死霊屋敷の防衛体制をできる限り整えた…そして…奴らが来る。
明石達は上着を脱ぎ、顔と手の血を拭いシャワーを浴びて着替えに降りて行った。
はなちゃんは引き続き『ひだまり』周辺の見張りを続けていた。
ドローンは引き上げてバッテリーの充電をする事に決めた。
やがて夜が明けて来た。
のどかな野鳥のさえずりが聞こえる。
朝日の勢いが強い。
今日は暑くなりそうだ。
鐘楼に戻って来た明石と四郎に後を頼んで俺は死霊屋敷の見回りに行った。
保護した人達は死霊屋敷とガレージ地下にマットレスや寝袋でごろ寝をしていた。
もう朝の仕事を始めている人達がいる。
鶏の卵の採取、牛の乳搾りなどだ。
戦闘が始まったら鶏や乳牛が逃げる事が出来るように柵を開ける予定だった。
「戦いが始まったら逃げて。
絶対に死んじゃ駄目だよ。」
牛の乳搾りをしていた母子がゆっくりと反芻をする乳牛の頭や首を撫でてやっていた。
乳牛は反芻を続けながら穏やかな瞳で母子を見ていた。
畑に出て収穫できる作物を採っている人達もいた。
戦いが始まればここも敵味方に踏みにじられるか焼かれるだろう。
戦闘の波がこの畑や牛舎や鶏小屋まで来なければ良いのだが…。
バリケード班の者達は朝のコーヒーを楽しんでいた。
真鈴と栞菜がバリケードの防備に付く保護された人達の中の戦闘志願者と防御戦闘の確認打ち合わせをしていた。
ウォーペイントの顔の真鈴が穏やかな口調で皆に話していた。
「良い?皆。
ここは一番敵がなだれ込んでくる戦闘の要になるよ。
でもね、バリケードを死守しようとしないでね。
もう一度確認すると、戦闘が始まったら入り口ゲートを開けるの。
多分その時はゲートの先に敵がぎゅうぎゅう詰めにいるはずよ。
目を瞑ってても当たると思うけど私と栞菜が合図するまで絶対に撃たないようにね。
私と栞菜は入り口ゲートから左右に展開する奴らを始末するから皆はとにかく正面の敵を撃ちまくってね。
この第1バリケードは初めから少し頑張った後は捨てるつもりだから、私達が合図したら速やかに第2バリケードに後退するのよ。
この第1バリケードの前面にはヲタ地雷が沢山仕掛けているから、追ってくる奴らを一撃で吹き飛ばすわ。
それでも敵はまだどんどん来ると思う。
その時は第1バリケード自体に仕掛けた爆弾を爆破するから、皆合図があったらすぐに第2バリケードの陰に隠れてね。
死体の山を乗り越えなきゃいけなくなるから敵の進むスピードは落ちるはずよ。
そして、第2、第3バリケードにも同じ仕掛けがしてあるわ。
後退する時は置いてある弾丸などはあまり気にしないで、無理をして後ろに持って行こうと考えないで、。
第2、第3、第4バリケードにも充分に弾薬や予備の銃を置いてあるからね。
いざとなったらその身ひとつで後退するように。
第2バリケードが持ちこたえられなければ第3、第4バリケードに後退するからね。
第4バリケードが最終防衛戦になるけど、そこまで後退したら屋敷から援軍が来るわ。
後退する時は負傷者など、誰も残さないで、体のどこでも良いから掴んで引きずってでも連れて来て。
後退する時は全員一緒よ。
私と栞菜がみんなを援護するわ。
本番の時は救護班がすぐ後ろに待機しているからね。
救護班は皆と一緒に避難してきたアナザー達だから負傷者をその体で盾になって守ってくれるわ。
ヒューマンの皆よりかなりタフだから安心して救護班に守ってもらって。
皆、死ぬ事を考えないで。
奴らを倒して死霊屋敷を守り抜くのよ。
皆生き延びるのよ。
やるべし!」
バリケード班の人達がやるべし!と叫んで拳を上げた。
バリケード班は真鈴、栞菜を含めて14人。
バリケード班の士気は高かった。
しかしその顔触れは避難してきた母親や父親、そして屋敷に残った初老の男女などだった。
この人達はつい数か月前まではごく普通の人間としてごく普通の生活をしてきた人達だった。
それが余ったヘルメットを手に持ち、戦闘服を着て防弾チョッキを着て武器を持ってバリケードの守りについていた。
皆が敵味方識別用の青い布と黄色い布を腕に巻きつけている。
俺達の数が少ないがこういう、本来守るはずの人達が戦闘に参加する事に複雑な気分になった。
俺は頭を振って複雑な気分を追い出し、笑顔でバリケード班に近寄った。
