化け狸とらいぶいべんと-2
「有象無象がうじゃうじゃトォ……どォしてオイラの邪魔をするんダァ」
団三郎は人数の差を警戒して距離を取ったまま呟いた。
その呟きが地に落ちる前に耳聡く声を拾った深鏡が、眼鏡をくいっと直しながら団三郎に言い放つ。
「貴方が弊社のタレントを攫ったからでしょう。それにシステムも強引に突破してくれたせいで多々不備が出ているんです。綿狸さんの回収だけでは割に合わない。貴方にはミカガミプロジェクト発展の為の礎になっていただきます」
「アァ?」
「雲外鏡の誇る千里眼は鏡を通し万象の一切を観測する術。それは空間同士を繋げることでもあります。だからこんなこともできるッッッ!」
深鏡が懐から無数のユーフォンを取り出し宙に放り投げる。
ユーフォンは巨大化し我らと団三郎を囲んで半球状に構築された。
丁度我が綿の襟巻きで防御壁を作った時のように。
「環境の上塗り。如何な魔境であろうとも内に入って仕舞えばやりようは幾らでもあるのですよ。このドームの中は外の環境となんら違いはありません。よって鏡を通って今すぐに脱出することも可能」
「なぬっ!? でかした深鏡!」
いつもは暴力をちらつかせて強引に自身の意見を通すいけすかないくそ眼鏡じゃが、この時ばかりはでかしたと言わざるをえん!
「しかしッ! それは後回しだッッッ!!」
「なんでじゃあっ!? むぐぐ……」
「はーい、ワタちゃんはうるさいから黙ってようね〜」
ひめの小さい手で口を塞がれる。
ひめよ、背中に乗るのはやめてもらえんか?
さっき腰もやっとるんじゃよ我……。
「貴様が闖入したせいで配信の予定もパァだ! 一体どれだけの視聴者が悲しんだと思う! どれだけの視聴者が減ったと思う! よって貴様には今からミカガミプロジェクトの新企画【Battle LiVe in MIKAGAMI】略称BLIMの参加者として我らと共に視聴者を楽しませて頂こうッッッ!!」
「……ハァ?」
団三郎から気の抜けた声が漏れる。
彼奴と気が合うのは些か癪じゃが、我も口を塞がれてなければ同じ声を出していたじゃろう。
我の呆気に取られた顔を見てひめがいかにも嬉しそうににやついておった。
***
【けらけらけら! はじめましてー! アタシは今日のイベントのナビゲーターを担当する笑っていいまーす! 以後お見知り置きをーっ! そしてぇ……】
【ぶるぶる……同じくナビゲーターの振手です。皆様お手柔らかに……】
ミカガミプロジェクトの配信予定が一旦白紙になったとdo!tterで告知があった暫く後、1本のショート動画が投稿された。
明るい黄色の髪を揺らしながらけらけらと明るく笑う糸目の少女。
くすんだ青髪をぶるぶると震わす一見少女にも見える伏目がちの少年。
突如として現れたミカガミプロジェクトの新キャラクターにdo!tterの注目は集まった。
【みんなー急に配信お休みにしてごめんねーっ! けらけら! そのお詫びにミカガミは大型イベントを用意したよっ! 『Battle LiVe in MIKAGAMI』ブリムの開幕だぁーっ! けらけらけら!】
【ちょっと笑ぉ……それじゃあ分かんないよ……。えーっとブリムっていうのは……Vtuberと格闘技を混ぜ合わせた全く新しいイベント……バーチャルならではの非現実なバトルをお楽しみください……だって。ひぇ、物騒だなあ、ぶるぶる……】
【臆病だなあ振手くんはぁ、けらけら! これはいわばケンカ祭りってやつだね! 歌って踊ってもいいけど、闘いは人の心を滾らせるってやつでしょっ! おもしろそーじゃん、けらけらけら!】
【えぇ……僕はそう思わないけどぉ……争わずに安穏と生きるのが一番……ヒェッ、い、いえっ! 僕もいい企画だと思いますぅ! あっ、ほんと、ほんとなんですぅーっ! だから連れて行かないでぇ……! あの暗いとこは嫌なんですぅぅぅぅ……ぁぁ……】
【ありゃりゃ連れてかれちゃった。さて、気を取り直して! 『Battle LiVe in MIKAGAMI』の放送は本日の20時からっ! みんな見逃すんじゃないぞぉーっ! ナビゲーターの笑でしたぁー! またねっ、けらけらけらっ!】
ミカガミプロジェクトのロゴで動画は締められた。
ネットの反応は様々だった。
『楽しみ』『期待してる』などの肯定的な意見から、『物騒なのはちょっと』『格闘技とVって合うわけないだろ』といった否定的な意見まで。
しかし共通してこの動画を見た各々の心の中にはひとつの思いが生まれていた。
『とりあえず見てみるか』
百聞は一見にしかず。
見てみなければ良し悪しの判断もできない。
良くも悪くもこのイベントの発表は人々の興味を惹いた。
配信スケジュールが真っ新になったことなど、今更誰も気にしていなかったかのように興味の対象を他に移すことに成功したのだ。
do!tterの動向を見守っていた運営職員のひとりは、なんとか動画が作成できたこと、そして深鏡の思惑通りに向かっていることを確認して安堵の溜息をついた。
「……あのぅ」
その職員に控えめにけらけらと笑いながら笑が声をかけた。
「これで、あの暗いとこから解放してもらえるんですよねえ、けらけら……」
「……ああ、そうだと思いますよ。社長が決めることですからはっきりとは申し上げられませんが、悪いようにはならないでしょう」
「よ、よかったあ〜……これからは光ある生活が送れるんだねえ……けらけらっ」
「しかし、社長の判断が降りていない以上このままという訳にもいきません。お戻りまで暫しお待ちくださいませ」
「え“っ」
〆られた鶏のような声を上げた笑の後ろには無数の黒い手がうようよと蠢いている。
安堵から紅潮した頬から一気に血の気が失せた。
黒い手の生えている先、光すら通さぬ黒い穴から聞こえてくるかぼそい恨み声。
「ひ、ひとりだけ……助かろうなんてずるいんじゃないのぉ〜……君も、僕と一緒に震えるんだよぉ〜。ぶるぶるぶるぶる……」
「い、いやなのぉっ、暗いのはいやぁ! けらけらけらっ!」
寄生して宿主を絞め殺す蔦のように、笑の全身に細長く黒い手が巻き付いた。
「おや、笑っておられるとは案外と余裕だったりします?」
「これはぁ、そーいう妖怪なのぉぉぉぉぉぉぉ……」
黒い手が跳ね上がり逆バンジーの如く凄まじい勢いで笑は黒い穴に吸い込まれていく。
ちゃぷん、と波紋を残して黒い穴は跡形もなく姿を消した。
職員は応接用の豪華なソファにだらんと四肢を投げ出して横になる。
普段だったら絶対に許されない行動だけど、私頑張ったんだからこれぐらいは許してくれますよね社長?
ふかふかの沈み込むようなソファは自然と眠気を誘う。
いけないと思いつつも、うとうとしているうちに職員はすっかり寝入ってしまった。
当然、一仕事終えて帰ってきた深鏡に見つかってこっ酷く絞られたことは言うまでもない。
GW終了!
電車は満員!
気が狂いそう!
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