化け狸と大乱戦-2
『さあっ、戦いの幕が切られましたぁ! おおっと真っ先に飛び出したのは新生の大鬼・赫童ゼン! その豊満な肉体を躍動させて団三郎へ突撃していきます! いやぁバルンバルン揺れてますねえっ、けらけらっ!』
俺は鉄斧を頭の後ろに構えて団三郎へ突貫する。
まずは明確に敵対している奴を叩くのは定石だろ。
とは建前であからさまに強者の雰囲気を醸し出しているあの狸と万全の状態でぶつかりてえってのが本音だ。
男なら小細工は無しの力と力のぶつかり合いさあ。
今は女の姿だってぇ?
思い出させんじゃねーよ、馬鹿!
ほら見ろ、奴さんも迎え撃つ気満々でいやがる。
いいねえ、獰猛な獣の本能が溢れてるぜ。
「おぅらァッ!」
突貫の勢いそのまま鉄斧を上段に振り下ろす。
巨大な質量同士がぶつかり合う派手な衝撃と共に、団三郎の交差した腕に受け止められた。
「ご挨拶じゃねェカ……こっちは徒手だってのにヨォ」
「へっ! 生身で俺の斧を受け止められるもんかよ! お得意の変化で何かしてやがんだろうが」
そんな金属光沢を放った生身があるかよ。
団三郎の腕は黒鉄の如く鈍く光を反射し、俺の斧を受け止め続けている。
畜生が。
力には自信があるんだがな。
そう簡単に止められると自信無くすぜ。
拮抗状態の刹那、殺気を感じ団三郎の腹を前蹴ってその場から飛び退く。
瞬間、眩い稲光が目の前に落ち、遅れてやってきた轟音と共に龍未が弾着した。
「ゼン! 儂の見せ場を奪おうなんて、そうはさせないのだ! ゼンもそこの狸も儂がたおーす! 儂だって出来るところを見せてやるのだ!」
オイ! もう仲間から離反者が出たぞ!
こいつはよろしくねえ展開だ。
ただの阿呆かと思ってたが、中々どうして危ねえじゃねえか。
さっきの雷、まやかしの類なんかじゃねえ。
直撃は喰らいたくねえところだな。
「お返しをやるヨォ……ほォら、こいつが地獄草子の最猛勝ダァ! 」
団三郎の両の手から不快な羽音を響かせて、無数の蜂に似た蟲が放たれる。
最猛勝。
骨肉を食む鋼の顎を持った地獄蟲。
「ぬぁーっ! なんなのだこの虫ぃ! 痛い痛い! 噛むのをやめるのだっ!」
龍未は早速虫にたかられ、腕をブンブンと振り回している。
「馬鹿っ! さっきの雷で吹き飛ばしゃいいじゃねえか!」
「雷は空から落ちるものなのだあ! 地べたにいちゃ雷は落ちないのだ〜!」
龍未にばかり構っている余裕はない。
俺のところにも龍未のところからあぶれた虫どもが続々やってきていた。
こういう時、肉体派は辛えなあ!
こいつら小さい上に素早いってんで、斧が当たらねえ!
「そんなもの……まとめて、凍てつけ」
小さな呟きが聞こえたかと思うと、俺の身体に群がっていた虫どもはぴたりと動きを止め、ばらばらと一気に地面へ落ちた。
「氷霞かぁ!?」
「煩わしい、妨害は無視、して、ください。私では、団三郎に、勝て、ませんから。補助に、まわります。どうぞ、ご存分に」
これはありがたいぜ。
やはり持つべきものは仲間だよなあ!
「おおぅ……寒さは蛇には辛いのだ……なんで儂まで凍らせるのだあ……!」
都合のいいことに龍未も動きが止まってる。
小細工への対処を考えなくて良くなったからな。
俺は真正面からぶつかるだけだ!
斧を構え直し団三郎へ接近する。
また鉄腕で受け止められるが、構うことはねえ。
打って打って打ちまくる!
