化け狸と化け狐
「だめじゃあ! サンちゃん! お前が敵う相手ではないッ! 我のことはいいから早く逃げるんじゃあああッ!!」
「ここで逃げたら私は私を許せませんっ……! 帰ったらまたコラボしましょうね?」
「サンちゃあああああん!!」
と劇的な御涙頂戴物の展開を予想しておったのじゃが、現実は非情な物じゃ。
最初は我の術に頼って攻めていたサンちゃんじゃったが、団三郎によって呆気なくそれが破られると、我と同じように鳩尾にきつい一発をもらって我の横に吹っ飛ばされてきよった。
今じゃ二人仲良く地べたを舐めとる状態じゃあ。
どうじゃあ、冷たくて気持ちがいいじゃろお〜?
「うぅ……ワタヌキさんどうなってるんですかぁ……! 私無敵じゃなかったんですかあっ……!」
サンちゃんが突っ伏しながら横目で我を見て抗議の小声をあげる。
団三郎の一撃をもらってもう喋れるとは案外丈夫なんじゃのう。
「あれは団三郎の注意を引くための嘘じゃあっ……! 我に気を取られとる間に逃げれば良かったんじゃよぉっ……!」
「そんなことできる訳ないでしょっ……! 普通助けに行くでしょっ……! 自分に攻撃が通らないって思ったら勝てるかもしれないって思うじゃないですかあっ……!」
「あれにか……?」
じゃり、と砂を踏み締める音と共に禍々しくどろりと纏わりつく妖気が近づいてくる。
最早嫋やかな女人の姿は何処にもなく、内から筋肉を弾けさせ赤黒く鮮明な眼光を放つ獣面の団三郎がそこにおった。
口の端からは得体の知れない白紫の煙をもうもうと漂わせておって、怪物と言っても差し支えないような様相じゃあ。
「前言撤回……! 逃げれば良かったかもぉ……!」
「なにヲくっちゃべってやがるんダァ! 綿狸と楽しそうにヨォ! 見せつけてんのカァ!? アァン!?」
落雷のような怒号。
サンちゃんだけではなく我の身も竦む。
「綿狸ィ? ハッタリは相変わらず上手えじゃねェカァ! しかし種が割れた以上、そこのクソに待ち受けるのは死のみダァ!」
団三郎が凶拳を振り上げる。
しかし、まだやられぬ。
襟巻きを巨大化、半球に展開し我とサンちゃんを包む。
「チィッ! またかヨォ! 悪足掻きはやめろってんダァッ!!」
半球の外から団三郎のくぐもった叫びと共に無茶苦茶に殴りつける音が聞こえる。
その激しさと相反して我の気持ちは穏やかじゃ。
我のその様子を不思議そうに見てサンちゃんが、ピンと耳を立てて期待の篭った声で我に詰め寄る。
「その余裕の態度っ……もしかしてこの状況を打開する方法がっ!?」
「んなもんあるかい」
我のこの余裕は諦めの境地から来るものじゃあ。
この襟巻きも然程時間もかからず取っ払われるじゃろうし。
何もかも吹き飛ばす大嵐を目前にして何をすると言うのじゃ。
しかもそれがもう目前だときとる。
逃げることも叶わないのであれば諦める他ないじゃろう。
「そんなぁ……」
あぁー折角立てた耳がへんにゃりしてしもうた。
しかしサンちゃんも巻き添えにするのは些か不憫にすぎる。
なんとか誠心誠意頼み込んだら団三郎もサンちゃんだけ見逃してくれんじゃろうか?
