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死の予言のかわし方  作者: 海野宵人
本編(シーニュ王国編)

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パチモンのお姫さま (4)

 あらかた食事が終わった頃、ロベールはグラスを揺らしながらヨゼフに声をかけた。


「明日からの予定だが、ヨゼフには社交の基本と礼儀作法を学んでもらうつもりだ」

「礼儀作法ですか」

「うん。今後仕事をするにあたり、ある程度のことは知っておいたほうが相手からあなどられにくくなるからね」

「はい」


 ヨゼフは素直にうなずいたが、いまひとつ必要性が理解できていない表情をしている。それを見て、ロベールは笑みを浮かべて言葉を続けた。


「きみはこれまでただの船員だったかもしれないが、今日からは逆に船員たちを使う立場になる。若いというだけでもナメられやすいから、相手に軽く見られないための作法を身につけておいてほしいんだよ」


 侯爵家が養子とした者を、下っ端船員のままにしておくわけがない。ヨゼフにもそこは理解できているものの、「船員たちを使う立場」が具体的にどういった立場のことなのかピンときていない様子だ。


 ロベールはにっこりと、どことなくわざとらしい笑みをヨゼフに向けた。


「頑張ったらご褒美に船を買ってあげるから、どんな船がほしいのかパパに言ってごらん」

「もうおもちゃ買ってもらう歳じゃないんで、気持ちだけで」


 ヨゼフは面白がって笑っているが、この期に及んでまだ「パパ」などとふざけている父にアンヌマリーは呆れ返った。


「お父さま……。そのネタ、いつまで引きずるおつもりなの」

「あ、いや。まあ、冗談は置いておいて。真面目な話、きみが仕事をしていく上でも、私たちの今後のためにも船は必要だからね。海賊対策を含めて最大限の安全を考慮するなら、どんな船がほしいかね? 費用は度外視していい」


 娘の冷ややかな視線を受けて、ロベールは咳払いした後、一転して真面目な表情でヨゼフに問いかけた。ヨゼフは顎に手を当てて「うーん」と少し考えてから、問い返す。


「費用度外視ってことなら、一隻じゃなくてもいいですか?」

「もちろん。必要なら何隻でもかまわないとも」

「なら二隻、できれば三隻。一隻は海運業のための大型商船で、他は小型または中型の武装船がいいです。帆船は論外なんで、全部蒸気船で」

「ふむふむ。理由を教えてくれるかい?」


 今はまだ商船として蒸気船を使う者は少ない。蒸気船にかかる燃料費を嫌うためだ。帆船のほうが燃料費がかからない分、運送費用が安くつくと、帆船派の船主たちは言う。


 だがヨゼフの考えは違う。

 たしかに帆船は燃料を必要としないが、その代わりに速度が天候や風向きに左右されるという大きな欠点がある。しかも悪条件が重なると、蒸気船との速度差は二倍どころか三倍以上にもなり得る。そうなれば、燃料代がかからなくとも船員の賃金という人件費がかさむ。

 その上、蒸気船と比べると帆船のほうが、必要とする乗組員の数が多い。

 だから長い目で見れば、実質的な費用差はそこまで大きくないと、ヨゼフは見ている。


 加えて蒸気船の運航速度は、決して天候に左右されることがない。

 したがって定期運航することが可能となる。正確な日程が組めるというのは、商売の上では必ず武器になるはずだ。


 ヨゼフの説明を聞いて、ロベールは感心したように目を見開いた。


「すごいな。その若さで、よくそこまで考えているね」

「半分くらいは船長の受け売りですよ」

「しかし残り半分はきみの意見なのだろう?」

「意見というより、荷主や先輩船員たちの話を聞いているとわかること、ですかね」


 ロベールはなおもヨゼフに賞賛の言葉を贈りつつ、さらに質問を重ねた。


「蒸気船でないといけない理由はよくわかったが、では中型の武装船の使い道はどうするのかね?」

「それは、大型船の護衛にします」


 ヨゼフによれば「海の事故」で最も危険性が高いのが、海賊に襲われることだ。しかしこの海賊どもには、明確な弱点がある。

 それは装備が古いことだ。


 ヨゼフの知る限り、蒸気船に乗った海賊というものは存在しない。最新鋭の船を用意できるだけの財力があるなら、海賊行為に手を染めるより、まっとうに商売するほうが確実に金になるからだ。

 海賊たちは、そのほとんどが海軍くずれだ。海軍として徴集されたものの、軍事費縮小のあおりを受けて国から賃金が出なくなると、唯一手元に残された船を使って稼ぐべく海賊となる。だから使用する船も、旧式の軍艦が多い。


 旧式の軍艦とは、すなわち帆船の軍艦である。

 帆船というものは、当たり前だが帆を張るためのマストが必要だ。このマストがあるせいで、大砲の位置や向きは制約を受けることになる。つまり帆船の大砲がすべて側面に向けて取り付けられているのは、構造上の制約が理由なのだ。

 側面の穴から大砲の先を突き出して使用する形だから、どうしても死角が多くなる。


 ここまで聞いて、話の途中だがどうしても気になってアンヌマリーはヨゼフに質問してしまった。


「どうして側面に取り付けられていると、死角が多いの?」

「側面に向かってまっすぐ撃つことしかできないから、側面側にいる敵にしか当たらないんだよ。つまり、前と後ろはがら空きだ。そこに位置取りすれば、絶対に攻撃は受けない」

「なるほど」


 しかも船の後方には舵が取り付けられている。これを破壊すれば操船不能となり、大砲の照準を合わせるための方向転換ができなくなる。こうなった海賊船は攻撃するどころか逃げることもできず、もはやただの漂流船でしかない。

 このような工作を行うために、運送用の大型船の他に小回りの利く武装船がほしい、とヨゼフは言ったわけだ。


 アンヌマリーは、再び気になって質問した。


「蒸気船は? 死角はないの?」

「ないよ」


 蒸気船にはマストが存在しないので、何の制約も受けない。だから大砲はぐるりと三百六十度、どの方向にでも向けることができるのだ。


 アンヌマリーはすっかり感心した。


「蒸気船って、すごいのねえ」

「うん。だから今わざわざ船を買うなら、蒸気船しか考えられないんだよ」


 ヨゼフのその結論を聞くと、ロベールは満足そうにうなずいてこう言った。


「そうか。じゃあ、さっそく明日にでも買いに行こうか」


 ヨゼフはこれを冗談だと思ったようで、声を上げて笑っていた。

 しかしロベールはこの上もなく本気だった。驚いたことに翌日、ヨゼフの注文どおりの船が本当に買い与えられたのだった。

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