災厄の種 (1)
親愛なるマギーへ
今日は大変に衝撃的なお知らせから始めなくてはなりません。
あなたの婚約者ランベルトさまから、わたくしは一年後に死ぬ運命だとの予言を賜りました。ねえ、びっくりでしょう? しかも、いただいた予言はそれだけではないのです。父は何か大きな罪に問われるし、わたくしは妹を虐げたという理由で婚約を破棄されることになるのですって。
そう、わたくしが虐げるというのは、弟ではなく「妹」なのです。わたくしの聞き間違いではありませんし、もちろん書き間違いでもありません。ランベルトさまは確かに「妹」とおっしゃいました。わたくしには妹なんて、どこにもいないのに。
従姉なら何人かいますが、全員わたくしよりも年上です。どう頑張っても妹とは呼べません。だからランベルトさまがおっしゃることの意味が全くわからなくて、困ってしまいました。
ランベルトさまは、この予言の内容を父に話すようにとおっしゃいました。それも、何度も繰り返しおっしゃるほどの念の入れようです。でもあまりにも意味がわからなくて、どう話したらよいものやら悩んでいます。
あまり趣味のよろしくない冗談なのかとも思ったのですけれども、それにしてはなぜか不思議なほど必死そうでした。どう解釈したらよいのでしょう。あのかたとのお付き合いの長いマギーなら何かわかるのではないかと思い、こうしてペンをとった次第です。
そう言えばランベルトさまからは「未来を視る者」を知っているか、とも聞かれました。わたくしは聞いたことがありません。オスタリアの伝承か何かなのでしょうか。もしご存じなら教えてくださいませんか。
質問ばかりでごめんなさい。でもとても困っているの。どうか助けてください。
シーニュの空の下から愛を込めて
困惑中のマリーより
* * *
ランベルトからわけのわからない話を聞かされた日、学校から帰宅したアンヌマリーはまずマグダレーナ宛てに手紙を書いた。父に話すとランベルトには約束したものの、話の内容がいくら何でも荒唐無稽すぎて、どう切り出したものやら見当がつかない。だから悩みに悩んだ挙げ句、彼女は文通友だちに助けを求めたのだ。
もちろんランベルトとの約束を反故にするつもりはない。父には必ずきちんと話す。
けれども、彼は別に緊急の話だとは言っていなかった。だったら先にマグダレーナに尋ねてもう少し事情がわかりそうなら、父にはそれも併せて話すほうがよいだろうとアンヌマリーは考えたのだった。
実際、ランベルトが彼女をせかしてくることはなかった。それどころか、あのときの話を蒸し返すこともない。あれほど必死に、父に話すよう約束させたにもかかわらず、だ。これではまるで、アンヌマリーが白昼夢でも見たかのようではないか。
何だかいたずらな妖精に化かされたような心持ちにはなるけれども、彼女もランベルトにわざわざ自分からあの話のことを尋ねてみようとは思わなかった。たぶん何度聞いても、わけがわからないだけだろうから。
あの日からというもの、アンヌマリーはマグダレーナから返信が届くのを心待ちにしている。根拠は何もないものの、彼女ならきっと何かしら期待に応えて有用な助言をしてくれると信じているからだ。
手紙を出すのにも気が急いていたので、馬車郵便を使わずに船便で出した。馬車郵便だと届くまでに一週間から十日ほどかかるが、船便なら早ければ三日で届くからだ。
マグダレーナならきっと同じように船便で返信してくれるのではないかという期待は、残念ながら裏切られた。一週間経ち、十日経っても返事は来ない。学校から帰宅するたびに執事に手紙が届いていないか確認しては、苦笑まじりに首を横に振られる。
焦れても仕方がないと、アンヌマリーにもわかってはいる。マグダレーナがすぐに返事を書いてくれたとしても、馬車郵便で出したなら届くのが二週間後くらいになっても不思議はないのだから。そうわかっていても、がっかりする気持ちは抑えられない。
しょんぼりと肩を落とすアンヌマリーに、執事は気の毒そうに声をかけた。
「何か緊急の書簡でございますか?」
「緊急、というほどのものではないのだけど。ただ勝手にわたくしがお返事を待ちわびているだけなの」
「さようでございますか」
壮年の執事は彼女の返事にうなずき、安心させるように微笑みを浮かべて言葉を続けた。
「届きましたら、すぐにお知らせいたしますよ」
「ええ、ありがとう。お願いね」
マグダレーナからの手紙にばかり気を取られていたアンヌマリーは、学校内で彼女の周囲に少しずつ異変が起こり始めていることに気づけなかった。
後になって思い返してみれば、おかしなことが起こり始めたのはこの頃だった。
たとえばいつも昼食に誘ってくれる友人たちが、どことなくよそよそしくなったこととか。
たとえば教室の移動時に、声をかけられることが減ったこととか。
たとえば教室で席に座ったとき、隣が空いていてもなぜか誰も座らず、ひとりぽつんと授業を受けることが増えたこととか。
別に仲間はずれにされたり、意地悪をされるわけではない。けれども、以前と同じように親しく話しかけてくる同級生が少しずつ減っていることに、彼女はまだ気づいていなかった。
リヒャルトとランベルトの態度が、以前と全く変わらなかったせいもあるだろう。
この二人は、相変わらず国語の授業では彼女を見れば笑顔で手を振って隣の席にやってきたし、授業が終われば昼食を共にした。ただしリヒャルトはときどき憂いげな表情で辺りをそっと見回し、小さく首を振ってため息をつくことがあった。いつものアンヌマリーなら、その様子にきっと気づいたはずだ。
でも、このときの彼女はマグダレーナからの手紙をそわそわと待ち望むあまり、そんなリヒャルトの様子も見落としていたのだった。
そして家に帰ると、執事に手紙が届いていないか確認をする。執事は、もし二週間以上経っても返事が届かなければ、何か事故がなかったか調べてみるとアンヌマリーに約束した。
果たして二週間経っても、手紙の返事は届かなかった。だが、執事が郵便事故について調べてみることもなかった。なぜならその必要がなかったからだ。
それは、アンヌマリーがマグダレーナに手紙を出してからちょうど二週間が経過した日のことだった。彼女が学校から帰ると、執事は慌ただしく彼女からカバンを受け取り、着替える暇も与えずに彼女を応接室に連れて行った。いったい何ごとかと面くらいながらも、礼儀正しく挨拶しながら応接室に入ると、父が何やら真剣な表情で二人の客人と話をしているところだった。
アンヌマリーは年若いほうの客人を見て、驚きに目をしばたたいた。
その年若い客人ことマグダレーナは、アンヌマリーのほうを振り向くと満面の笑みを浮かべて小さく手を振り、いたずらっぽくこう言った。
「うふふ、来ちゃった」