化け狸とオーディション-5
非常に腹の立つ形ではあったが、ひめが無事合格したのは素直に嬉しいことじゃあ。
旅は道連れ、とも言うしのお。
道行きを共にする者がおるのは心強い。
例えクソガキであろうともじゃ。
なおも腕に引っ付いてくるひめを無視して周囲を見渡す。
拳を掲げて勝利を叫ぶ者、信じられないものを見たかの様に口をぽかんと開けているもの、いかにも当然であろうとでも言いたげな涼しい顔をしている者など様々じゃったが、その反面不合格であった者はがくりと肩を落として一様に陰鬱な雰囲気を漂わせておった。
我も一歩間違えば陰鬱な集団の仲間入りだったかと思うとぞっとする。
「ひめよ、頭を撫でてやろう」
「?」
何も分かっとらん様な顔をしとるが、合格はひめの一助があったのが大きいじゃろお。
思う存分撫でて労ってやろうではないか。
「うりうりうり」
「もー、やめてよぉーっ」
そう言いつつも顔は喜んでいるではないか。
快楽に正直になるのだあ。
よしよしよし、とひめを可愛がっておると我の尻尾の毛がびんと逆立つ。
「むっ?」
我の尻尾の毛が逆立つのは妖力を向けられた時なのじゃが。
不思議に思って後ろを見ると、露骨にこちらを睨んできとる鋭い目があった。
凍てつく様な怜悧な眼差し。
病的とも言えるであろう肌の白さは大凡血色というものを感じさせない。
六尺余りの長身から絶えず冷気が迸る彼奴は……。
(雪女、じゃな)
その雪女がまるで射殺す様な凄まじい目つきで我らを見つめておった。
何をそんなに昂っておるのか、次第に床は凍結し始め、空気中の塵が氷結してきらきらと輝く。
「あっ」
そして我と目が合うと慌てた様にそそくさと遠くへ離れていきよった。
(なんじゃあいつ。特に敵意は感じなかったが)
「? どーしたのワタちゃん。手が止まってるよ?」
「ああ……なんでもないわい。ってそろそろ充分じゃろ」
「えーっ! もっと撫でて欲しかったのにー!」
「わがまま言うない。ほれ、なんか始まるみたいじゃぞ」
ぴぴぴ、ががーっと雑音が響いた後にもはや聞き慣れた深鏡の声が響く。
「「第二選考終了です。それでは不合格の方はお帰りくださいませ」」
その声と同時に周りの肩を落としていた連中の足元に穴が空く。
なが〜〜〜い叫び声と共に不合格の連中は姿を消した。
残った合格者はもはや両の手で数えられる程度だ。
もちろんその中には我もひめもいる。
げ、さっきの雪女もおるわ。
……ん!? さっき抗議してた赤鬼も残っとるじゃないか!
どうやって通過したんじゃあ!?
「「合格の皆様おめでとうございます! 第二選考通過者は10体の傑物たち! いや私興奮して参りました! 夢が現実になる迄、後一歩ですよ皆様!!」」
鼻息荒く興奮した声が会場にギンギン響く。
どうもこやつは感情の上下運動が激しい気性のようじゃな。
「「ああ、最早この様なマイクを通さずともいいですね! それでは皆様少々失礼ッ!」」
「ぬおぉっ!?」
ここに連れてこられた時と同様に体がユーフォンに吸い込まれる。
時空間を引き裂いて移動する浮遊感に暫し包まれ目を開けると、目の前には素朴ながらも立派な造りをした日本家屋があった。
穏やかな日差しを浴びて茅葺の屋根が鈍く輝いとる。
どこか時間の流れが遅い様な、長閑な雰囲気漂う場所じゃのう。
そこにがらり、と戸口を開けて現れたのは和の雰囲気に削ぐわぬ鋭利な形状の外套を着た色男であった。
深鏡創士、代表取締役社長とやらが戸口を開け、我らを誘うように手招きをしておる。
「さあ、中にお入りください。貴方たちにはここに入る資格がある。妖技巧の粋を結集したこの『マヨヒガスタジオ』へ!」
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ぞろぞろと連れられるままに、そのまま畳敷の大広間に通された。
なお、化け術は使ったままじゃ。
第二選考は終わったのだと、術を解こうとした瞬間深鏡に止められた。
選考が最後まで終わるまではこの姿でいなければならないらしい。
なんと面倒な。
「おおっ……!」
すごいなあ。
外見からは想像できんかったが、質素ながらも上品な作りじゃあ。
清潔な畳から香るいぐさの爽やかな匂いに胸がすっとすくようじゃなあ。
それにしても広いのう。七十から八十畳はあるか?
