化け狸と大乱戦-1
あれよあれよという間に我は築き上げられた豪奢な櫓の上に賞品のごとく飾られておる。
いや、まさにその通りなんじゃけど。
ちなみに副賞である白孫は簀巻きで雑に後ろのほうへ放り投げられておる。
そんな我の横には快活な少女と根暗そうな少年。
どこかで見たことがあると思っちょったが、こいつらあれじゃ最終選考落ちの二人じゃ。
暗い闇に飲み込まれたあとにどこに行ったと思っておったがまだミカガミにおったんか。
そんなことを二人に訊ねてみると一瞬で目から光が消えたので何か事情があるんじゃろうな……。
そう言えば忘れちょったサンちゃんは櫓で我と一緒に観戦組じゃあ。
サンちゃんは元々ミカガミの者ではないからのお。
下手に画面に映してしまうとややこしい問題が発生するとのことで、早々にお帰り頂く運びとなったのじゃが、まさかの本人がそれを拒否。
「途中退場なんてあんまりですよぉ! こんな面白そーなイベント見過ごせませんって!」
鼻息荒くそんな主張をしちょったけども、我は一刻も早くこんなとこから出たほうがいいと思うんじゃがのう?
団三郎のことじゃ。
手が滑ったふりをしてサンちゃんの命を狙うぐらいのこと存分にやってくると思うぞ?
ほれ、諦めたとか口では言いつつもこっちを見ておるじゃないかい。
あれ? 我を見てないか?
いや、あれはサンちゃんを狙っておる目じゃ間違いない。
『けらけら! 佐渡の二ツ岩・団三郎選手も賞品をアツく見つめております! やる気がばちばち伝わってきますね! けらけらけら!』
おい、疑惑を確定させに来るんじゃない。
『皆さんすごい気迫です……こっちまで震えてきます、ぶるぶるぶる』
お前が震えとるのはいつものことじゃろがい。
しかしながらその発言には同意じゃあ。
各々が妙に気合の入った面持ちで入念な準備運動に励んでおる。
何が彼奴らを駆り立てるのか……。
もしかしたら我がいない間に深鏡と密約でも交わしよったんかあ。
中でも善童、いやゼンは気迫に満ち満ちておる。
鬼じゃからなあ。
嫁の尻に敷かれて情けない発言ばかりが目立つが、生来戦好きな奴らじゃからのう。
ミカガミに入ってからこっち無理やり女の姿で活動させられとるし鬱憤溜まっとるんじゃろなあ。
***
戦の雰囲気は好きだ。
お師さんの元で修験の道に入ってからは無暗に暴れることもなくなったが、それでも生来の性質ってもんは変えられねえ。
決して嫁の我儘で溜まったストレスを発散しようと思ってるわけじゃないからな?
って誰に弁解してるんだ、俺ゃあ。
しかし思いもよらないことだったぜ。
ミカガミでこうやって暴れられるとはよ。
それにああやって見るからに悪者顔してるやつがいるとやりやすいねえ。
いつか言ってみたかったんだよな。
俺が正義の味方だ、ってやつ。
***
私の推しカップリングを引き離そうとするなんて断じて許せることではありません。
人間たちの様々な文化に陰ながら触れてきた私でしたが、どうしても受け容れられないジャンルがありました。
呼ぶのもはばかられるその名は”NTR”。
他人の性癖をとやかく言うほど野暮ではありませんが、あのジャンルの住人たちは事ある毎に「素養があるよ」などと言ってこちらの脳を破壊してこようとするんです。
今まで触れないように遠ざけて参りましたが、ここに来て身内の、それも推しで発生!
私が出来ることは少ないかもしれませんが、防げるのであれば未然に防ぐのが推しを守る私のやるべきことなのです。
物語にうたわれた由緒ある雪女として障害を排除いたします。
***
んー……かっこよく登場決めるつもりが散々だったのだ……。
いや、ここで落ち込んでいてどうするのだ!
このままではただ落ち込んでいただけの情けない女とみんなに馬鹿にされるに決まってる!
うちのリスナーたちは酷いのだ。
何か儂が言い間違いとかするたびに「あほだ」「ばかだ」とくそみそに言ってくる!
ルーちゃんは「それも愛です!」なんて言ってたけど、どーも儂にはそうは思えない。
儂は世にも恐ろしい大怪異なのだぞ!
今回はいい機会なのだ。
ここで儂が一網打尽に蹂躙すれば、リスナーの見方も変わってくるはずなのだ!
今までのことも謝ってくるに違いないのだよ!
よーし、やるぞー!!
***
うふふ。
ワタちゃんが優勝賞品かあ。
忘れないって約束してくれたワタちゃんを手元に置いておけるなら、これは参加するっきゃないよね。
ただ問題はー……ヒメ以外のみんなが強すぎるってこと。
特にゼン。
あれって明確に言ってないけど役行者のとこの鬼でしょ。
かなりの大物じゃん。
普通にやったところでヒメが勝てるわけないんだよねー。
まーそこは頭の使いどころってやつなワケで。
純粋な腕力だけが力じゃないってこと見せつけてやるんだから!
ワタちゃんゲットしたら何しよっかな~。
***
フン、おかしなことに巻きこまれたがまあイイ。
誰にも邪魔されずニ、綿狸と常世の春を楽しむんダァ……想像するだけで涎が出てくラァ。
揃いも揃って有象無象の雑魚ばかリ。
だが、あの鬼だけは要注意だナァ……。
一騎打ちなら負けることはネェ……と思いてえガ、どうもなかなかの実力者らしいじゃねえカ。
オイラの鼻が強者の匂いを感じ取ってやがル。
雑魚共と纏めて来られると厄介極まりねぇナ。
さテ、どうするカ。
あァ……思えば狐以外と戦うのは何時振りダァ?
そう思うト、柄にもなくちぃっとばかシ楽しくなってきやがったナァ。
***
寝そべって見ているだけも退屈なもんじゃなあ。
いっそのこと始まってしまえば少しは見ごたえもあるだろうにのう。
「ワタヌキさん。なんでそんなに余裕そうなんです? 賞品扱いされてるのに」
我のほっぺたをつつきながらサンちゃんが言う。
君は自分が助かるとわかってから気が抜けたのう。
「そりゃそうじゃろ。単純に数の上で有利じゃし、ゼンなんてほら見るからに強いからのう。下手なことしなければ我の安全は保障されたようなものじゃあ。初めに団三郎を潰すようにひめにもしっかりと言い含めておいたしのう」
「ヒメさんってあの子ですよね? 今、団三郎と話してる……」
「なんじゃって?」
見れば確かにひめは団三郎と何やら話しておる。
我が見ているのに気付いたのかひめはにぱーっと笑顔で小さく手を振ってきた。
我も手を振り返してやる。
その顔がちょっと嫌なものを見る顔に変わり視線が上に行ったので、上を見やると深鏡が我をまたぐような形で立っておった。
失礼なやっちゃな。
『ぶるぶる。皆さんお待たせいたしました。それでは定刻となりましたので、深鏡社長、開始の合図をお願いします』
『ええ。それでは……第一回Battle LiVe in MIKAGAMI始めェいッッッッッ!!!』
いつもの大音声とともに大乱戦は火蓋を切られたわけじゃ。
我は何事もなく終わってくれと願うのみじゃ。
まあ、願い事というものは得てして叶わないものなのじゃな。
つまりはそういうことじゃあ。
本降りにならない小雨は好きです。
本降りになったらもう嫌いです。靴の中が濡れるから。
つまりはそういうことです。
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今後もがんばりますよい。




