化け狸とおふこらぼ-3
突如巻き起こる砂塵吹き散らす旋風。
うわっ、ペッペッ!
口に砂が入ったんじゃが!
土埃が晴れるとそこには案の定団三郎がにやにやと底意地の悪い笑みを貼り付けて立っておった。
「クハハッ! そうそう狐なんかは愛想尽かしてなんぼだヨォ! ようやく目が覚めたかネ?」
我としては久方振りの再会じゃな。
浅黒く焼けた健康的な肌とは不釣り合いな、暗く澱んで鈍く輝く瞳と顔に真一文字に刻まれた傷が印象的じゃ。
じゃが、なんで嫋やかな女人の姿をしておるんじゃあ?
「おい、お前雄じゃろうが」
「ああ、これかい? こっちの姿の方が好きなんだロ、綿狸はァ」
「あぁ? 何処情報じゃあそれ」
「これで見たヨ。まア随分とのぼせ上がってたみたいじゃないカ」
懐からユーフォンを取り出しゆらゆらと揺らす。
ぬあー! やっぱりじゃあ!
「いやこれで合点がいったヨ。まさか綿狸が女好きだったトハ。オイラが夜這いした時に抵抗したのハ、そういうことだったんだとネ。しかし、安心してほしいナ。オイラは偏見はしないからサァ。それに変化が得意なオイラたちにとっちゃあ性別なんぞあってなきようなもんだロォ?」
なぁに言っとるんじゃこいつは。
我が女好きじゃとぉ?
我の動画の何処を見てそんな感想に至るんじゃあ。
確かにぬいちゃんにぞっこんなのは認めよう。
むしろ誇りじゃし。
じゃがこいつは勘違いしとる。
我がぬいちゃんに抱く気持ちは決して恋心なんてものではないのじゃ。
そんな自分の気持ちを押し付けるような真似、我にできるわけないじゃろうが。
恐れ多いにも程があるわい。
我がぬいちゃんに抱くのは純粋な感謝の気持ちじゃ。
いつも我も含め視聴者を楽しませてくれてありがとうという素朴な感謝なのじゃ。
じゃからそのお礼としてこめんとでその気持ちを伝えるし、投げ銭だってしたい。
……そういえば我のとこに来とった投げ銭はどうなっとるんじゃろ。
我の頭がおかしくなってなければ、まだ一銭も貰っとらんよなあ。
我がぶいちゅうばあ始めた切欠としてぬいちゃんに投げ銭したいってのもあるんじゃけど。
こりゃ戻ったら深鏡を締め上げねばならんかもしれんのう……!
「クハッ、そういうとこ変わらないネェ。全然関係ないこと考えてたでショ?」
「ハッ! そうじゃ今はこんなこと考えとる場合じゃなかった!」
「そうだヨォ? この佐渡はオイラに都合のいいように長年かけて整備した魔境なんだァ。でも綿狸は安心するといいサ。オイラの目的はそっちの泣き虫だからサァ」
団三郎はにやりと一層笑みを深くした。
我らの動向を後ろからぐずりながら見守っていたサンちゃんは声もなく硬直する。
その反応に気を良くしたのか団三郎は上機嫌で話し始めおった。
「これで見た時には目を疑ったヨォ。姿は変われどあの綿狸が狐と仲良くしてるなんテ。しかもよりにもよって白狐。有り得ないよネェ、オイラにはすぐわかったヨ。色香だか妖術だかは知らないが、これは誑かされてるんだってサァ。そうでなければ白狐殺しと名高い綿狸が仲睦まじくしてるわけはないからネェ?」
「白狐殺し……?」
「おやァ? 知らないで綿狸に近づいたってのかァ? そりゃあ命知らずにも程があらあナ。おやおや、もしかして騙されていたのは愚かな狐の方だったカモしれねえナァ!」
「そんな恐ろしい狸だったんですかあ……ワタヌキさぁん……」
非難と恐怖の入り混じった涙目でサンちゃんは我を見る。
……。
うん。
なにそれ怖っ。
「いやいやいや! 当事者の我が初耳なんじゃけどそれっ!?」
なんじゃその物騒な通り名はぁ!
あ、さては……団三郎貴様。
「妙な嘘をついてサンちゃんを混乱させるでないわ! のうサンちゃん! 我がそんな残虐非道な輩に見えるかいっ!?」
「えっ、嘘なんですかあ!? ……でもさっき酷いこと言われたしなぁ……」
「それはっ! 奮起して欲しくて発破かけただけなんじゃよお! 我がサンちゃんないしぬいちゃんにあんな酷いこと本心で言うはずないじゃろうがあ!」
「えっ、そうだったんですか……私ワタヌキさんのこと酷い狸だって疑っちゃいました……」
ふう、軌道修正完了じゃあ。
団三郎この野郎。そのぺらぺら回る口で我らの仲違いを謀るとはだいぶ陰険じゃないかのう。
「でもよく白狐をボコボコにしてたのは事実じゃないカ。これを持ってきた白狐」
そう言って団三郎はユーフォンをひらひらさせる。
「そ、それは……事実じゃけどもぉ」
「ワタヌキさんっ!?」
いやそれはぁ!
白孫の野郎が我を揶揄っていらんことをしてきおるからでぇ!
都度お灸を据えてやっただけじゃろお!?
「それはそうと綿狸。なァんか聞き捨てならないことを言ってたネェ。その狐に愛想尽かしたってのはフリだったってことかナァ? そうなると話は変わってくル。狐に与するような軟弱な思想は矯正しなくちゃいけないネェ〜?」
団三郎は瞳の中の鈍い光をより一層ぎらつかせてにちゃつく笑みで顔を近づけてきおる。
薄く開いたその口から覗く鋭い犬歯が光を反射した。
「……くっそう。やはりこうなるんか。のう、団三郎よぉ。お前昔我にこてんぱんにのされたのを覚えちゃおらんのか?」
「勿論あの三日間のことを忘れた日はないネェ。天にも昇る気持ちってのは正にあのことサァ。オイラと綿狸の血肉が混ざり合っテ……あの時のオイラ達は文字通りの一心同体だったァ。あァ! 震えるほどの法悦至極! 思い出すだけで達しそうになるヨォ……!」
団三郎はだらりと唾液まみれの舌を零れさせ、歓喜に打ち震えた様子で我の目を覗き込んできよる。
ひぇぇ……。
なんじゃこいつぅ……。
身震いするほどの怖気が全力疾走じゃあ。
此奴、昔から病的に我に執着する気質はあったがここまでじゃあなかったぞ。
あの頃は親の後ろをちょこちょこ着いてくる童のような可愛げがあったものじゃ。
月日は人を変えると言うが、不変たる妖怪にもそれは適用されるのかのう。
「それにィ、今度は綿狸だけじゃないからネェ」
そう言って団三郎は我の後ろのサンちゃんを見やる。
「優しい綿狸はその狐を守るんだロォ? 綿狸に守ってもらえるなんて業腹極まりないがァ、今回ばかりはこの状況に感謝だネェ」
ああ、最悪の状況じゃあ。
我はこれからこの異常な執着心に駆られた病質狸から、愛しきサンちゃん、いやさぬいちゃんを守らねばならぬ。
久しく忘れておったが鉄火場の空気に身を晒すとしようかのう。
我だって伊達に永く生きてきた訳じゃないのじゃ。
齢数百の化け狸・御伽の古狸の本気を見せちゃるわい。
昨日は雨に降られ散々でしたぁ……。
GWが始まったようですが出不精の私には関係のない行事ですねえ。
休める時には体を休めるものです。




