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俺ははなちゃんの治療を進める…こんな時に日本で暴動があちこちで起きていることに明石が不審に思っている…俺も同じ思いだ。




俺は腕まくりをしてはなちゃんのボディから慎重に損傷した手足を外した。

両足の膝部分と右手が特に損傷がひどい。

この前の亀裂より細かくひび割れていて部分的に粉の様に崩れているのを知り、ぞっとした。


すぐ横に来て覗き込み、はなちゃんの崩れた手足を見て真鈴が顔をしかめた。


「うわ…酷いね…彩斗…ブラックジャック先生…治せる?」

「大丈夫だよ真鈴、少し時間が掛かるかも知れないけど治してみせるよ。」


俺はまず胴体を調べ構造を保てないような損傷が無いか念入りに調べた。

幸いな事に脇と背中に大きな亀裂が走っている他は大したことが無く、細かい傷は後でパテで埋めてやすりを掛ければ大丈夫だろう。

大きな亀裂を塞ぐ前に細い針金を丸めてフレームを作り、内側から胴体の構造を支えるように入れ、強力な接着剤で固定し、亀裂をパテで埋め始めた。

念のために薄めた木工用ボンドに浸したごく薄いガーゼを亀裂に貼り付けた。

ガーゼが乾いたらその上からまたパテを薄く塗ってやすりを掛けて塗装し直せばさほど目立たないだろう。

しかし、はなちゃんの体が少し重くなるだろうがそれは仕方無いな。


ラジオの音楽が中断してニュースが流れた。

北朝鮮は侵攻してきた韓国軍の一番密度が濃い部分に戦術核を撃ち込んだ後、きのこ雲がまだ立ち上るなかで防護服もなにも着ていない人民軍を大量に突入させたらしい。

将軍様の核兵器は放射能を出さないと、或いは将軍様の核兵器の放射能は韓国軍の兵士や民間人にだけダメージを負わせるとでも考えているのだろうか…放射能を恐れた韓国軍が早急に後退するのを追って北朝鮮軍が押し戻しているとの事だった。

後で北の兵隊はバタバタと放射能傷害で倒れるだろうな。

他の2発のミサイルはソウルとプサンに落ちたらしい。

何万人が死んだのか全く判らないと言っている。

日本でも北九州などに放射性降下物などが飛んでこないか軽いパニックになっていて、日本政府は今放射性物質の濃度など早急に調べているとの事でただでさえ戒厳令が敷かれているのに北九州などの住民は決して外に出ないようにと伝えていた。

また、在韓米軍はこの戦争に介入する事を決めたが、まず双方の戦力の引き離しが先だと声明を発し、北の核攻撃を激しく非難した。

しかし、台湾周辺で中国軍の動きがとても活発になっているので韓国までなかなか手が回らないようだった。


「あ~気が滅入る様なニュースはもうごめんだわ~!」


圭子さんが立ち上がり、局を変えるが、どこもニュースの嵐で諦めたようだ。


俺はあまり雑音を気にしないように、しかし、何か新しいミサイル攻撃などが無いか注意してニュースを聞きながらはなちゃんの治療を続けた。

今もう一度核ミサイルが飛んで来たら…はなちゃんがこんな状態では…俺は焦る気持ちを押さえつつはなちゃんの治療を進めた。

じっと見守るワイバーンメンバー達。

真鈴とユキが時折俺の顔の汗を拭いてくれた。


「サンキュー。真鈴、出来れば奇麗な布で顔を拭いてくれる?」


真鈴は手に持った汚れた布巾を見て、ああしまったと舌を出して俺に謝った。

その内に、司と忍、ミヒャエルは眠気に勝てず椅子にもたれて寝てしまった。

明石夫婦がそっと司達を抱いて家まで連れて行った。


俺はちらりと司達の寝顔を見た。

無邪気であどけない平和そのものの寝顔…。

あの核ミサイルを撃ったくそ豚野郎にこの寝顔を見せてやりたい。

お前はこんないたいけな子供も殺そうと言うつもりなのか!と怒鳴りつけてやりたい。

そして俺はユキのお腹を見た。

まだ生まれても来ない子供の命さえ奪おうと言うのか!このくそ野郎!くそ野郎!

