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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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横領容疑 (3)

 使用人たちの中には、紹介状を出すだけでは済まない者もいる。

 それは、ノアの小さなお目付役たちだ。独り立ちできる年齢まで面倒を見るために屋敷に引き取ったのに、ここで放り出すわけにはいかない。


 ロベールは、子どもたちの中で一番年長である十歳の少年ジャンを部屋に呼んだ。

 ジャンは当主の部屋にひとり呼び出されたことに緊張して、全身をこわばらせている。


「仕事中に呼び出して、すまないね」

「とんでもない」

「ちょっときみに相談したいことがあるんだ」


 ロベールに身振りで椅子を勧められると、ジャンはうろたえながらも腰を下ろし、背筋を伸ばして肩をいからせた。


「はい。何でしょうか」

「今、我が家が困ったことになっているのは、きみも察しているだろう?」

「はい」


 ロベールの質問に、ジャンはいぶかしげな表情を浮かべながらも、神妙にうなずく。


「それでね、あくまでも仮の話なんだけれども、万が一私に何かあったときの、きみたちの身の振り方を相談したいんだよ」


 ロベールとしては、信用のおける知り合いに事情を説明し、養育費を渡して子どもたちを預けようと考えていた。今とまったく同じとまではいかないまでも、似たような環境を用意してくれそうな相手は、何人か思い浮かぶ。

 ただし彼らは中央貴族ではないので、領地で過ごす時間が長い。子どもたちもおそらく領地に連れて行かれることになるだろう。王都内の商家に嫁いだ姉とは、なかなか会うこともできなくなる。


 もうひとつの案は、姉の嫁ぎ先の商家に養育費を渡して引き取ってもらうことだ。

 これまで取引先として付き合う中で、ロベールは商会長の人となりを見極めようとしてきた。そしておそらく子どもたちを引き取っても悪いようにはしないだろう、との確信が得られたのだ。


 ロベールはジャンに、その二つの選択肢を示した。

 今ここで決断を迫るつもりはないが、数日中には返事がほしい。そう締めくくった上で、「何か聞きたいことはあるかい?」とジャンに尋ねると、彼はゆっくり考えてから口を開き、意外な質問をした。


「そのときヨゼフ、じゃなくて、ええっと、ヨゼフさまはどうなりますか?」

「え? ああ、ヨゼフか。ヨゼフは──うん、そうだね、あの子はオスタリアに拠点があるから、帰国することになるだろうよ」

「そうですか」


 質問内容に不意打ちをくらい、ロベールは思わず目をしばたたいたがすぐに取り繕い、話しても差し支えない部分だけを正直に伝えた。

 するとジャンは、ロベールの顔をまっすぐに見上げ、はっきりと自分の望みを口にした。


「俺は、ヨゼフさまに付いて行きたいです。だからヨゼフさまにお願いしてみます」

「え」


 予想外の答えに、ロベールは間抜けな声をもらした。


「いや、でも、ヨゼフは……。というか、オスタリアだよ? 一度行ったら簡単には帰ってこられない。もう一生帰れないかもしれない。しかもただ遠いだけじゃなく、言葉も違う。いいのかい、それで」

「はい」


 迷いのない目できっぱりと返事をするジャンに、ロベールは逆に困惑した。


「お姉さんや、他の兄弟にもきちんと相談して考えなさい。また聞くから、そのとき答えを教えてくれるかな」

「はい」


 ジャンの希望を聞いて、どうしたものかと頭を悩ませているロベールのところに、想定外の人物が訪れた。料理長だ。


「旦那さま、少しお時間をいただけますか」

「かまわないよ、入りなさい。どうしたね?」


 料理長は帽子を外して手に持ち、ロベールにうながされるままに書斎に入ると、神妙に切り出した。


「さきほどジャンから相談を受けました」

「うん」


 初老の料理長は、薄くなった頭を勢いよく深々と下げた。


「私もオスタリアにお連れください。もちろん今と同じ給金は望みません。置いていただけるなら、無給でもかまいません。どうか、どうかお願いします!」

「え? ちょっと待って、そういう話はしてないはずなんだけど」


 料理長の懇願は、ロベールがオスタリアへ行く前提ではないか。ロベールは少しあわてた。ジャンが言っていたのは「オスタリアに帰国するヨゼフに付いて行きたい」という話だったはずだ。何かおかしい。


 料理長は頭を上げると、含みのある笑みを浮かべた。


「してなくたって、わかりますとも。使用人全員分の紹介状を用意してくださっているのでしょう? ですが、私の分は不要です。よそへ行くつもりはありませんから。お願いです、どうかお連れください」


 再び深々と頭を下げる料理長に、ロベールはため息をつきつつ困ったように笑った。


「そろそろ引退したいんじゃなかったっけ?」

「老後の楽しみに、旦那さまのもとで最後の弟子を育てたく思います」

「まいったなあ。本当に冗談でなく、これから私はどうなるかわからないんだよ?」

「承知の上です」


 ついにロベールは根負けした。


「じゃあ、もし私に万が一のことがあれば、ヨゼフに仕えてくれるかい?」

「はい」


 数日後、ロベールはもう一度ジャンを呼んで意思を確認した。


「ちゃんと兄弟で相談したかな?」

「はい」

「で、どうしたい?」

「親方と一緒に行きたいです」


 ロベールは「そうか」と言って微笑んだ。今度はもう、説得しようとはしなかった。


「では明日、ラロシュ商会に遣いを出そう。お姉さんに迎えに来てもらうから、一緒に行きなさい。今日のうちに荷物をまとめておくように」

「え? でも俺たちは──」

「次はいつ会えるかもわからないんだ。しっかり挨拶しておいで」


 ロベールの指示に対して、ジャンは抗議するかのように口を開きかけた。しかし続いてかけられた言葉に、一瞬呆けたように口をつぐむ。やがて内容が頭にしみわたると、ジャンは満面の笑顔で元気よく「はい!」と返事をした。


 翌日、ラロシュ商会から迎えに来た姉に連れられて、三人の子どもたちが屋敷を去った。

 さらにその翌日、アントノワ侯爵家に長く務めた料理長が辞職した。


 そして憲兵たちの目にとまることなく、初老の男が三人の子どもを連れてオスタリアに向けて旅立った。男が繰る小さな荷馬車には、四人分の着替えと旅の食料、そして愛用の調理道具だけが乗せられていた。

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