徹夜のはなちゃんの治療が終わり、俺は寝る事にしたが、起きると又悪いニュースが…。
頑張って起きていた松浦達もこっくりこっくりとし始めた。
真鈴が松浦達に昼間も警戒について欲しいから少し仮眠をとる様にと伝えた。
これではなちゃんの部屋は俺とはなちゃん、真鈴と寝てしまったユキだけになった。
少しづつ明るくなってきた。
牛の乳しぼりや鶏の卵を採取するために起き出した人達が窓から心配そうな顔ではなちゃんを覗き込んでから出かけて行った。
俺は最後に顔の亀裂をパテで埋めて治し、あとはやすり掛けと塗装をするために乾燥させるだけになった。
「彩斗、なんとかはなちゃん治りそうだね。
あんたやっぱりブラックジャック先生だよ。」
真鈴が新しく入れた湯気が立つコーヒーを差し出した。
「サンキュー真鈴。
そろそろ皆が起きて来たから真鈴も少し寝たら?
四郎達も交代で寝る様に言ってくれる?」
「彩斗、私は最古参のメンバーだよ。
水臭い事言わないで。
はなちゃんの治療が済むまで付き合うよ。
でも、四郎達に交代で寝るように伝えて来るわ。」
真鈴が目を擦りながら出て行った。
「彩斗…済んだか…じゃの?」
「はなちゃん、目が覚めた?
今はあまりしゃべっちゃ駄目だよ。
口にも亀裂が入っていたからね。
パテが乾くまでもう少し黙っていて。」
「そうか…あの小箱…ジンコの命の綱…どこじゃの?」
俺は手を伸ばしてはなちゃんの頭の横の小箱を指でつついた。
「大丈夫、ここにちゃんとあるよ。」
「そうか…。」
「はなちゃん、あとは乾いてからやすり掛けを全体にして塗装するだけさ。
元通りになるよ。」
「そうか…また寝るじゃの…サンキュー、ブラックジャンキー先生…。」
「…はなちゃん…ブラックジャンキーじゃなくてさ、ブラックジャックだよ…。」
「そうか…あの花園へ誘う臭い物はシンナーと言うものか…判ったじゃの…らり~。」
はなちゃんはまた眠り、俺は俺達の今の会話を誰かに聞かれたか周囲を見回した。
誰もいず、ユキはぐっすり眠り真鈴はまだ戻って来ていなくてほっとした。
真鈴が戻って来た。
手には予備のクマのぬいぐるみの着ぐるみを幾つか手に持っていた。
新しいはなちゃんの着ぐるみをどの色合いにしようかと色々と悩んでいるが、俺にはどれも似たり寄ったりの色に見えた。
ラジオでは気分が暗くなる様なニュースが流れている。
機動隊が守る避難民を収容している東京ドームが暴徒達に防衛線が破られ、ドーム内部に流れ込んだ暴徒達がかなりのものを惨殺したようだった。
その後首都防衛の為に配備された第1空挺団を投入して暴徒達を鎮圧し、追い散らかしたが、双方にかなりに死傷者が出たようだった。
暴徒の中には絶対にアナザーが相当数混じっていただろう。
でなければ完全武装で躊躇なく射撃をする軍隊相手に貧弱な武装の暴徒達がこれほどの損害を与えることは不可能だ。
政府の発表ではアナザー、奴らは悪鬼と呼んでいるが、その存在は確認できないと言っているが、真実は絶対に違うだろうな…。
そして世界では今まで抱えていたデキモノが一斉に破裂して膿が吹き出すような状態になっていた。
世界はますます破滅に向かって急かされているようだ。
栞菜がバカでかい『加奈・アゼネトレシュ』を担いで腰には大きなククリナイフを下げて入って来た。
栞菜は『加奈・アゼネトレシュ』を壁に立て掛けてドカリと椅子に座った。
「彩斗、皆交代で寝る事にしたですぅ~。
私は最初の当番ですぅ~。
他に圭子さんが鐘楼にクラと真鈴が屋敷の警備に付くですよ~。
はなちゃんの様子はどうですか~?」
「栞菜、順調だよ。
後は全体に仕上げのやすり掛け、下地にサーフェイサーを吹いてからエアブラシで塗装、そして細部を筆塗りでその後クリアーを吹いて後は時間をかけて乾燥させて終了だよ。」
「へぇ~まだ色々な手順が残っているんですね~。
彩斗、頑張ってですぅ~。」
段々と外が賑やかになってくる。
卵採取や乳しぼりを手伝った子供たちのはしゃぐ声、朝の洗濯を始めておしゃべりを始める母親たちの声、キッチンのからは朝食を用意する喜朗おじと親達の話声、ガレージ地下の拡張工事を始める前の打ち合わせの大人たちの声。
時折鶏の鳴き声や牛の鳴き声やはしゃいで吠える犬の声が野鳥のさえずりに混じって聞こえてくる中で俺ははなちゃんのやすり掛けを行い、塗装を始めた。
日常の生活を始める人々の平和なざわめきが今の俺には心地良かった。
まだ、この死霊屋敷には外で吹き荒れる暴力の嵐が入ってきていない。
塗料の匂いに栞菜が顔をしかめた。
「うわ~!
くっさいですぅ~!