俺は怒りを抑えながら、はなちゃんの治療を進めた。


はなちゃんの胴体の修復がすすみ、あとはボンドが乾くのを待ってからやすり掛け、塗装をするつもりだ。

その間に手足の修復に掛かる。

細かくひび割れて崩れてしまった部分の修復がとても厄介だった。

取り敢えず内部を丸めた針金で補強して、ピンセットで比較的大きな破片を瞬間接着剤で張り付けた後、隙間をパテで埋めて形を作る。

ここも後で木工用ボンドに浸したガーゼを張り付け、やすり掛けと塗装をしなければならない。

普通のプラモデルならここで一休み後は明日などと言えるかもしれないが、俺には時間が無い。

一刻も早くはなちゃんを治さなければ。

徹夜してでも。

もうコーヒーを何杯飲んだか、タバコを何本吸っただろうか…。

時々ユキや真鈴が手を伸ばして俺の顔の汗を拭いてくれている。


深夜を過ぎたが時折入る音楽の合間にまだまだニュースは続いている。

呆れた事に日本国内の都市ではあちこちで大規模暴動が広がっているとの事だった。

おかしい…日本にもミサイルが飛んでくる可能性があるのにこんな事をしている暇があるのか。


「彩斗…おかしいな…やはり誰かが裏で操っているのかもな…。」


明石が煙草を立て続けに吸いながら呟いた。


その可能性は充分にある。

藤岡の組織が破滅を加速させて『清算の日』を早く引き寄せようとしているのか、或いは岩井テレサと対立する組織がこの機に乗じて日本を手中に収めようとしているのか…。


「圭子、栞菜、鐘楼に昇って辺りを監視するぞ。

 ここも奴らに知られているからな。」


明石がそう言って圭子さんと栞菜が明石と共に立ち上がり、鐘楼に昇って行った。

四郎とリリー、喜朗おじとクラと凛も入り口ゲートや敷地に侵入者がいないか警戒すると言った。


「真鈴、ユキ、それに松浦達はここは頼んだわよ。

 彩斗の手伝いよろしくね。」


リリーが一緒に行こうとする真鈴と松浦達を止めてそう言った。

真鈴は判ったわ、と言い、念のために武器を持って来て部屋の隅に、直ぐ撃てるようにしてはなちゃんの治療を見守る事になった。


胴体と手足のひび割れや亀裂を大体埋めた。

後は乾いた所からやすり掛けをし塗装だ。

俺は立ち上がった。


「彩斗、どうしたの?」

「ユキ、おしっこ行って来る。」


トイレに行く途中、ドアが開いた部屋の前を通った。

ふと中を見ると幼い子供達や早く動けないお年寄りたちが部屋の中一杯にマットレスを敷き詰めて眠っていた。

これなら核ミサイルの第2攻撃がやって来た時に大型テントよりもずっと早く地下に逃げる事が出来るだろう。

しかし…まるで難民キャンプ、いや避難施設…切迫した恐怖に襲われた戦場近くの避難施設みたいじゃないか…。

もう、自分の部屋で、自分だけの安全にベッドでぐっすり眠る事がとても贅沢な事になってしまった時代になってしまった事に俺は心が痛んだ。

窓のそばの椅子に、先ほどまでぐずってたのか4~5歳くらいの泣き疲れて眠ってしまった女の子を膝に乗せて優しく揺すっているおばあさんが俺を見て微笑みを浮かべて深く頭を下げた。

俺もおばあさんに深くお辞儀をした。

あの膝の上の子供はおばあさんの孫だろうか…いや、ただ単に同じ部屋で眠る他人の子供かも知れない。


ここでは皆が長年の親友か大事な身内みたいに判り合っているから他人の子供でも不思議な事ではない。

この死霊屋敷はその不気味な呼び名とは大違いで外で吹き荒れている憎しみと疑いと暴力の嵐とは大違いだ。


俺は絶対にここに外の暴力を招き入れてはいけないと、心に誓った。


トイレを済ませてはなちゃんの所に戻ると、ユキはソファに体を移して体を休めているうちに寝てしまったらしい。

ユキの身体に毛布を掛けていた真鈴が俺を見て人差し指を唇に当てて静かに寝かせてやれと身振りで示した。


俺は真鈴に小声でありがとうと言って、椅子に座り、はなちゃんの治療を続けた。


音声のボリュームを落としたラジオで、ニュースの合間に本来の番組パーソナリティの女性が話していた。

アナザー討伐や捜索の時に深夜の車のラジオで聴いた事がある、落ち着いて深みがあり心が落ち着く声の人だった。

彼女は先日の暴動でまだ10代の女性のいとこが命を落としたそうだ。

パーソナリティはいつもと違い、時々声を詰まらせ、鼻水をすすり上げながら話していた。


「リスナーの皆さんにお願いです。

 あなたの命を大事にしてください。

 あなたの隣の人の命も大事にしてください。

 見たことが無い人の命でも、あなたの命と同じくらいに大事にしてください。

 あなたよりも弱い人達の命を守ってあげてください。

 あなたは襲い、攻撃し、奪う人にもなれるし、守り、庇い、助ける人にもなれます。

 どうか…どうか…お願いです。

 命を大事にしてください。

 あなたの命も他の人の命も大事にしてください。

 あなたは…守って…庇って…助ける人に…うっ…ごめんなさい、あなたはどうか…助ける人になってください…お願い…ううっ…。」


そこまで話すとパーソナリティの言葉がつまり、やがて音楽に切り替わった。

じっとラジオを聴いていた真鈴が鼻をすすり上げた。


「彩斗…彩斗…守らないとね…。」

「…うん…真鈴…守らないとな。

 守らなきゃいけない。」


はなちゃんの身体にやすりがけをして塗装に取り掛かる頃に、静かに、静かに夜が明けて来た。









続く



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