化け狸と侵入者-4
「ふへぇ〜……ぬいちゃん何処まで行くんじゃあ……?」
我はぬいちゃんに手を引かれマヨヒガを出て、空気の悪い街中を歩き回っておった。
かれこれ二〜三時間は経ったじゃろうか。
ぬいちゃんは興味が湧いたものがあれば、跳ねる毱のようにあちこちに我を連れて走っていく。
その度に身体ごと勢いよく持ってかれるから肩を痛めそうなんじゃけど。
しかし、楽しそうなぬいちゃんを見とると止めるに止めれんのじゃなあ〜!
じゃから気の抜けた声で行く先を訊ねることぐらいしか出来ん。
ぬいちゃんは薄い生地でふわふわした白い雲のようなものを包んだ菓子を食べておる。
口の端に雲をくっつけたままぬいちゃんは我に振り返った。
「んー? 今はまだここら辺にいようかなって思いますよー? それにしてもコレ美味しいです! く、れ、え、ぷ、って言うんですかあ。人間もいいもの作りますね!」
「今はまだ……?」
「もう! 余計な口きかないで私に着いて来ればいいんですよ! はい、残りあげます!」
「むぉおっ!?」
我の口に菓子が叩き込まれる。
口の中に暴力的なまでの甘みが広がった。
ぬぅぅぅぅ!
我とて甘いものは嫌いではないが、なんじゃこの口内を蹂躙するような甘みの暴力はーっ!
餡子とかよりよっぽど甘いぞこれはぁ!
むにむにと咀嚼する。
うおお……噛むたびに脳細胞がひとつずつ破壊されていく気がするぅ。
我は林檎とか蜜柑とかああいう自然な甘さが好きなんじゃけどぉ。
「案外と遅いですねえ……」
つまらなそうな顔をして甘さがついた指を妖艶に舐めるぬいちゃん。
獲物を心待ちにするようなそんな剣呑な雰囲気を漂わせるぬいちゃんは我の知らない姿じゃった。
一口ごとに襲いくる暴力に耐えながら、ようやっと食い尽くしたところでぬいちゃんにひとりの少女が接触してきよった。
もう暖かくなってきたというのにニット帽を深く被り、遮光眼鏡をかけた怪しい風貌じゃ。
その少女はぬいちゃんの腕を掴むと「ちょっと……」と路地の暗がりに連れ込もうとしおる。
おいおい、なんじゃいきなり! 危ない不審者かあ!
ってうおっ!?
特に抵抗もせずぬいちゃんは路地に連れ込まれる。
ということは、手を繋いでいる我も道連れじゃあ。
周りに人がいない何かをするには恰好な環境。
我はその不審者が何か手を出しそうになれば、すぐに抵抗できるよう身構える。
こなくそっ!
こっちは歳はとったが泣く子も黙る大妖怪じゃぞ!
やれるもんならやってみやがれぃってんじゃあ!
しかし、不審者は思ったよりも穏やかな口調で話し始めた。
「突然失礼しました。私、ゆーとぴあプロダクションの者です」
ゆーとぴあ?
……ああ! ぬいちゃんの所属している事務所じゃな。
なあんじゃ、身内かい。
緊張して損した。拍子抜けじゃあ。
「まず弊社のタレントを応援してくださり有難うございます。しかし、余りにも話題になりすぎました。貴女の奔放な発言は実際の狐宮しらぬいとは些か異なる部分が見受けられます。このままですと弊社のタレントに異なったイメージがつきかねません。もうするな、とは言いませんがキャラクターの考察等しっかりしていただけますと……」
……ん?
なんじゃか話がきな臭くなってきおったな?
「おうおう! 何を言うとるんじゃあ! まるでこのぬいちゃんが本物じゃないような言い方じゃないかい!?」
遮光眼鏡にぶつからんばかりに詰め寄る。
少女は我に聴こえるか聞こえないくらいの小声で呟きおった。
「すごっ、クオリティ高すぎっ……ンンッ、ゴホン! 成り切るのは結構ですが、現実はしっかりと受け止めてください。そこにいる狐宮しらぬいは本物ではありません。しらぬいはvtuber。リアルの世界には現れません」
「エッ? どういうことじゃあ?」
「本気で言っているんですか? vtuberは酷い言い方をしてしまえば単なる動く絵です。それを中の人が動かしているのなんて暗黙の了解でしょうに」
「んんっ〜?」
なんじゃってぇ?
我が愛したぬいちゃんがただの絵じゃとぉ?
ぶいちゅうばあってのはそんな仕組みじゃったのかあ?
「じゃ、じゃったら、ここにいるぬいちゃんは誰だって言うんじゃあ!」
「そんなの知りませんよぉ! 私だってクオリティ高すぎてマジで狐宮しらぬいがいるのかと頭が混乱してるんですからあっ! も〜〜〜〜〜〜ッ!」
少女がかぶりを振ってイヤイヤと奇声を発する。
それを見ながらにやにやと沈黙を貫いておったぬいちゃん(?)が静かに口を開いた。
「……やあっと、来てくれたネェ」
口を三日月のように細く吊り上げ、いつものぬいちゃんとは全く違うねっとりとした口調で呟く。
目の奥にちらりと粘質の灼熱が垣間見えた。
空気がぴりつく。
赤茶けた地面の埃がぱりぱりと震える。
「……お前誰じゃ」
鈍い我も流石に気づく。
ぬいちゃんはこんな敵意と悪意に塗れた攻撃的な雰囲気は出さん。
此奴の雰囲気はかつて馴染んだあの……。
ぬいちゃんの姿をした不埒者は我の言葉を無視して少女に視線を定め続ける。
「うまく隠してるようだけど、オイラの鼻にはちゃあんと匂ってきてるゼェ……」
「あっ、ああ、ああああ……」
鼻をすんと鳴らし、ヒヒッと呼気の漏れるような笑いを零す。
少女は蛇に睨まれた蛙のように身を竦ませてがたがたと震えておった。
「お前が綿狸を誑かしたんだ。お前の姿をしていればきっとのこのこ出てきてくれると思ったゼェ。まんまと釣れてくれたから手間が省けて助かったヨォ」
なぬ、お前の姿じゃと……?
この不埒者の発言を信じるのであれば、この怯えた少女の正体は……!
不埒者が少女のニット帽を乱暴に剥ぎ取った。
抑え込まれていた白い狐耳がへにゃりと重力に負けてこぼれ落ちる。
「匂うんだァ……狡賢いクソ狐の匂いがヨォ!」
不埒者の口が裂け、偽りのぬいちゃんの皮が剥がれ落ちる。
ぎょろりと大きく見開いた眼、その下に真一文字に走る抉れた古い傷跡。
「お、お前ッ! 団三……」
「今更気づいてももう遅いィッ! さあサ、憎き狐と愛する狸の二名様ア、ごしょうたーい!!」
ずん、という揺れと共に空間が歪む。
異空間を移動する妖術か……!?
少女と共に歪みに呑み込まれる刹那、団三郎はいやらしい笑みと共に言い放った。
「いざアッ! オイラの根城、狸の楽園『佐渡島』へェッ!!」
最近忙しくてあまり投稿できてなかったので、
ここ数日は投稿強化キャンペーン中でした。
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