化け狸とらいぶいべんと-1
魔境佐渡島。
外界との接触を断ち団三郎の怨讐で満たされた異界には内から招かれる以外には侵入手段が存在せず、また脱出する手段も存在しない。
獣狩りの罠のように入ったが最後、蓋が閉まって外には出られない。
佐渡島には首謀者たる団三郎、招かれし者・綿狸、そしてサン。
しかし脱出する手段がない以上、今この佐渡島には団三郎も予期していない第三者が存在する。
岩の下敷きにして仕留めたと思い込んでいる。
死んだふりでやり過ごしたことにも気付かずに。
気配を殺して岩陰に身を隠す白い影は耳元に何やら四角い鏡を当ててぼそぼそと小声で喋っている。
「準備は出来ましたかい? よし、じゃあ開演といきますかねえ」
***
「ワ、ワタヌキさぁ〜〜〜ん! さっきの術またやってくださいよぉ!」
「あほぉ! もう打ち止めじゃあ! さっきから一発で蹴散らされとるじゃろおっ! うっ……! 揺れて気持ち悪いぃ……!」
「ちょぉ! 吐くのだけは勘弁ですよぉ〜〜〜っ!」
「うぅ……! あっ! 後ろもう来とるぞ!」
「ひぇ〜〜〜っ! 死んじゃう死んじゃう! ホントに死んじゃううううううう!!」
我はサンちゃんに米俵の如く後ろ向きに担がれて鬼神の如き形相で追ってくる団三郎を見張っておる。
万事休すかと思われたあの時、サンちゃんが我を担いで猛然と走り出したのじゃあ。
野生の生存本能が成せる業か、危ない瞬間は多々あるものの悲鳴を上げながらサンちゃんは団三郎から逃げ回っておった。
本来狐は捕食者であるはずなのじゃが、案外と逃げが堂に入っておる。
「私弱いから逃げるのだけは上手くなったんですよぉ〜〜〜っ!」
とはサンちゃんの言。
じゃが、こうしておっても脱出する手段がない以上ジリ貧じゃあ。
いずれは団三郎に追いつかれ諸共肉塊にされるのが関の山じゃろう。
サンちゃんの息も切れてきておる。
そりゃそうじゃあ。
我のようなお荷物を抱えて団三郎から逃げ回っとるんじゃ。
軟弱なこの身はほとほと嫌になるわい。
「のう、サンちゃん我を置いてけ」
「今更そんなこと出来ますかあっ! えっ!? ちょっとちょっとなになになに〜〜〜っ!?」
走っていた勢いそのままにサンちゃんはつんのめって激しく転倒する。
担がれていた我は哀れ宙を舞って今に落ちる瞬間を待っている状態じゃあ。
落下の刹那サンちゃんの姿を見たが、全身に鮮やかな黄色い帯のようなものが絡みついてがんじがらめになっておる。
あれに足を取られたんか? てかなんじゃあの場違いな代物はぁ?
「ぶへっ」
重力によって地面に叩きつけられる。
なんか佐渡に来てからというもの情けない場面が殊更に多くないかのう……?
「はーい、一着、葛葉サ〜ン。狸さんは残念二等賞だねぇ」
気の抜けたような嘲笑混じりのどこか苛つく声音。
こ、こいつっ!!
「白孫ぉ! 何故ここにぃ!」
がばっと頭を上げると、予想通り此度の騒動の元凶のひとつとも言える白孫が呑気にぱちぱちと拍手をしておった。
「お前ぇーーーっ! お前のせいで我とサンちゃんはァーーーっ! お前お前お前ーっ! いぎっ!? 今度は腰がぁっ!?」
「そうはしゃぐなよ。お互い若くねえんだから少しは落ち着こうぜ」
ぺしぺし頭を叩くでない!
くっそう! 屈辱じゃあっ!
