核ミサイルを撃墜したはなちゃんは身体にダメージを追った…俺は再びブラックジャンキー、あ、いやいや、ブラックジャックになってはなちゃんを治療する。
暖炉の間に降りて行くと明石から話を聞いたワイバーンメンバーが集まって来て次々とはなちゃんに感謝と祝福の声を掛けた。
「はなちゃん!やったな!」
「はなちゃん!凄いですぅ!」
「はなちゃんは私達の守護神よ!」
「はなちゃん!ありがとう!」
「はなちゃん!これでここは大丈夫ね!」
「はなちゃん!草臥れて寝たの?お疲れさまよ!」
そしてはなちゃんの体に触ろうとしたのを俺が止めた。
「みんな待って!
今はなちゃんに触らないで!
道を開けて!」
俺ははなちゃんがこれ以上壊れないように暖炉の間に続くはなちゃんの部屋に連れて行き、はなちゃんの体をそっと大テーブルに横たえた。
何が起きたかよく判らないメンバー達が心配そうな顔をしてぞろぞろと付いて来て、俺とはなちゃんを取り囲んだ。
四郎や真鈴、圭子さん達ワイバーンメンバーが心配そうに俺の顔を見、そして横たわったはなちゃんを覗き込んだ。
「彩斗…はなちゃんはどうしたのか?」
「四郎、一番最初にはなちゃんが明石を食い止めた時の事を覚えてる?」
「うむ、覚えておるぞ。
まだ敵か味方かも判らなかった景行が狼人の姿で襲い掛かって来た時だな。」
真鈴が息を飲んだ。
「え?…あの時、景行の攻撃を食い止めているはなちゃんの体がめきめきと言って亀裂が…え?まさか!
彩斗、だってあの後、はなちゃんがちょっとした地震を起こしたりジンコが教えた呪文の実験で死霊屋敷の敷地の外れに大爆発を起こした時も体は大丈夫だったじゃないの!」
そう。
最初にはなちゃんが狼人明石を食い止めた時には明石の精神力と物理的な突進力を食い止める時に華奢に作られたはなちゃんのビクスドールの依り代にかなりのダメージを負ったものだった。
真鈴ははなちゃんが死んだと大泣きし、俺は何とかプラモデルを作る道具ではなちゃんの身体を修復して補強して以来、その後、飲み会に連れて行かないと言われたはなちゃんが激情に任せて起こしたちょっとした地震の時や、死霊屋敷の敷地でジンコから教えられたカタストロフィーと言う呪文で今でも巨大なクレーターが残るあの大爆発を起こした時もはなちゃんは疲れたと言って寝た以外に体に異変は起こらなかった。
しかし、俺たちにはよく判らないが遠くにあるものをぶち壊すと言う能力ははなちゃんの体に物凄い負荷がかかったとしか言えない。
前にはなちゃんが言った事があるが、依り代が修復不能な程に壊れてしまうとはなちゃんの魂は天に昇ってしまうと…。
しかしさっき四郎も明石もまだはなちゃんの魂は依り代に宿っていると言ったし、俺も可愛らしくて小憎らしい、藤原はなの小娘の姿を見てはいない。
まだはなちゃんの魂はこのビクスドールから抜け出ていなかった。
まだ大丈夫だとは思うが急いで確認しなくては…。
俺ははなちゃんが着こんでいる熊のぬいぐるみを脱がせようとしたが、下手に力を入れると中のはなちゃんの身体が壊れそうになるのでハサミを持って来てはなちゃんが顔を出している隙間から注意深く刃を入れてぬいぐるみを切り開いていった。
ぬいぐるみが切り取られ、はなちゃんの裸体が見えてくると俺達は息を飲んだ。
相変わらず気味悪く白目を剝いたはなちゃんのボディはあちこちに亀裂が入り、部分的に崩れていた。
無理にぬいぐるみから引っ張り出すとはなちゃんの手足や胴体がもげたり千切れたりしただろう。
「これは…緊急手術が必要だ!
真鈴!俺の家からこの前はなちゃんの手術に使ったプラモデルの道具箱を持って来てくれ!
ユキが場所を知ってる!」
「判ったわ彩斗!
またブラックジャック先生になって!」
真鈴はそう言うとユキを探して駆けだした。
「残りの皆は出来るだけスタンドを持って来てテーブルに固定して!
そして捨てても良い布を沢山、俺にはコーヒーと灰皿を!」
残りのメンバーがそれぞれ必要な物を取りに走った。
窓からは、核ミサイルを撃墜したはなちゃんの体に異変が起きた事を知った保護された人達が鈴なりになって心配そうに部屋を覗き込んでいる。
「誰か皆に状況を説明してあげて!
はなちゃんのボディは損傷したけど命に別状は無いと!
俺達はまだ大丈夫だと伝えて!」
「判ったわ彩斗!
皆に心配いらないと説明してくる!」
布を抱えてやって来た圭子さんがテーブルに布を置いて外に出て行った。
やがて圭子さんが皆を集めて今の状況を説明する声が聞こえて来た時に真鈴とユキがはなちゃん治療用のプラモデル製作道具が入った箱を持って来た。
「彩斗、皆は今、圭子さんの説明を聞いているわ、それとね、岩井テレサから連絡があってね、着陸船のジンコ達と連絡が取れなくなったって…ステーションからジンコ達の生存と探査を開始したことが確認できたから単に通信関係の故障らしいとの事よ。」
「そうか真鈴、ジンコ達は大丈夫なんだな?
