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化け狸とおふこらぼ-4

「綿狸ィ……! まさかここまでトハ……!」


ふはは、団三郎のやつ驚いておるわ。

あまりにも想定外だったんで面食らったんじゃろうなあ。


「これが現状じゃあ。分かったのなら矛を収めるが良い。これ以上続ければ悲しい結末が待っとることはお前にも分かるじゃろう」


そうじゃ。

実力差がありすぎたのじゃ。

重ねた月日の違いといったところかのう。


「あァ、分かってはいるガ、ここで止めるわけにもいかねェナ。オイラはまだまだ満足できてねェンだからヨォ」


フン! いかれた戦闘狂めが。

現状を正しく認識できていなければ戦場で生き残ることはできんぞ!

未熟者がぁ!


「ワタヌキさん! なにやられてるんですかぁーっ!」


サンちゃんの焦った声が聞こえる。


「こんなに弱くなってるなんテ誰が予想できるかヨォ。全くもって拍子抜けだゼェ。あの頃オイラを惹きつけた魅力は何処にいっちまったンダァ?」


我の頭の上から団三郎の呆れ返った声音が降ってくる。


そう、我は無様に地面を舐めておった。

開戦の第一撃、団三郎からすれば様子見程度の拳で呆気なく沈んでしまったのが我である。


……。


いや、仕方ないじゃろ?

こちとら隠居生活で鉄火場からは永らく離れてたんじゃから。

それは団三郎も同じじゃとお?

馬鹿め、のうのうと隠居していた我と違って彼奴は未だに狐の間では恐怖の象徴として伝えられている傑物じゃあ。

狐を滅することだけに心血注いで生きてきた戦闘狂にどうして我が勝つことができようか。


……いや、実のところいい勝負が出来るだろうと予想しておったよ?

でもここまで体が鈍っておったとは我自身も想像だにせなんだ。


あ〜〜〜。

地面が冷たくて気持ちいいんじゃあ〜〜〜。


「ま、いいサ。邪魔者がいなくなったってンなら、このまま元凶を叩くまでダァ。綿狸とは終わってからまたゆっくりと楽しむとするゼ」


団三郎が地面に寝ている我を大股で通り越してサンちゃんのもとへと向かう。


「覚悟はいいカァ、クソ狐。オイラの目が黒いうちはこの世に狐の生きる場所はねェンだヨォ」


「い、いやですいやです……ワタヌキさん! 助けてぇーっ!?」


すまぬのうサンちゃん。

動きたくとも体が言うことを聞かぬのよ。

あんの団三郎、鳩尾にいいのを決めてくれよって。


「じゃあナァ。来世は狐以外に生まれてくるんだナァ」


「い、いやぁーっ!!」


団三郎の凶拳がサンちゃんに迫る。

しかし、その拳はぼふんと白い綿に受け止められた。


「あァー?……綿狸ィ、お前かァ?」


団三郎が振り返って我に声をかけてきたのが分かる。


そうじゃよ。

我がなんの対策もなしにサンちゃんを放置しておくとでも思ったかの?

はなっからサンちゃん守る妖術は展開済みじゃ。


外部からの衝撃を無効化する綿雲じゃ。

これでサンちゃんの身の安全は守られる。


「そうかァ……そうかァそうだよナァ! 呆気なさすぎるとは思ったんダァ! こんな小細工仕込んでやがったトハ! それで身体の反応が遅れたのカァ!」


なんだか勝手に納得してくれとるが、やはり団三郎は我を買い被りすぎとる。

あの妖術は使い切りじゃあ。

五、六発強いのを貰ったら霧散しちまうじゃろう。

使ったらそれきりで我に負担がかかることはない。


情けないことに我が鈍っていただけなんじゃよなあ……。


しかし、そんなことは団三郎には分かりっこない。

勘違いしてくれるのならそれに乗っかるまでじゃあ。


「そうじゃよお。我が生きとる限り、お前は憎き狐を前にしても手も足も出せんと言うわけじゃあ。馳走が目の前にあるのに手を出せんのは悔しかろ? 苦しかろ? 哀れじゃなあ団三郎!」


なるたけ精神を逆撫でるように煽る。

お前の標的はサンちゃんじゃない。この我じゃろう。


「クハハハハッ! そっちからオイラを求めてくるとは嬉しいじゃねェノ! いいゼェ遊ぼうじゃねェカ……」


よし、釣れた!