前に進みゃあ道は拓ける!
道を塞ぐ障害は叩き壊してやるぜ!
「おらおらおらおらおらおらおらぁッ!!」
「馬鹿の一つ覚えがヨォッ……!」
団三郎さんよ!
顔から余裕が消えてきたぜ?
化け狸の本来の戦場は肉弾戦じゃあねえだろう?
その団三郎が俺とこうやって正面からやり合えているのも驚きなんだが、それでもやはり俺に分があるようだな。
徐々に鉄腕に斧が食い込み始めている。
団三郎は距離を詰められるのを嫌がって度々後ろに飛びのこうとしているが、その度に巨大な氷柱が地面を突き破り邪魔をする。
「チィ……うざってェナ! ならこいつダァ! 地獄の火焔鳥・閻婆ァ!」
団三郎の背中が盛り上がり、鉛色の嘴が服を内側から突き破った。
めぎめぎと背の肉が抉れ、そのまま歪んだ鳥のような姿体となって空に飛び立つ。
金属の擦れるような甲高い鳴き声を上げて、閻婆はあたり一面に灼熱の焔を噴き出した。
「これデ、そこの雪女も邪魔でねェだロ。さんざっぱらお前の得意で戦ってやったんだ。ここからはオイラの番ダァ……」
「そうはいかないのだっ!」
燃え盛る地面に濁流がなだれ込む。
波に乗って龍未が呵々大笑してやってきた。
「あはははは! あったまったお陰で復活なのだ! おりゃ、いくのだあっ!」
龍未の両の腕にばちばちと電光が迸る。
そして波の勢いに乗って俺に突撃をかましてきやがった。
「ど、どうして俺のとこに来るんだ! あっちいけ! あっちに!」
「なんか活躍してて癪だったからなのだ!」
波に飲まれちゃ敵わん!
手早く近場の岩によじのぼり龍未を迎え撃つ。
龍未も団三郎と同様徒手なのは変わらないが、斧で触れるたび纏った電気が俺の体に流れ込んでくる。
それ自体は直撃を喰らわない限りは大したことねえが、手が痺れて力が入らなくなってるのがまずい。
こいつ一気に自分の得意に環境を作り替えやがった。
水の中にでも引き込まれようものなら俺にはなす術がねえ。
しかも鏡のドームの中だってのに天気が荒れてきやがったぞ。
「龍未! お前何かしてやがんな!?」
「雷電と嵐とは湖の大怪異たる儂の本領なのだ! ここをまさに儂の独壇場に変えてやるのだ!」
文字通り暗雲が立ち込め、雲の隙間からは煌々とした光が垣間見えた。
俺と同じように岩場へ避難していた団三郎や氷霞の元へ稲光が襲い掛かっていた。
「まずはゼンを仕留めてから、次はあいつらなのだ」
龍未は唇を細い舌でぺろりと舐める。
こいつただの阿呆かと思ってたが、とんでもねえ大物だ!
こんなの自然災害と戦うのと同じじゃねえか! いい加減にしろ!
『ぶるぶる……何やら混戦となって参りましたね……ここで優勝賞品のワタヌキさんに話を伺ってみましょう。ワタヌキさんはどなたが勝ち残ると思いますか?』
「どうなんじゃろなあ。我も龍未があそこまでやるとは知らんかったんじゃよ。このままで行くと龍未が勝つじゃろうが、団三郎の奴がそのまま指を咥えて見てるとも思えんし。ゼンは苦しくなったのう。氷霞の補助があっても龍未が遠距離に徹したら打つ手はないじゃろ。……ん? そういえばひめは何処におるんじゃ?」
『けらけら! 始まってからすぐにどっか行っちゃいましたよ? どこ行ったんでしょね?』
少し、地面が揺れた気がした。
これって所謂バトルパート?
雨の日が多くてほんと困りますね。
ところで、短編も投稿してみたので気が向いたら是非見てみてくださいね。




