扉の向こうには
目の前に見えるのは、ずっしりと重たそうな黒染めのドア。ドアノブはなく、押して開けるタイプのドアで、百六十センチメートルはある私の身長の二倍くらいある。
私は今、そのドアに手をかけようとしている。
ふと我に返り、周りを見渡してみる。どこにでもあるような夏の日の風景なのだが、人影がなく、自分がどこにいるのかさえ理解できていないことに気づいた。ドアをあけようとする手を緩めたからなのか、視界が真っ暗になる。
__どうしてここにいるのか。何のためにここにいるのか。
__まだ、わからない。
明るい日差しが、私たちのことを照らしている。今私の隣にいるのは、小学校のころからずっと仲良しの亜美ちゃんと詩織ちゃんだ。
二人とも、夏に向けて髪をバッサリと切って、顎までのショートカットになっている。
青色系を基調とした服装が詩織ちゃんで、亜美ちゃんは赤色系で、私が緑色系、というのが何故か、三人の中でのお決まりになっていた。
この春から、私たちは高校生になる。
中学生の間は受験が忙しくてなかなか会えていなかったのだが、みんなの高校生活が落ち着いて、部活が始まる前という絶好の状態がそろったため、久しぶりに会おうということになったのだ。
「「ひさしぶり、由紀!」」
久しぶり、亜美、詩織!
二人が私にだけにしかあいさつしないのは、私以外の二人が同じ高校にいったからである。
「それにしても、大人になったよね、私たち。小学校の頃は、駅なんてとてもじゃないけど都会すぎて行けるようなところじゃなかったし」
亜美ちゃんが、しみじみ懐かしむような口調で、私たちの最寄り駅である桟切駅を眺めている。しかし、そこまで興味があったようではないようで、二人とも昔遊んだ公園のほうへと歩いていこうとするので、後ろから追いかける。
私たちの住んでいた町は、いわゆるド田舎というやつで、この街には駅はこの駅しかなかったし、大きな商店街なども一つしかなかったのだ。
駅は外に出ていくもの、というようにずっと親に言われ続けてきた私たちは、小学校時代は駅に近づくことすらしなかった。
今駅で集まっているのは、詩織ちゃんと亜美ちゃんが町からでていって、外の高校に通っているからである。
「あっ見てみて! 懐かしくない!?」
はしゃぐような声を出して詩織ちゃんが指をさしたのは、子供の時に百円玉を握りしめてよく三人で通っていた駄菓子屋さん。
「久しぶりに行ってみようよ!」
そんな声とともに亜美が駄菓子屋さんに向けて走り出し、同時に詩織も、そして私も追いかける。
「からんからん」という風鈴の軽やかな音とともに店内に入ると、とても懐かしいようなにおいと、店内だった。
亜美ちゃんと詩織ちゃんはなつかしー! などと言いながら店内を物色し始める。
「あっこれこっちでしか買えないやつだよ!」
「えっほんとじゃん! 食べよ食べよ!」
そういいながら二人が騒いでいるのは、ラムネアイス、とラベルに書かれたアイス。
二人はそれを持つと、会計の場所にもっていって、「おばちゃーん!」と大きな声で呼びかける。「はあいー」という呑気な声とともに、昔から変わらない姿のおばあちゃんが出てくる。
「はいはい、毎度ありがとうね、二つで三百二十円」
そういいながらおばあちゃんは、亜美と詩織の手に握られた小銭を受け取る。まだ買ってない私は、みんなと同じようにアイスを買おうとして、気づく。
__私のセリフがないことに。
私は、初めからずっとしゃべっていた。
久しぶり、亜美! 詩織! と呼びかけた時もそうだし、アイスを見た時だって懐かしい! と同じように叫んだ。
__他だって、そうだ。
私がずっと話していた昔の話も、亜美や詩織には聞こえていないようだ。
それに、私自身の感覚が、ない? 明るいや眩しいなど視覚から入る感覚はあっても、嗅覚や味覚、暑さなどは感じていない。
アイスだって私の分まで用意してくれるはずのものが……ない。
それに気づいた瞬間、私の視界は真っ暗になり、意識も遠のいていった……。
気づくと、目の前あるのは、ずっしりと重たそうな黒染めのドア。
でも、今回は前回とは違う。
どうして私がここにいるのか、ここがどこなのか、私は知っている。
私は、目の前のドアにもう一度手をかけると、今度は迷うことなんてなく、——そのドアを開けた。
「「由紀! ねえ由紀! 由紀ってば!」」
部屋に響くそんなうるさい声に、私は目を開ける。
目の前にいるのは、赤色の服を着た女の子と、青色の服を着た女の子。