いや、むしろサンちゃんだけやられそうな気がするのう。
「こんなとこで私の夢は終わっちゃうんですかあっ……」
「夢?」
「そうですよぉっ! 私には叶えたい夢があるんです!」
がばっと身を起こすサンちゃん。
おいおい、団三郎にやられてへばっとったんじゃないんか。
本当に丈夫じゃのお。
「その為のワタヌキさんだったのにぃ……! それが仇になるとは流石の私も思いませんでしたぁ……!」
「ん?」
自分の名前が出てきては興味がそそられるのも仕方のないことじゃろう。
我は知らず知らずのうちにサンちゃんに「一体どういうことじゃ?」と疑問の視線を向けておった。
サンちゃんもそれに気付いたのかややばつの悪そうな顔をして話し始めた。
「こんな時だから白状しますけどぉ……最初は打算だったんです、ワタヌキさんと仲良くするのも。話題になってたミカガミと最初期から関われればきっと新規リスナーも得られるだろうと思ったんですよぉ」
うん、それは我も薄々勘づいておったよ。
むしろ打算がないと言われた方が得体が知れなくてもやもやする。
「vtuberは私が妖狐の中で発言力を得るのに手っ取り早い手段だったんです。知ってます? 今の妖狐ってどれだけ人から信仰を得ることが出来るかでその優劣を競ってるんですよ」
「信仰?」
「支持、って言い換えてもいいです。今の妖狐の首脳はすごいですよ。テレビをつければ必ず一人は見ることができます」
ほぉん。
人からの感情が力となるのは妖にとっては常識とも言えることじゃ。
狐どもはそれを恐怖の負の感情から信仰の正の感情へと置き換えたわけかい。
……確かに軍隊は怖いからのう。懸命な判断じゃ。ぶるぶる。
確かにそう考えればぶいちゅうばあは格好の媒体かも知れぬな。
ちゃんねる登録者数や視聴回数で具体的な数字も出るし。
なによりもねっとの世界は広大じゃあ。
日本国内に限らず世界中に自分の存在を示すことができるからのう。
「それで、発言力を得て何を叶えたかったんじゃあ」
「……私の夢は狸たちとの宥和です」
「なぬ?」
思いもよらん言葉が飛び出してきよった。
狐と狸は古来より比較され対立してきた種族。
互いに良い思いは抱いていないと思っていたのじゃが。
虚を突かれて気の抜けた声を出しちまったが、サンちゃんの口調は至極まじめじゃあ。
極限状況で狂ったのでもなければ我を揶揄うために言っとるわけでもないらしい。
「ワタヌキさんも何を馬鹿なって笑いますか?」
声は不安で少し震えていた。
「んー、いや、いいと思うぞ我は……むぐぅ」
我がそう言い終わるか終わらないうちにサンちゃんにきつく抱きつかれる。
「ですよねっ! しらぬいを推してくれてるワタヌキさんならそう言ってくれると信じてましたあっ! そう! 私とワタヌキさんは令和の狐狸たちの架け橋となるんですよぉっ! ねーっ?」
「んぎぎぎぎ……!」
嬉しいのは分かるがあ!
さっき痛めた首筋をぎりぎりと締め付けるのはやめてくれんかァ!
「あっ、すみません」
我の顔が痛みに耐えて紅潮してきたのに気づいて、サンちゃんはようやっと手を離してくれた……。
「はぁ……はぁ……しかし、なんでじゃあ? 我らと仲良くしようなどと。何か特別な理由がなければ目指さんもんじゃろ」
「そ、それはぁ……」
「アァ、オイラにも教えてくれヨォ。狐なんかと仲良くしなきゃならねェ理由をヨォ〜?」
サンちゃんが口籠ったところで唸り混じりの声が口を挟んできよった。
手にはずたずたの布切れを絡ませてにちゃりと嗤う。
くそう。
思ったよりも保たんかったのう。
「のうサンちゃん」
「な、なんですぅ?」
「此奴と仲良くできると思うかあ?」
「あ、あはははは。ちょーっと自信ないかもぉー……?」
サンちゃんは先程の元気は何処へやら、また目に涙を浮かべてへにゃっと笑った。
陽気が戻って参りました。
このぐらいの天気が散歩には丁度いいですねえ。




