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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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脱出 (2)

 翌朝、アンヌマリーはいつもより少し早く目が覚めた。

 ぐっすり熟睡できた自分にびっくりだ。どうやら彼女は、自分で思っていたほど神経が繊細な乙女ではなかったらしい。


 起きると、すぐにメイドが着替えを手伝ってくれた。髪はいつものように結うことなく、三つ編みのお下げにする。

 朝食も用意してある。焼き菓子と牛乳、そして果物。小腹が満たせて消化のよいもの、というヨゼフの注文を満たした朝食だった。


 朝食を済ませて居間に向かうと、ヨゼフがノアと遊んでいた。

 こんなときでもノアは元気だ。緊張感は、かけらもない。


「きょうは、おでかけ! ふねにのるの!」

「そうだな。だけど、船に乗るまでは隠れて静かにしてないといけないんだぞ」

「だいじょうぶ。ぼく、かくれるのじょうずだよ」

「本当かあ?」

「うん、じょうず!」


 鼻息も荒く自信満々な顔が、かわいい。だが不安だ。

 疑わしげな視線をヨゼフに向けると、彼は苦笑して肩をすくめた。本当に大丈夫なのか。アンヌマリーがとがめるような表情でヨゼフを軽くにらむと、彼は笑い声を上げた。


「大丈夫だって。俺が一緒だし。それより、先陣切る役のほうが緊張するんじゃないの?」

「やめてよ、緊張してくるじゃないの……」

「走るな。振り向くな。大事なのはその二つだけだ」

「はい」


 やがて乳母役の、飾り気のない暗い色の服をまとった母と、憲兵士官の制服を着た父が合流した。ひっつめ髪にして眼鏡をかけた母と、付けひげをつけた父は、どちらも全く知らない人のように見えてびっくりする。

 ロベールはアンヌマリーを見て軽く目を見張ってから、芝居がかったしぐさで声をかけた。


「おやおや、こちらは新人のメイドかな?」

「はい。今日入りました、マリーと申します」


 アンヌマリーもすました顔で、メイドらしくペコリと頭を下げてみせる。

 ロベールは「どこからどう見ても、立派にメイドだな」と笑った。オリアンヌも「ずいぶんとかわいらしいメイドだこと」と笑う。笑いながらも全員、どこか緊張の糸が張り詰めていた。


 そこへ執事長がふきんが掛けられたかごを手にして入ってきた。


「それでは新人メイドのマリーさんに、最初で最後のお遣いをお願いしましょうか」


 執事長はそのかごをアンヌマリーに手渡す。

 かごは、見た目よりもずっしり重かった。アンヌマリーがふきんをめくって中身を確認すると、きれいに食事が詰め込まれている。


「これをヨゼフ・シュバルツさまの船までお届けしてください。六人分のお食事です。よろしくお願いしますよ。どうか、どうかご無事で」

「あなたも元気でね。他のみんなにもよろしく伝えてください。では行ってまいります」


 アンヌマリーはかごを腕にかけ、家族に手を振ってから部屋を出た。

 いよいよ出発だ。


 そう気を引き締めて使用人用の裏口に向かったのだが、どうしたわけか両親だけでなくヨゼフとノアまで一緒にぞろぞろついてくる。どこまでもついてくるので、アンヌマリーは途中で足を止め、くるりと後ろを振り返った。


「ねえ、お遣いはひとりで行くものよ?」

「初めてのお遣いじゃ心配だから、出口まで見送りに行くんだよ」


 ノアを抱いたヨゼフがすました顔で言い訳を口にすると、両親もうなずいて同意した。

 アンヌマリーは「小さな子どもじゃあるまいし」と心の中で文句を言ったものの、本当は家族の気遣いがうれしかった。


 裏口に近づくと、驚いたことに上級使用人たちが勢ぞろいしている。

 口々に無事を祈る言葉をかけてくれるので、彼女はうっかり涙をこぼしそうになってしまった。泣いている場合じゃないのに。ひとりひとりに挨拶を返したいけれども、もう時間がない。全員にまとめて「みんな元気でね」と声をかけてから背中を向け、ドアノブに手をかけた。

 扉を開けて歩み出る背中に、ヨゼフの声がかかる。


「いいか、絶対に走るな。振り返るな。まっすぐに前だけ見てろ」

「はい」


 ヨゼフの落ち着いた声音に、アンヌマリーの緊張が少しだけやわらいだ。

 ヨゼフに返事をした後は、言われたとおり振り向かずにまっすぐ裏門に向かう。まだみんな見送っているのだろうかと気になって仕方がないが、我慢だ。ヨゼフに何度も言い含められていなかったら、きっと振り返ってしまったことだろう。


 裏門で、門番に挨拶して門を開けてもらう。


「お届け物に行ってまいります」

「ああ、気をつけて行っておいで」


 この中年の門番は、事情を知っている使用人のひとりだ。不自然でない言葉をかけながらも、門の外にいる憲兵からは見えない位置から、何かをこらえるような表情でアンヌマリーに頭を下げた。彼女もそれに会釈を返し、門の外に足を踏み出す。


 門の外には憲兵がひとり立っていた。ちらりと彼女のほうに視線を向けたので、小さく会釈する。すると憲兵は興味を失ったように、また前を向いた。憲兵の視線が自分から外れたことに、心の底からホッとする。

 アンヌマリーは待ち合わせの路地裏に向かって歩き始めた。


 緊張と不安で、心臓がドキドキと早鐘のように鳴っている。

 早く、憲兵に見える位置から立ち去りたい。それに、門の前の憲兵が彼女のほうを見ていないか、気になってたまらない。だけどヨゼフには「走るな、振り返るな」と厳命されている。ヨゼフの言葉を心の中で何度も唱えながら、きょろきょろせずにまっすぐ前だけ見て歩いた。

 少し早足だったかもしれない。でもお遣いのメイドだって仕事なのだから、早足でもそれほどおかしくないはずだ。たぶん。


 不安で不安でたまらなかったが、憲兵に声をかけられることはなかった。

 通りから曲がって憲兵の視界から外れたときには、安堵するあまりに大きく息を吐き出した。少し離れた場所に、大型の荷馬車が見える。あれが待ち合わせの荷馬車だろう。

 駆け出したい気持ちを抑えて、できるだけ早く足を運ぶ。


 幌つきの荷馬車にたどり着き、見知った顔に迎えられたときには、安心して気が抜け、へたり込みそうになった。

 アンヌマリーを出迎えたのは、マルセルだった。


 彼は「お疲れさまでした」と柔らかく微笑んでかごを受け取り、彼女が荷台に上がるのに手を貸した。


「まだ奥まで行かなくて大丈夫ですが、一応、物陰には隠れておいてください」


 荷台には木箱が山積みになっている。アンヌマリーはマルセルの指示どおり、木箱の陰に隠れて腰を下ろした。

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