「おはよう皆!、バリケード班は頼もしいね!」
「あら、彩斗おはよう。
うふふ、バリケード班は最強チームよ。
ねえ皆?」
真鈴が振り向くとウォーペイントで顔を彩った笑顔のバリケード班全員が再び拳を突き上げてやるべし!と叫んだ。
真鈴が笑顔を俺に向けた。
防弾チョッキのあちこちに武器庫の手榴弾が沢山ぶら下がっていた。
栞菜も同じように沢山の手榴弾をぶら下げていた。
俺の視線に気が付いた真鈴が言った。
「私と栞菜は側面に回り込む奴らを始末しないといけないからね。
手榴弾は扱いが難しいから私と真鈴だけが持つようにしたわ。
コーヒー飲んでゆく?」
「いや、俺はまだあちこち回らないといけないからさ。
真鈴、栞菜、ここは任せるよ。
ヤバくなったら真っ先に増援を送るよ。」
「判ったわ彩斗、やるべし!」
「うん真鈴、やるべし!」
真鈴はすっかり有能な戦闘指揮官になっていた。
咲田組5代目組長で真鈴の母親、血桜お京の影響なのだろうか。
次期6代目咲田組組長の真鈴は短時間で皆をまとめ上げて士気を高め奮戦する部隊を作り上げた。
俺はその他の部署を廻った、重機関銃陣地の皆も落ち着いていて、コーヒーを飲みながら戦闘が始まった際の射撃手順などの打ち合わせをしていた。
戦闘が始まれば12・7ミリの巨大な弾丸が敵を引き裂き打ち倒すだろう。
2つある銃座には各々1500発しか弾丸が無いのは残念だった。
数分で撃ち尽くす弾丸の量だ。
この人達は重機関銃の弾丸を撃ち尽くすと陣地に置いてある手持ちの武器で戦闘に参加する事になっている。
ガレージ地下では避難してきた人達の中の医療従事経験者5人が喜朗おじの指示でこしらえた野戦病院の薬や器具をチェックしていた。
「おはよう喜朗おじ、ここはどんな感じ?」
薬品のチェックをしていた喜朗おじが顔を上げた。
「おお、彩斗、おはよう。
幸いな事に避難してきた人達の中で簡単な縫合等が出来る人達もいるのでな。
いざ増援が必要な時は俺もひと暴れ出来そうだぞ。」
にこりとした喜朗おじを見て俺は安心した。
この柔和な笑顔を浮かべる、下手な医者よりずっと有能な男はいざと言う時に、ハルク化出来るし、グリフォンに変化して空を飛びまわって暴れまわる事が出来る。
喜朗おじが戦闘に参加してくれれば心強い。
その横では担架を幾つも壁に立て掛けてあり、ヘルメットに防弾チョッキを着た救護班6人がコーヒーを飲んでいた。
この人達は全員がアナザーだった。
先ほど真鈴がバリケード班に説明したようにいざと言う時は自分の体を盾にしてでも負傷者を庇ってここに連れてくる役割を担っている。
ある意味で一番度胸が据わっている人たちかも知れない。
ガレージ1階では地下入り口を固めるクラと凛たちの班がいた。
クラがドローンの整備をしている。
「彩斗リーダー、俺達もドローンの幾つかに喜朗おじに作り方を教わって火炎瓶を取り付けましたよ。
飛べる時間は少なくなるけど、『ひだまり』からここに通じる山道で敵に突っ込めば結構足止めできると思います。
あるいは列の途中で落として後続を足止めできますね。」
「クラ、グッドアイディアだよ。
『ひだまり』からここまでは一本道だからね。
うまく行けば後続を遅らせている内に敵の先鋒を皆殺しに出来るかも。」
「そうですね。
火の壁でしばらく敵を通せんぼできると思います。」
一升瓶で作った火炎瓶をドローンに括り付けながらクラは笑顔になった。
俺は一通り見回りを終えて鐘楼に戻って来た。
圭子さんと狙撃チームの母親は交代で周囲を監視しながらコーヒーを飲んでいた。
昨晩に話した大宮さんの足元には男の子と女の子が座り、大宮さんと何やら笑顔で話していた。
圭子さんが俺に振り返った。
「彩斗、お帰り。
この子達はいざと言う時に下に降りるから大丈夫よ。
狙撃班のお母さん達は交代でここに子供を呼ぶ事にしたのよ。
親子のコミニュケーションは大切だからね~。」
大宮さんが子供達に言った。
「ほら、傑雅彩斗リーダーにご挨拶しなさい。」
大宮さんの子供、傑君と雅ちゃんが元気よく俺に挨拶してくれた。
俺も挨拶を返した。
「彩斗リーダー、敵をやっつける?」
傑が無邪気な笑顔で尋ねた。
「ああ、絶対にやっつけるよ。
メタメタにやっつけるよ!