が、こんななにもできない状態でどうすれば良いのじゃあ?

なんとかしてサンちゃんだけはこの魔境から脱出させねばなるまい。

我が巻き込んでしまったのじゃから責任は取らねば。


「……のう団三郎。少し話をせぬか」


策はない。

しかし見つければならぬ。


「久しく会っとらんかったのじゃから、積もる話もあるじゃろう」


だからこそ時間を稼ぐ。

そして団三郎から脱出の切欠を聞き出す。


「どうじゃ、団三郎?」


「積もる話なんザ、それこそ腐る程あるけどヨォ。これから二匹、佐渡で永遠の時を過ごすんだゼェ? 後でたっぷり話そうゼェ。血肉に塗れながらヨ」


くそう、此奴聞き耳持たぬな。

団三郎はしゃがんで我の耳にねっとりと囁いた。


「ナァ? お前はオイラの認めた大妖怪ダァ。そんな綿狸が一回死んだくらいで消滅したりしねえよナァ……」


我のうなじを細い指がまさぐる。

背筋にぞわりと悪寒が走った。


「頸を落とせば一度は死ぬだロォ。さっき言ってたもんなナァ。生きてる限りは手も足も出せん、ッテ。じゃあ死んだらあの妖術はどうなるゥ?」


痛いところを突かれた。

団三郎の言う通り我は一度殺されたくらいは屁でもない。

すぐにでも復活できるわい。

しかしその間に綿雲の秘密を知られてしまってはいかん。

死んでも解除されないと分かれば使い切りの術だと簡単にばれるじゃろう。

サンちゃんの身が危険じゃ。


「今、まずいって思ったかァ? うなじに鳥肌が立ってるゼェ?」


それはお前が撫ででておるからじゃろうが!

ぬおっ! ひぃいい! 此奴舐めてきおったぞっ!

鳥肌は立てども動くことはない我の軟弱な体の情けなさよ……。


「せめて痛みはないようスパッとやってやるヨォ」


「うぉーっ! 南無三っ!」


襲い来るであろう痛みに体が強張る。


嫌じゃなあ!

復活可能でも痛いもんは痛いんじゃぞぉ!


「……ん? あれぇ?」


しかし待てども待てども我の首は胴と切り離されることもなく健在じゃあ。

それに何処となく焦げ臭いような……?


ようやく僅かに動くようになった首だけを回して辺りの様子を伺う。

んぎぎ……首の筋を痛めそうじゃあ……ぬあっ!?


「ちょぉおお! なにやっとるんじゃあ!?」


まず最初に見えたのはちろちろと頼りなく燃えて宙を漂う怪火。

そしてその向こうに涙目で口の端を引き攣らせながらぎこちなく笑うサンちゃんの姿じゃった。


「……怒髪天を突く、たァこのことカァ」


団三郎が顔の半面から煙を上げて唸る。

煙の合間からは獰猛な獣の顔が覗いていた。


サンちゃんの膝は面白いくらいにがくがくと震えちまっとる。

自分のしたことが信じられないかのように茫然自失で絞り出したその声は震えておった。


「あはっ……あははは……やっちゃった。やっちゃったよ私ぃ……。すっごい怒ってますよねぇ……でも私にはワタヌキさんの術があります……ワタヌキさん今助けますからぁ……!」


あー! だめだめ! だめです!

勇気を出してくれたのはいいけども、その術無敵って訳じゃないのお!

術があるうちに逃げて欲しいんじゃよー!

我、まだまだ残機あるからぁ!


そう伝えようと首を目一杯回した時じゃった。

我の首にぴしゃあん、と稲光が閃くような衝撃。


「あがぁっ……首の筋ぃ……っ!」


ここでも我に牙を剥くか、愚鈍な体よぉっ!?


恐怖に呑まれそうになりながらもなけなしの勇気を振り絞って凶漢に立ち向かう無垢な少女。

全身を怒らせ内から弾けそうなほどに膨張する半人半獣の憤怒の化身。

地べたを舐めて首を痛めた体勢のまま固まっとる古狸。


……我ばっかり絵面が酷すぎんかあっ!?

GW2日目。

世の中にはそんなもの関係のない人間もいるのです。

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