知されないに越したことはない。争いに身を投じないとなれば、なおさらね」
「異世界人が脅威であることがバレたりはしてないんですか?」
「今のところはな。だが本当は気づいているけど慢心しているだけなのかもしれない。現に、異世界人はずっと居たみたいだけれど、今攻勢にあるのは彼らの方だ」
居ても居なくても変わらない存在ってことか。
「私は、静かに暮らすことを勧めるよ」
「静かに、ですか」
思わずオウム返しする。
本当に余生になってしまうわけか。
まぁ、望んだルートではある。
しかし、なぁ。
若いときは体力は有るが金がない。年を取ってからは金はあるが金がない。
そういうものだと信じて生きてきた。自分の中で人生の計画が有るわけではなかったのだけれど。
このまま何もせず死んでいくというのは違う気がした。
老いることは死にゆくことだ。これは俺の認識がそうというだけ。そう思っていると自分に課せられた周囲からの期待も自分で課した生きるための課題も、すごく安っぽいものに見えて気が楽だから身についた。大して起伏のない人生なりにうまく生きてきたと思う。
しかし極論を言うとなぜ生きているのか、となってしまう。だから目的が無いといけない。
自分の人生が自分のものであるための目的が。
ホヅキの声で自分の世界から抜け出す。
「それと、魔族云々の件に関してだが、私は報告しないことにするよ」
「なぜですか」
「人類の敵にはなるとしても、私の敵にはならない。その時に私は死んでしまっているだろうしね。あとは、同郷のよしみかな」
そう言って、ホヅキは席を立つ。
「ついでだ。戦闘でも教えようか」
首肯を返すと、俺も立ち上がった。
てか魔族のこと言ったっけ?
言ったか。忘れてるだけか。
***********************************
所持スキル
<スキル 稀代の魔術師>
・このスキルを所有する者のマナは1万倍に膨れ上がる。
・このスキルを所有する者のマナの消費量は一万分の一に抑えられる。
・このスキルを所持するものは、千年後魔族となる。
所持魔法
なし