「アァ? ぶっ殺したはずの狐がなァンでここにいやがるンダァ!?」
追いついてきた団三郎が怒りと困惑の咆哮を上げる。
「おうおう、随分と野生味溢れる姿になっちまいやがって。怖くて震えがしてくらあ。ぶるぶるぶる、ときたもんだ」
憤怒の化身となった団三郎を前にしても軽口を叩くその姿勢は評価してやらんでもない。
しかしよお、それは悪手ってもんじゃないかのう。
「態々墓標を用意してやったってのにヨォ! 大人しく死んでロォッ!!」
ほら怒っちゃったじゃんかよ!
地面を弾いて肉弾が放たれた矢の如く迫る!
おい、ちょっとこれ我も巻き添えにならんかぁっ!?
「まぁ安心しろって綿狸」
なんで此奴は死が目前と迫っとるのに余裕綽々なんじゃあ!?
「少しはお仲間を信じてやれよう」
襲い来る凶拳!
我の視界の端で何かがきらりと光を反射した。
瞬間、視界に大きく無骨な鉄塊。
その鉄塊は迫り来た団三郎を一薙で弾き飛ばした。
団三郎は宙で翻り土煙を上げながら四つ足で着地する。
「なんダァ……テメエ」
低い唸り声に応えたのは掠れ気味だが圧のある女の声じゃった。
「随分とうちのもんを虐めてくれたみたいじゃねえか。年寄りを労わるってこと知らねえのか獣が!」
「ぜ、善童ぉ!?」
「ちょっ、婆さん! こっちの姿の時はゼンって呼べよ! 嫁にバレたら不味いんだから!」
豊満な美女が慌てて我の口を塞ぐ。
ぬぐぐっ、お前っ鼻まで塞いどるっ!
し、死む〜〜〜っ!?
「うぉっ、冷てっ」
「助けにきたのに……殺す気です、か。自重、してください」
冷気と共に我の呼吸が回復する。
この冷気は!
「氷霞!」
「大丈夫、ですか?」
うん! 助かったんじゃけど我の自慢の狸耳まで凍っとるねえ!
ちょっとは手加減してくれい!
「ヒメもいるよぉ。ワタちゃん災難だったねえ。日頃の行いが祟った〜?」
「クソガキィッ!」
「ひっどぉ」
浅緑の亀甲紋をひらりと翻してひめが小憎たらしい面をしながら現れた。
こんな状況でも憎まれ口叩くんかあおのれは!
「綿狸さん。この度は弊社の不手際で多大なご迷惑をお掛けしました。ここに謝罪致します。誠に申し訳ありません」
「深鏡ィィ!」
きらんと光るくそ眼鏡。
まあお前もいると思っとったよ。
謝るのはお前の自由じゃがのう……ふんぞり返ってやたら格好つけてたら謝罪の意なんか微塵とも届いてこんぞぉ?
「フフ、失礼ッ! 流石の私も多少なりとも緊張しているのかもしれません! 何せ今日はミカガミプロジェクト初のライブイベントなのですからッ!」
「はぁ? らいぶいべんとぉ?」
またわーけのわからんことを。
お前らは我の救助隊じゃないんかい。
ところで。
「なぁんか一人足りない気がするんじゃけど」
ぞろぞろと見慣れた顔が現れたと思うたが、一番の阿呆面が顔を見せておらんよなあ。
「よお、綿狸の。お探しのものはあれじゃねえか?」
きょろきょろと辺りを見回しておった我に白孫が声をかけてきた。
白孫の指差す方を見ると、なんか尻があった。
手のひら大の鏡に上半身を突っ込むようにして尻が揺れとる。
ぶるんぶるん揺れとる尻はめちゃくちゃにもがいておったが、やがて諦めたのかしーんと死んだように動かなくなった。
「あーもうしょうがねえな。おら出てこい」
ゼンが尻に近づいて両足を掴んで引き摺り出した。
その先にいたのは案の定龍未じゃった。
ぐずぐずと、
「儂もぉ〜……かっこよく登場したかったのだぁ〜……」
などと半べそをかいておる。
「おお……龍未よぉ」
なんとも締まらない増援の到着じゃった。
GWも終わりました。
有給取った人はまだGWなのか?
休み明けの月曜に震えるがよい。




