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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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34/51

脱出 (3)

 荷馬車の中で、後続の家族たちが合流するのをアンヌマリーは辛抱強く待った。二番手の母が到着するまでの時間が、ものすごく長く感じた。

 実際に待っていたのは、三十分ほどだろう。


 アンヌマリーは裏門から出たが、オリアンヌは玄関から出て正門を回る手はずになっていた。その後、ヨゼフが裏門、最後にロベールが正門から、と交互に別の門を使って屋敷を出る。

 役割に合わせて使う門を変えるという意味のほか、分散することにより憲兵の目をそらす狙いもあった。


 ただし待ち合わせの場所は、裏門のほうが近い。

 正門からは屋敷の周囲をぐるっと半周近く歩く必要があり、それがオリアンヌが合流するのに時間がかかった理由だった。


 オリアンヌの合流後ほどなくして、ヨゼフが到着した。

 ヨゼフの手にしたトランクを荷台の上から受け取ろうと手を出すと「重いからマリーには無理」と断られた。トランクは、マルセルが手伝って荷台にそっと載せる。


 試しに荷台に置かれたトランクを、アンヌマリーが持ち上げてみようとしたら全然持ち上がらなかった。四歳の子どもとはいえ、ずっしり重い。こんな重さのものをヨゼフが軽々と片手で持ち運んで来たことに、彼女は驚いた。


「ノアは、いい子にしてましたか?」

「うん。ずっとおとなしかったよ」


 トランクを開けてみれば、ノアは中でうずくまったまま寝入っていた。道理で静かなわけである。どうしてこの体勢で眠れるのか不思議で仕方がないが、トランクから出されてもノアは目を覚まさなかった。


 マルセルはテキパキとトランクを片付け、ノアを毛布にくるんで荷台の奥の隙間に寝かせると、アンヌマリーたちの前で優雅に一礼した。


「それでは、私はこれで失礼します。みなさま、どうぞよい船旅を」


 そのままくるりと背を向けて立ち去ろうとするので、思わずアンヌマリーはその背中に声をかけた。


「あなたも、無事にいてね」

「はい、ありがとうございます。こちらは陸路なので少し遅れますが、次はオスタリアでお目にかかりましょう」


 マルセルは小首をかしげて振り返ったが、アンヌマリーの言葉に微笑んで、もう一度頭を下げてから今度こそ歩み去った。これから死の危険と隣り合わせの重大な任務に赴く者とは思えない、口笛でも吹きそうなほど軽快な足取りで。


 ヨゼフはアンヌマリーとオリアンヌに荷台の一番奥に隠れて、何があっても決して声を出したり姿を見せたりしないよう指示してから、自分は御者台に座った。乗馬だけでなく、馬車の繰り方もマルセルから習ったようだ。


 荷台の上には椅子など置かれていないので、敷かれた毛布の上に直接腰を下ろす。幌で覆われた荷台の上は、薄暗い。何だか心細く感じて、アンヌマリーは母と肩を寄せ合った。

 しばらくすると、荷馬車が止まった。外からヨゼフが誰かと話す声が聞こえてくる。


「これは全部、船の積み荷です。人は乗せてません」


 憲兵に疑われて足止めされたらしい、と気づいた途端、心臓が大きく飛び跳ねた。

 外で何が起きているのだろう。気になって仕方がない。でももちろん、外をのぞき見したりはしない。アンヌマリーは母と一層身を寄せ合って、息をひそめた。


 しかしここで、外から聞こえた人声にノアが目を覚ましてしまった。

 あっと思ったときにはもう、ノアは幌の隙間から顔をのぞかせていた。あわててノアを幌から引き離そうと手を差し出しかけたが、外から憲兵のとがめる声がした。すでに手遅れだったと気づき、アンヌマリーは全身から血の気が引く思いがした。


「乗ってるじゃないか」

「ああ、そりゃ、乗客は乗せてないって意味ですよ。そのちびは弟です」


 憲兵に落ち着いた様子で返答するヨゼフの声に、アンヌマリーはどこか違和感を持った。

 何かがいつもと違う。少し考えてから、気がついた。今ヨゼフが話した言葉には、はっきりとオスタリアなまりがあるのだ。今までいつだってほとんどなまりのないきれいなシーニュ語を話していたのに、なぜだろう。


 アンヌマリーが不思議に思っている間に、荷馬車の後ろの幌が持ち上げられた。彼女の足下に、光が差す。それを見て彼女は息をのみ、光から身を隠すように、より一層身体を縮こまらせた。

 外からは、憲兵の猫なで声が聞こえてくる。声から判断して、憲兵は二人組のようだった。


「坊や、こっちにおいで。顔を見せてごらん」


 憲兵に声をかけられても、ノアはじっとして動かなかった。しかしヨゼフがオスタリア語で『いいよ、おいで』と声をかけると、毛布をはねのけて立ち上がり、荷台の後ろのほうへ歩いて行った。それをヨゼフが抱き上げる。

 アンヌマリーは、気が気ではない。でも、息を殺してじっとしてることしかできなかった。


「特徴は侯爵家の坊っちゃんと一致するな。坊や、名前を教えてくれるかな」


 ノアは戸惑った顔をヨゼフに向ける。ヨゼフがノアの背中を軽く叩き、『シーニュ語、教えただろ』とオスタリア語で話しかけると、ノアは素直にうなずいて憲兵のほうを振り向いた。

 そして、得意げな顔でこう言い放った。


「シーニュ語、ちょとわかる」


 しかもオスタリアなまりがきつい。

 予想外の返事に、憲兵二人は不意を突かれて吹き出した。


「全然わかってないな、これ」

「シーニュ語わかるのか。坊や、おじさんは名前を教えてほしいんだ。言えるかい?」

「シーニュ語、ちょとわかる……」


 憲兵のうちひとりは、ノアの言葉を聞いて即座に諦めた。

 もうひとりは諦めが悪く、よく言えば辛抱強く、もう一度同じことを質問した。ノアは得意げな顔を一変させて、困ったように小首をかしげて同じ言葉を繰り返す。

 先に諦めた若いほうの憲兵は、笑い転げている。


「無理ですって、伍長。この子、全然わかってませんよ。さっきからオスタリア語にしか反応してないじゃないですか」

「しかし、兄弟にしちゃ顔が似てないだろ」


 いまだ諦めの悪い年配の憲兵に、ヨゼフは涼しい顔で「俺は養子ですからね」と理由を説明した。嘘はついていない。そして子どものできない夫婦が養子を取るのは、よく聞く話である。さらに養子をとった後になって実子が生まれることも、それほど珍しい話ではない。


「どうしてこんな小さな子を連れて歩いてるんだ? 親はどうした?」

「親はもういません。前は、金を渡して近所で預かってもらってました。でもどうやら金だけ受け取ってまともに飯を食わしてなかったらしくて、航海から帰ったらこいつ腹ぺこで泣いてたんですよ。それくらいならもう、自分で連れて歩こうと思って」

「そうか。大変だったんだな……」


 年配の憲兵も、ヨゼフの架空の苦労話についに陥落する。

 だがやっと解放されそうな雰囲気になったとき、馬に乗った憲兵の士官が姿を現した。

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