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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)
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災厄の種 (4)

 クライン子爵の言う「四年前の恩」とは、四年前に疫病が流行ったとき、ロベールがアンヌマリー経由で領地運営に関する助言をしたことだ。


 シーニュ南部で疫病が発生し、徐々に全国に広まり始めたのを知ったロベールは、文通相手に手紙でそのことを知らせるよう娘に指示した。それだけでなく、可能であれば領民の移動規制と、麦類と豆類の流通規制を速やかに行うよう助言した。


 移動規制は、言うまでもなく疫病の拡散防止のためだ。

 流通規制は、こうした混乱時に必ず起こる買い占めと、それによる生活必需品の価格高騰を防止するための策だった。麦と豆にしぼったのは、何と言っても食が一番重要であり、生鮮品と違って買い占めしやすい食品だからだ。仮に他のものが多少高騰しようとも、麦と豆さえ安定供給されていれば、それほどの混乱は起こらない。


 マグダレーナ経由でこの助言を受け取ったクライン子爵は、迷わず即座に助言に従った。

 それだけでなく、娘の婚約者の家にもこの情報を伝えた。情報を伝えられたハーゼ伯も、隣人と同様、すぐさま助言された策を実施した。おかげでこの二つの領地は、疫病の被害を最小限に抑えられただけでなく、経済的な混乱さえも未然に防ぐことができたのだった。

 ロベールにしてみたら、ちょっとした親切心で知らせただけのことだったのだが、クライン子爵とハーゼ伯はこの件に関してロベールに深く感謝していた。


 ロベールは彼らの義理堅さに驚かされたが、差し伸べられた手はありがたく取ることにした。

 何しろ、この件に関しては、自国の王家がさっぱり頼りになりそうもなかったからだ。他国に頼ってでも自力で何とかするしか、生き延びる道がないと判断せざるを得なかった。


 クライン子爵は、ロベールたちを訪ねるのに先立って、ハーゼ伯とオスタリア国王に話を通してきたと言う。ハーゼ伯とオスタリア国王は、いずれもそれぞれの息子たちからの定期報告により、この件についてすでに十分な情報を得ていた。

 しかし国王は息子リヒャルトに対し、自分の身に直接的な被害が及ばぬ限り口も手も出さぬよう指示した。うかつに関わると、大きな国際問題となりかねないからだ。


 オスタリア国王のこの判断は、息子から上げられた情報に基づいている。

 リヒャルトは、ニナが「未来を視る者」であると気づいたとき、世間話を装ってシャルルに尋ねてみた。


「こちらの王家にも、『未来を視る者』の伝承はあるのかな?」

「ああ、あるよ。くだらない迷信だよね。あんな迷信に惑わされるようじゃまともな政治なんてできないから、真に受けるなって父にも言われているよ」


 シャルルから返ってきた言葉に、リヒャルトは愕然とした。

 年若いシャルルが伝承を軽く見てしまうのはまだわかるが、そもそもそれが父王からの教えなのだと言う。決して迷信などではないと、リヒャルトは知っている。しかしそれを他国の王家に理解させるのは、彼の務めではない。シーニュ国王が迷信だと断じているのなら、もうそれがこの国の方針なのだ。

 だからリヒャルトから報告を受けたオスタリア国王は、息子に一切の口出しを禁じた。


 ただしオスタリア国王は、事前報告のために訪ねてきたクライン子爵に対しては意味ありげな笑みを浮かべてこうも言った。


「我が国としては、一切関与しない。しかし個人的な付き合いにまで口出しする気もない」


 つまり、個人的に救いたい者がいるなら、自国に害を及ぼさない範囲であれば好きにせよ、という意味だ。

 そこでクライン子爵は、シーニュには娘の友人がいて、その父である侯爵から数年前の疫病の際に助言を与えられて大変に助けられたことを国王に話した。だから今回、娘が婚約者に会いに行くのに付き添って、ついでにその侯爵にもきちんと挨拶してくるつもりだ、と。


 疫病の際のロベールの助言は、クライン子爵からハーゼ伯を通じて、最終的には国王にまで上げられていた。その情報元がシーニュの侯爵だと知って、国王は目を見開いた。


「ああ。あのときの提言は、シーニュからもたらされたものだったのか。私からも感謝すると伝えてくれ」

「かしこまりました」


 クライン子爵はこの件に関しては、国王に謁見する前にハーゼ伯とも話をしていた。ハーゼ伯が息子ランベルトから聞いている情報を確認しておきたかったからだ。

 ハーゼ伯は「危機に瀕している恩人に対して、できることがあれば何でも支援する」と子爵に伝えた。それだけでなくその場で息子への書簡をしたため、子爵に託した。その書簡は、息子に対してできる限りのことをせよと指示するためのものだ。


 クライン子爵はロベールに対して、こうしたオスタリア国側の事情を包み隠すことなく語った。

 そして語り終わると、実直そうな顔に笑みを浮かべてこう締めくくった。


「ですから私に出来ることであれば、どんなことでもお力添えいたしますから、遠慮なく頼ってください。たとえ私の力及ばぬことであっても、ハーゼ伯と国王の口添えがあればたいていのことはかないます」


 ロベールは、クライン子爵の申し出をありがたく受け入れた。ただし、申し出の後半部分には苦笑がもれた。


「国王陛下にまでお口添えいただいたら、国としてまずいのではありませんか」

「なんの、心配ご無用です。確かに国としては動けません。しかし陛下とて人の子です。臣下の恩人に『個人的に』手を貸すくらいのことは、少しもいといますまいよ。それをせぬほど恩を知らぬかたではございません」


 ロベールはしばらく何かをこらえるような目をしていたが、やがて深々と子爵に向かって頭を下げた。


「たったあれしきのことで、ここまでしてくださるとは……。本当にありがとうございます」


 こうしてクライン子爵とその娘マグダレーナは、しばらくの間、アントノワ侯爵邸に滞在することとなったのだった。

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