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化け狸と侵入者-3 幕間-じゃのめの杳

ゆーとぴあプロダクションは大手というだけあって設備が充実している。

自社運営の撮影スタジオから編集ルーム、レッスン用の稽古場に体を鍛えるフィットネスジム施設に、果てはシャワールームでは飽き足らずサウナ完備の大浴場まで用意しているという至れり尽くせりぶりだ。


その数々の施設の中にレクリエーションルームというものがある。

全世界古今東西のデジタルアナログ問わず、無数のゲームをかき集めたそこはゲーム好きの多いゆーとぴあプロダクションのタレントたちにはいい溜まり場になっていた。


何かいいゲームはないですかね? と目を光らすニット帽の白髪少女。

サンはむむむ、と暫く悩んで何も取らずに近くのソファに腰を下ろした。


「なかなかピンとくるものがないんですよねえ……。ワタヌキさんと一緒にやりたいんですけど……なあんかゲーム下手そうですよね。簡単なのがいいかな。何かいいのないかなー」


目をつぶって思案に耽るサンの背後に蛇のように音もなく忍び寄る影ひとつ。

ソファの裏からにゅっと顔を出しサンへ話しかけた。


「なにぃ? なんか悩んじゃってんのぉ?」


「ひぇっ! ……もう、驚かせないでくださいよ! (よう)!」


フフフ、と含み笑いで怒りをぬるりとかわして、杳と呼ばれた少女はサンが座っていたソファの横へ身を滑らせた。


「ちょっと狭いんですけどー! これ一人用なんですから、そっちのソファに座ればいいじゃないですかあ!」


「つれないこと言わないでよぉ。ウチとサンちゃんの仲でしょぉ?」


切長の目と痩せぎすと言っても差し支えないだろう体、サンの顎をしなやかに撫でる長い指はどこか蛇を想起させる。


ゆーとぴあプロダクション4期生・羽生(はにゅう)じゃのめこと、蛇崩(じゃくずれ)(よう)

サンとは事務所への同期入社にして公私ともに付き合いのある気兼ねなく話せる人物の一人である。


(距離感が近いのだけはいくら言っても直らないんですよねー……)


サンは観念して窮屈なソファに杳を受け入れた。

体温の低い杳の肌からひんやりと冷気が伝わってくる。


「それにしても、杳がゲーム部屋に来るの珍しいじゃないですか。もしかしてゲーム実況に挑戦してみる気になりましたか?」


「んーん。ゲームはいいやぁ。ウチはぁ、アーティスト路線でぇやっていくしぃ。サンちゃんを探してたんだよぉ」


「私を?」


「そぉ〜」


杳は長い腕でサンを絡めとるように抱きしめる。

鼻と鼻が触れ合いそうな距離でギラついた目を光らせた。


「最近サンちゃんウチに構ってくれないしぃ? さびしーんですけどぉ、っていうクレームぅ」


「仕方ないじゃないですか。互いに忙しいんですから」


「あの狸さんとぉ、仲良くやってるみたいだねぇ。あーあ、もうウチは捨てられちゃうんだぁ。かなしーなぁ、かなしーなぁ」


「はーい、メンヘラムーブやめてくださーい! というかそんなことが話に来た訳じゃないでしょう?」


杳はにんまりと笑って拘束の腕からサンを解放した。

そしてタイトなジーンズのポケットからスマホを取り出す。

そのままサンと顔を並べてスマホを見ながらdo!tterのトレンド画面を開いた。


「見てぇこれぇ。トレンド1位のやつぅ」


そう言われてサンはスマホの画面を覗き込む。

『#リアルvtuber』という文字がトップにあり、その下に『狐宮しらぬい』『ぬいちゃん』『白雲ワタヌキ』『ロリババア』と続いている。


「なんですコレ? 配信中に名前が入ることはありますけど、タイミングおかしくありません?」


「んー、やっぱり知らないんだぁ。知ってたらdo!tterで反応してるだろし、そうだと思ったぁ。ほらこれこれぇ」


そう言いながらひとつの投稿の画像をタップする。

そこには見慣れた自分の姿、厳密にはvtuberとして活動するもうひとつの姿とそれに手を引かれたおっちょこちょいの狸の少女が写っていた。


しかし、ここでサンにひとつの疑問。


(あんなのいつ撮ったっけ?)


勿論自分も企業に所属するvtuberだ。

自分とは関わりがないところでモデルを使用されることはある。

だけども全く知らない場所で事が動いているということは今までになかった。

いかに小さい案件といえど当人にはお知らせいただけるものだ。


「すごくなぁい? なんかぁコスプレの域超えてねぇってぇ。Vのモデルがそのまま一人歩きしてるみたいなぁ。今はぁ、新宿あたりにいるみたいよぉ」


「えっ!? 現在進行形なんですかっ!?」


「うんー。あっ、動画投稿されたぁ。見てみよぉ」


杳が動画を再生し始める。

街の雑踏と車の音。

それを突き抜けるように聞こえてくる聴き慣れたはしゃぐ声。


『あー! すっごいですねえワタヌキさん! 鉄の塔がこんなにも! 人間たちもわらわらと掃いて捨てるほどいますよ!』


『ちょ、ちょお……ちょっと、待つんじゃあ。足がもたれて……』


『なっさけないですねー! あっ、カエルの卵売ってますよ!』


『ちょ、引っ張らんでくれぇ……』


短い動画はそこで終わっていた。


サンの頭は困惑と怒りに支配されていた。


あまりにも自然に振る舞う自分の姿。

自分の声できゃいきゃいはしゃぐ狐宮しらぬいの姿。


しかし、薄皮を一枚貼り付けたようなぎこちなさ。

サンだから分かる狐宮しらぬいの不自然さ。


「なんですか。これ」


「……サンちゃん?」


「こんなの全然狐宮しらぬいじゃありませんよ! なんですかっ、しらぬいには世間知らず設定なんかありませんけどっ! タピオカをカエルの卵と間違えるなんて古典的なボケかましませんけどぉっ! キャラ考察足りてないんじゃないですかねえっ!?」


「あ、そこなんだぁ」


「重要なところですよ! 私の知らないところで知らないキャラ付けされたら今後やりづらいったらありゃしないですよっ!」


サンは憤懣やる方なしといった様子でソファから立ち上がる。

その煽りを受けてソファから転げ落ちた杳が「ぐえ」と潰された蛙のような声をあげた。


「ねぇ〜、どこぉ行くのぉ?」


「今、新宿でしょ? こっからそんなに離れてないし直接文句言ってやりますよ! イベントだとしたらスタッフさんとかもいるでしょうし!」


「えぇ……行動派ぁ……」


肩を怒らせて部屋を出ていくサンを見送って、杳は再びソファによじ登ってだらりと身を委ねた。


「碌なことにならない予感がぁ、するんだけどぉ〜……。ま、いっかぁ。どーせウチにはサンちゃん止められないしぃ。……あぁ、まだサンちゃんの温もりが残ってるぅ……」


そのままうとうとと目を閉じると、杳はすやすやと小さな寝息を立てて眠ってしまった。


数時間後、コラボ配信の時間になっても現れない杳を心配して探しに来た犬飼に、頭を引っ叩かれて引き摺られていったのはまた別の話。

10万字超えましたね。

我ながらよく続いたものだと思います。

しかし。まだ書きたいことは山のようにあるので暫くはこのまま続きますよ。

いつもの如く、いいねや評価やブックマーク有難うございます。

引き続き宜しくお願い致します。

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