風通しを良くするために扇風機を持って来るですよ~!
それに、ユキを避難させる為に起こすですぅ~!
これは絶対に体に悪い臭いですぅ~!」
「栞菜、助かるよ。」
俺はエアブラシの塗料の具合を見ながら答えた。
保護した母親の1人が窓の外で昨日子供をあやして寝かしつけたおばあさんにお礼を言い、おばあさんは久しぶりに若い子供を寝かしつけて若返ったわと笑っていた。
やはりあのおばあさんと幼い女の子は血が繋がっていなかったんだな。
しかしあの2人の会話はとても仲が良い嫁と姑の様だった。
俺とユキの子供もこういう環境で生まれてくる事に少し安心した。
別の母親が朝食をどこで食べるかと聞きに来た。
俺ははなちゃんの治療が全て終わるまで食べないと言い、ユキを俺とユキの家に連れて行った栞菜はサンドイッチを暖炉の間で頬ばった。
はなちゃんのボディを溶かさないようになるべく薄く塗り重ねる必要がある。
スプレーを吹いては乾かし、細部を筆塗りで塗り、仕上げにクリアーを吹いて、はなちゃんは見た目は元通りになった。
後は風に当てて乾かして出来上がり。
ワイバーンメンバー達やリリー達が次々とやって来て俺の徹夜の治療をねぎらってくれた。
俺は真鈴にはなちゃんが完全に乾くまで誰もはなちゃんに触らないように言った。
「あれ?彩斗、はなちゃんのほっぺに微かに赤くひびにそって色が付いているわ。」
「真鈴、あとから浮かび上がってきちゃったんだ。
今は修正するのは面倒くさいからあとで暇な時にするよ。」
「そうなんだ…まぁ、見ようによってはお洒落な感じね。
ブラックジャンキー先生、お疲れさまでした。」
真鈴が俺に深々と頭を下げた。
「だからブラックジャンキージャなくてブラックジャック…まぁ良いや。
少し寝かせてもらうよ。
何かあったら起こして。」
「ブラックジャンキー先生、朝ごはんは?」
…全く真鈴の野郎は…。
「起きてから食べるよ。」
俺は死霊屋敷を出て俺とユキの家に戻った。
皆が俺に声を掛けてはなちゃんを治したお礼を言ってくれた。
皆が、はなちゃんの大事さを知っている。
昨日の夜に核ミサイルを撃墜したし、誰か危険な物が近づいてくればはなちゃんが一番早く気が付くし、いざと言う時に見えない壁を張り巡らせて俺達を守ってくれる。
子供達と敷地の散歩に出かけても不意な怪我などから守ってくれるし、なにかで困った大人たちの相談にも乗ってくれる。
はなちゃんはまさに死霊屋敷の頼りになる守護神でお茶目なマスコットなのだから。
俺は家に戻り、ベッドに倒れ込んでぐっすり眠った。
開けた窓から流れ込むそよ風が凄く気持ち良かった。
夢も見ずに眠っていた。
目が覚めたのは午後遅くになってからだった。
シャワーを浴びて着替え、死霊屋敷に行くと明石達が難しい顔をしていた。
はなちゃんは部屋の隅で手鏡を持って顔を見ていた。
「あ~、お腹が空いたよ。みんなどうしたの?」
「おお、彩斗、お疲れさまだったな。」
明石が顔を上げて俺に俺が寝ている間に入った情報を教えてくれた。
「彩斗、岩井テレサから連絡があってな…まず、ジンコ達はどういう訳か音声で連絡が取れないが順調に探査を始めたそうだ。
まずはアポロ21号月着陸船を調べて月面への墜落原因を調べ、そして昨日俺達も見たあの巨大な山が隆起しているものを探査しに行くそうだぞ。
そしてな…。」
明石はまた難しい顔になった。
「岩井テレサが俺達の他にも避難民を保護している拠点があったと言っていただろう?」
「うん、いくつか他にあると言っていたね。」
「それがな…ここより規模は小さいらしいが千葉と栃木にある拠点が暴徒達のな、大量の暴徒達の襲撃にあって…ほぼ全滅したらしい…。」
「…え?」
「カスカベルやタランテラの派遣された分隊や同盟の騎兵隊チームの者達がいたんだが…守り切れなかったたらしいんだ…ヒューマンが混じっている大量の暴徒に無差別射撃するのを躊躇ったのかも知れないが暴徒にはやはりかなりのアナザー、強いアナザーが混じっていたそうだ…女子供年寄りも皆殺しに…中々死なないカスカベルやタランテラ、同盟チームのアナザーの戦士達は奮戦したんだが…結局、数に押されて…なぶり殺しになったそうだ…。
岩井テレサがかき集めた増援をヘリで急行させたが…何とか拠点からほんの数名を助け出せたらしい…。
岩井テレサはかなりの兵力を失ってな…横浜の邸宅の人員を全部小田原要塞に移して、邸宅にはトラップを沢山仕掛けて無人状態にしたらしい…そして、残りの拠点の防備を強化するとは言っていたが…俺達の所にどれだけの増援を送れるかは今の所判らないらしいんだ…。
なにせ、藤岡の組織を捜索する調査部や護衛の騎兵隊もすべて引き上げたくらいだからな…。」
俺は目の前が真っ暗になった。
続く