大広間には座布団が円形に並べられており、深鏡に好きなところへ座る様に促された。
我は適当に腰を下ろし、ひめは当然のようにその隣に座る。
他の者も各々腰を下ろし、最後に深鏡が我の右隣に腰を下ろした。
「第二選考突破、改めましておめでとうございます。さて、残すところは最終選考のみ。その前に皆様一息入れましょう」
ぱんぱんと深鏡が手を叩くと各々の目の前にお膳に乗った幾つかの茶饅頭と湯呑みが現れる。
これはありがたいのう。
ばたばたしっ放しで喉も乾いておる。
ここは有り難く頂くとしようかの。
ひめも喜んで饅頭をぽいぽい口に放り込んでおる。
おいおい、茶も飲まんか。そんな茶菓子ばっかりじゃ口の中が甘くなるばっかりじゃろう。
皆で茶を一服し、ゆったりと空気が弛緩したところで深鏡が切り出した。
「それでは最終選考を始めましょう」
一気に空気が引き締まった。
第一選考の理不尽さからか、誰しも周囲を警戒して張り詰めた緊張感が漂う。
緊張感の糸を切ったのは深鏡じゃった。
「ここ迄きて無意味な実力試しをする気はありません。まずは自己紹介から始めましょう。私の左隣から順繰りにお名前と種族を教えてくださいませ」
一同拍子抜け。
お茶を啜りながら深鏡は呑気にそう言い放ちよった。
丁度右隣は我じゃのお。
まだ皆訝しげに顔を顰めておるが、ここは年長者の余裕を見せるとしようか。
「我は化け狸の綿狸じゃあ」
間髪入れずひめが続く。
「ヒメはヒメだよ〜。何の妖怪かはまだおしえな〜い」
それアリなのか?
思わず深鏡の方を見やると特に止める様子もなく、どうやら問題ないらしい。
ひめの隣、尻から鎌状の尻尾をにょろりと生やした吊り目の女がぶっきらぼうに言う。
「辻風。かまいたちだ」
続けて先刻も見かけた筋骨隆々の赤鬼じゃ。
「見ての通ォりの鬼だ。名は善童」
お次はなぜかブルブル震えている気弱そうな童子。
「ぼ、ぼくは振手……妖怪震震です……」
その隣ではひょっとこの面を斜め被りした肩を震わせる短髪の少女。
「ぷっ……けら。けらけらけら。アタシ、笑っていうの……ふふっ、けらけらけら……分かっちゃったと思うけど、けらけら女だよ! けらけらけら!」
爆発したように笑い出す笑を横目にしなから迷惑そうな顔で猫耳の娘が続ける。
「うちは猫又のこまたん……誰かうちの名前笑ったかあ? お前かあ!?」
猫又とけらけら女が一触即発になっているのも我関せずと、冷気迸る長身の美女がポツリと呟く。
「氷霞。雪女」
やたらと胸を張り、一つ縛りにした髪から水を滴らせる女が横柄に言い放つ。
「儂は沼沢の大怪異、沼御前の龍未なのだ!」
袖のだいぶ余った上着を着て頭に髑髏を乗せた童女がこちらへ目も向けずに無気力に言う。
「目競の刻です。よろしく」
そして最後に、
「皆様ご存じ雲外鏡の深鏡創士である!」
やたら熱の入った元締めの自己紹介で一周じゃ。
大きく息を吸ってから佇まいを直した深鏡は拡声器ばりの大声で宣言した。
「ここに最終選考を開始するッ!!!!!!!!」
今までの傾向からするに仲良しこよしでみんな幸せなんてことにはならんじゃろなあ。
さあて、どんな難題を突きつけてきやがるのかのう。
さりげに大物も混じってます。
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