それなら安心だよ。
皆落ち着いてもう休む様に言ってくれる?」
「うん、判った。」
真鈴が出て行った。
ふと見るとユキが白いエプロンを付け、マスクをかけ、どこから持って来たのか薄いラバーの手袋をはめて俺の横に来た。
「彩斗、助手が必要なんじゃないの?
私がやるわ。」
「ありがとうユキ、だけどはなちゃんのボディは人形だから二次感染とか心配しないで良いからマスクも手袋もいらないよ。」
ユキがマスクと手袋を脱ぎながらチッと小さく舌打ちをした。
そして、こう言うのは雰囲気が大事なのに…と小声で呟いた。
ユキの言動がだんだん真鈴に似て来て少し不安になった。
「ユキ、必要な物がある時に俺の手が空いてない時は言うから取ってくれれば良いよ。
それと俺がここを押さえてと言う時は押さえてくれれば助かる。
…それとかなり神経を使うから俺はかなり煙草を吸うと思うしシンナーも使うからここの風通しを良くしてユキは少し俺から離れてて。」
「は~い。」
ユキは窓を全て開けて椅子を持って来て俺から少し離れた場所に座った。
クラ達がスタンドを持ってきて大テーブルの中央を四方八方から照らす場所にセットした。
そして小さい丸テーブルを俺の横に置き、コーヒーと灰皿を乗せた。
「彩斗リーダー、コーヒーのお代りとか欲しかったら言ってね。」
凛が声を掛けて部屋の隅に椅子を並べたクラと一緒に座った。
見ると、ワイバーンメンバーの他に司や忍、ミヒャエル達の椅子に座って大テーブルを見ている。
やれやれ、はなちゃんが心配なんだろうな…この前の時の様にはなちゃんをシンナーでらりらせたりしない様に気を付けなきゃ…。
いつの間にか窓から鈴なりになって覗き込む保護した人達の顔が消えた。
取り敢えず皆は落ち着いた様だ。
俺はコーヒーを飲んでタバコに火と点け、はなちゃんを見つめて作業工程の確認をした。
「ブラックジャック先生!
まだ始めないんですか?」
真鈴がじれったそうに言った。
「真鈴君、こういう時こそクランケの状態を見極めてどこから手術をするか見定めないといけないんだよ…。」
俺は実際にブラックジャックが居たらこういうだろうなと言うそうな言葉で真鈴を黙らせた。
そして方針が決まった。
まずがはなちゃんの体の中心部分の胴体から、パテや補強が固まるまでの間に手足の修復をしよう。
俺は椅子をずらして大テーブルに近づき、はなちゃんの横のぬいぐるみの残骸などを横にどけた。
ぬいぐるみから出てきた小さな金属の小箱をどけようとした時に、あちこち亀裂が入ったはなちゃんの腕が伸びてはこの上に置かれた。
「彩斗…これは…ジンコの命…の綱…じゃの…わらわ…から離しては…いかんじゃの。」
「はなちゃん!気が付いたの!」
真鈴が声を上げ、俺ははなちゃんの頭の横に金属の小箱を置いた。
部屋の隅に並べられたワイバーンメンバーがはなちゃんを見つめた。
「わかったはなちゃん、これはここに置いたよ。
気分や具合はどう?」
「まだ…しんどいじゃの…彩斗…又…わらわの…手術か…景行を止めた時の様な…。」
「そうだよはなちゃん、あの時より頑丈に直してあげるよ…。」
「そうかそうか…あの時には…何やら気持ちが良かったじゃの…何やら臭いものを嗅がされての…わらわは何故か花園に行ったような…不思議な…。
らり~!と声を上げて踊り歌ったような…らり~と…らり~…。」
やばいやばい!おおやばい!あの時に俺の不注意ではなちゃんがシンナーでらりったことがばれてしまう!
それに昔の頭悪いヤンキーの様にはなちゃんがあんパン中毒になって、歯が溶けて訳が分からない事を言いながらシンナー吸うようになったりしたら…。
俺は指をはなちゃんの口に強く押し付けて話す事を封じた。
少しメキメキと言ってはなちゃんの顔のひびが大きくなったが、なに、ついでに直すから大丈夫。
「はなちゃん、あまり話すと体に毒だ。
もう少し寝なさいね。」
「判った…じゃの…ちと…話し辛くなったじゃの…彩斗…ブラック…ジャンキー先生…任せたじゃの…。」
「はなちゃん、ブラックジャンキーじゃなくてブラックジャックよ!
ブラックジャンキーなんて『黒いヤク中患者』みたいで気持ち悪いじゃん!」
はなちゃんは真鈴に答えず、また白目を剝いて気味の悪い寝顔になった。
「さて、はなちゃんの手術を始めるぞ。
ちょっと静かすぎるな…誰かラジオのFM放送…音楽を流す奴が良いな。
ラジオを付けてくれる?」
こうして、ポール・モーリアのイージーリスニングが流れるラジオがつけられ、俺はピンセットやカッター、ニッパーや様々なパテや補強用の針がね等を取り出し、はなちゃんの手術が始まった
続く