気のせい
三題噺もどき―にひゃくに。
ようやく秋らしくなってきたかと思いきや。昼間は未だ、暑さが残っているような、いないような。
昨年の今頃は、もう既にニットとか着ていた気がするのだが。
さすが異常気象というか。
「……」
動いていると尚更暑いと、思ってしまうそんな日。
そんな今日。
1人、家への帰路を歩いている。周りを歩くのは、まだ仕事中であろうサラリーマンや、さぼりか何かの学生。空き時間中なのか、若者たちの影もある。
「……」
かく言う私は、今日は半ドン。昼上がりだ。
なかなかいい職場に恵まれたもので。少し前に休みが取れていない分を、今日の昼からと明日にかけて取れと言われたのだ。
まだ日が昇っている時間に家に帰るというのも、何だが罪悪感がある。
「……」
しかしまぁ、暑いなぁ。
人が多いのもあってか、更に暑いような気がする。
…こういう裏道とか歩いて、帰れたらいいのになぁ。と。
「……」
ふらりと、視界の端に見えたビルとビルの隙間の暗闇に足が向いた。
無意識に。
なぜなのかまったくわからない。
頭がおかしかったのか、疲れていたのか。
なんとなく。
そう、なんとなく。
―呼ばれた。気がした。
「―――へっ?」
気づけば、暗がりのさらに奥にいた。
後ろを向けば、つい先ほどまで歩いていた雑踏。
なぜこんなところに居るのか全く分からなかった。
私はどこに向かおうとしていたのか―と、前を向こうと、頭をくるりと回す。
「――っぶ!」
回った顔面が何かに当たった。
私が向かっていたはずの方向にあった、何かに。
そんな勢いよく向いたのかと思う程、少し痛かった。しかし、石とか、コンクリートの痛さではないように思えた。
「―った、」
ふらりと、ぶつかった勢いで足が絡まり、どさっとしりもちをついてしまう。
こんな年になってまで、しりもちとか、嫌すぎる。
無様にも程がある。ここに人目がなくてよかった。
「―――ぇ」
いや。
正確には。
人目はあった。
「―――、」
頭上のずっと上の方。
ビルとビルの隙間。
建物の半分ぐらいの高さの位置。
きらりと光りと受けて、その存在を主張する。
二つの瞳。
明らかに人間のソレのように、見えた。
「――――」
私は、何にぶつかった?
これは、何だ。
私がぶつかったのは、これなのか?
しかしこれは、なんだ。
何が起こっている。どういうことだ。
「――――」
視線を、ゆっくりと地上にもどしていく。
ゆっくり、ゆっくりと。
暗闇に溶け込んでいる上の方から、ゆっくりと。視線を落とす。
その途中、光が入り込み、腰のあたりだろうか。足らしきものが見え始める。
これ。これは、何だろう。異様に足が長いようだ。いや、あの高さに目があれば当たり前なのだろうが。いや、それにしても高い。今しゃがんで下から見上げる形になっているせいもあって、とてつもなく、足が長く見える。
「――――?」
茫然と。
何が起こったのかも。何に遭ったのかも。何にぶつかったのかも。何に向かって歩いていたのかも。何もかもわからずに。
ただ茫然と。
混乱している、私の、耳に。
キン―――
と、音が響いた。
「――――」
ずっと上の方。
あの目が在ったあたりだろうか。
キン、キン、キン、
と、不思議な金属の音がする。
幼い頃に、聞いたあの音に似ている。オルゴール。祖父母の家にあって。それを面白半分で、逆向きに回した時に。聞こえた。あの。いびつな金属音。メロディーにもなっていない。
ただ、耳に響くだけの。金の音。
キン――
「――――」
その音が、一定の間隔で。
キン、キン、キン、
と、なり続ける。
もう。
何だ。
何が起こっているんだ。
私が何をしたんだ。
何が。
ザバ―――――!!!!!!
「…………………………は?」
「おじょーさん、そんなところで何してんの?」
頭の上から声がした。
片手にバケツをもった、中年ぐらいのおじさんがいた。正直暗くてよく見えないが。
今、私が、ずぶ濡れになっている原因は明らかにあれだろう。
「悪い悪い、そんなところに人が居ると思ってなくてな」
「……」
「おいおいそんな睨むなよ」
「……いえ、」
おかげで目が覚めた。
なにか、よくわからないものを見た気がするが。
気のせいだろう。疲れていたかな。
「はい、タオル。すまんねぇ」
―ホントに。
「?あぁ。いえ。ありがとうございます。」
わざわざ降りてきたおじさんが、タオルを貸してくれた。
やはり中年ぐらいに見えるが、思っていたより身長が高い。
…今の謝罪。何か含むところがありそうな感じがしたのだが。
ま、気のせいだろう。
さっきのも。今のも。
お題:足が長い人・オルゴール・ずぶ濡れになる