だから、安心してね。」
俺は笑顔でそう答えた。
「牛さん達やニワトリさんたちも、他に犬ちゃんや猫ちゃん達も大丈夫だよね?」
雅が尋ねた、俺はしゃがんで雅と視線を同じ高さにして答えた。
「絶対に大丈夫だよ。
みんなみんな、俺達の大事な友達だもんね。」
「そう、よかった~!」
雅がにこりとした。
そして傑と雅は階段を降りて行った。
大宮さんが感謝の笑顔を俺に向けた。
「彩斗、子供の扱いが手くなったわね~!
まあ、もう直ぐ父親だもんね。」
圭子さんが笑顔で言い、俺にコーヒーを差し出した。
アナザーの圭子さんは俺がこれから起こる戦いの不安を押し殺して傑や雅に笑顔で応対した事を知っていた。
「はなちゃん、奴らの様子はどう?」
俺が尋ねるとはなちゃんが手を上げた。
「彩斗、奴らは間違いなく今日来るとは思うがの。
まだまだ時間が掛かるじゃの。
ヒューマンで二日酔いでグロッキーになっている奴が多いじゃの。
あちこちがゲロまみれじゃの。
全く汚い奴らじゃの。
そして昨日始末された奴らの身体をな、事もあろうに『ひだまり』の燃え残りにまた火を点けてそこに放り込んでおるじゃの。
荷物の様に放り込んでおるじゃの。
死者に対する礼儀もへったくれも無いじゃの。」
『ひだまり』を奴らの火葬場に…とんでもない奴らだった。
「はなちゃん、奴らの数はどうだ?」
明石が尋ねた。
「まだチラチラ町からやって来る者もいるが大した数では無いじゃの。
昨日の夜、お前達は確かに1000以上始末したじゃの。
1000…1300は始末したじゃの。
その他ヒューマンで使いようが無い位の怪我を負ったものは500はいるじゃの。
奴らは負傷者の治療などに関心が無いようでほっぽっておるようじゃの。
時間が経てば怪我した奴らの半分は死ぬじゃろうな。」
「そうか、1割以上は削ったな。」
1300殺害、500負傷。
一晩でこれだけの大量殺人をした訳だが、俺は『敵』が減って少しホッとした。
相手はヒューマンやアナザーで無く、ただの『敵』と考えるようになった。
無理やり心のどこかを麻痺させているのだろう。
だが、ここを守るためには必要な事だろう。
そして、俺達、全然100にも足らない戦力で14500、一割少し削って13000ほどの敵を迎え撃つ事になる。
「彩斗、月は見えるかじゃの?」
はなちゃんが言い、俺は空を見回した。
「はなちゃん、まだ月は昇っていないようだね。」
「そうか…月を見えればジンコの様子も判るんじゃがの…今は奴らの見張りを続けるか…。」
俺達は新しくドローンを飛ばし、はなちゃんとともに奴らを監視しながら防衛体制の手直しや強化を続けた。
月はまだ顔を見せていなかった。
数時間後、『ひだまり』の方角から大きなどよめきが聞こえた。
「彩斗!皆!奴らが来るじゃの!
重い腰を上げおったじゃの!」
ドローンからも奴らが奇声を上げて死霊屋敷に向かってぞろぞろとやって来るのを確認した。
俺達は屋敷全体と隣の敷地のスコルピオに警報を発した。
いよいよ…奴らが来る…。
続く