化け狸とオーディション-1
魑魅魍魎がうじゃうじゃと。
おーおー、どこもかしこも妖怪一年生みたいな有象無象共がひしめき合っておるわ。
メールの返信をタップした我の体は雲外フォンに吸い込まれ、あっと言う間もなくこの場に連れてこられた。
周りには我と同じくあのメールに魅了された者共がわんさかおる。
まるで祭りのようじゃなあ。
体を動かせばどこかしら誰かに当たる。すし詰めとまではいかんが、相当な人の混み具合じゃの。
そういえば人間界には電車なるものが走っているとか。
ようちゅーぶで見たが、あんな鉄の棺桶に押し寿司のごとく詰め込まれるなんぞ考えるだけで身の毛がよだつわい。
まあ、隠居の山ぐらしにしてみれば久々の喧騒じゃ。
懐かしく心地よくもあるが、何分息苦しくて敵わんな。
我は首元の白毛を指先でちょいと毟り、そこらの宙に放る。
浮遊しながらもこもこと大きくなったそれは、我特製の巨大ふかふか座布団じゃあ。
ひょいと座布団に飛び乗り、あたりを一望する。
「こりゃあ想像以上じゃの……」
一辺が一町ほどの四角い飾り気のない部屋に我らは呼ばれたようじゃなあ。
いや、これは巨大な賽の中と言ったほうが適切かいの?
机も椅子もないまっさらな部屋の中央だけがせり出しており、丁度凹の字を逆さにしたような形になっとる。
「ネー!! おばあちゃん!!!それヒメも乗りたい!!!!!!」
足元から元気な甲高い声が聞こえてきおった。
我が座布団から顔を覗かせると、目に穏やかな浅緑色染の亀甲紋友禅を着崩した十二・三歳ほどに見える童女がピョンピョン飛び跳ねとる。
なんじゃいなんじゃい。何やら微笑ましいじゃないかよ。
「ネー!! いいでしょ!! 乗せてよ!! 乗せてーーーーーーー!!!」
……。
うるせえ!
喧しいのは童子の特権じゃとは思うが、よう周りも気にせずに大声出せるなあ!
ほら、獣に属する妖怪共はみんな耳を伏せとるぞ。
「ずるいずるいずるいずるい!! みーんな立ってるのにひとりで寝てるの、ずるっこだあ!!!」
こ、このクソガキャア……!
我を責める方向に意識を変えてきよって……!
周りのやつらも「確かに……」みたいにこちらを見るんじゃないわっ!
子供相手に大人気ないって言ったのはお前だな、そこの尻目だなあ? 覚えたぞ。
というか貴様はどこから声を発しとるんじゃ?
「ハァ。別に乗せんとは言っとらんじゃろおが。ほれ、下まで降ろすから待っとれ」
泣く子と地頭には勝てぬ、とはよく言ったものよ。
道理の通じぬ相手にはこちらから折れる他なし。今まさに痛感したわい。
ゆるゆると座布団を床まで降ろすと、童女は人見知りのしない態度で我に笑顔で抱きついてくる。
「え~へへっ、わがまま聞いてもらっちゃったあ。優しいね、おばあちゃん!」
何を言うか。
はじめからこうなる迄、折れん気じゃったろうがよ。
ころころと笑みを浮かべる童女を見ていると、可愛さ半分憎さ半分といった形で気持ちがなんとも釈然としない。
……先に折れた我の負けだぁな。
「浮き上がるからの。身を乗り出すんじゃないぞ」
再びゆるゆると座布団を上昇させると、周りにいた妖怪共が名残惜しそうにこちらをみている。
自分も乗せてもらえるとでも思ったか?
たわけがあ! 立派な両脚がついとるじゃろおが! そのまま立っとれい!
人差し指を咥えてなおも恨めしそうにこちらをみている有象無象共を尻目(妖怪の方ではない)にふわふわと連中の頭上を煽るように浮遊してやる。
童女は初めて玩具を買ってもらったかのようにきゃっきゃと騒いでおる。
「なにをそんなにはしゃぐことがある。お前も妖怪じゃろ? 空ぐらい飛べるじゃろがい」
「あー、おまえって言われるのイヤだな! ヒメにはヒメって名前があるんですから! コールミー・ヒメッ!!」
「こ、こーるみー……?」
「ヒメって呼んでってこと!!」
「あ、あー……ひめ?」
「よくできましたぁ! んとねヒメも空は飛べるけど、こんなゆったりしてないんだよね。もっとスリリングでデンジャラスなカンジ? えーっと、そう! ジェットコースターとメリーゴーラウンドの楽しさはちがうでしょ?」
「……」
横文字はやめるんじゃあ!
貴様……ここ最近ネット文化に触れたばかりの老体にアメリカ語?を叩きつけるとは容赦がねえじゃないかよ……! これが現代妖怪なのかァ……!
あれ? 同じ妖怪なんじゃから世間知らずの感覚は同じかと思っておったが、もしかして我大分頭が古臭いんじゃあ?
「それにしてもー、へんなおばあちゃんだよねー」
「何がじゃいガキンチョ」
「あっヒメって呼ばないの悪いこだぁ。まあ、いいや。だってぇ、このぼしゅーってしょーらいせーとか見るんでしょ? おばあちゃんにはもうしょーらいとかないじゃんね?」
「うぐっ」
そ、それはさあ……感じとったよ我も……。
なあんか若いんじゃもん周りの奴ら。
キラキラしとるもん……我が知ってる妖怪どもは絶対にどこかで血生臭いことしてるような奴ばっかりじゃもんなあ。
ギラギラはしとるけども。
「やっ……やや……やる気はあります……」
「やる気だけじゃどーしよーもないでしょーアハハハハ! 悪いことは言わないからー、おうち帰ったほーがヒメはいいとおもうなー?」
「……」
なんたる屈辱!
こんガキャ、我が黙って聞いてりゃあ好き勝手言い腐ってからにぃ!
ガキとて容赦はせぬ、ここで目上への口の利き方ってやつを解らせにゃなるめえ!
我が最大の妖術をもって貴様の命散らせてくれようぞ……!
なあに妖怪なんてもんは数日ありゃあ簡単に復活するさあ。
……与えられた痛みは忘れんじゃろうがなあ!
「喰らえクソガキ! 綿狸流・天上天下唯我独尊げきッ(ドォン!!)……エッ!?」
必殺の脳天唐竹割を放とうとしたところを、突然大太鼓でもぶっ叩いたかのような音で遮られる。
エッ、我なんかやっちまったじゃろおか?
尻目ってのは鼻も目も耳も口もなく、ケツの穴の部分に目がついてて四つん這いで歩くのっぺらぼうの亜種みたいな奴です。
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