表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/48

化け狸と騒動の予感

深鏡コーポレートの主導する妖怪界隈へのネット普及活動。

その手先となって全国各地へ気分のままに飛び回る白狐。


白孫はからりと晴れたある日佐渡を訪れようとフェリーに乗っていた。

日本海の潮風を浴びて海鳥に餌なんか撒きながらの呑気な道行きだ。


しかし行く先はある種の妖怪にとっては地獄にも等しい。


新潟県は佐渡ヶ島。

ちっぽけな離島でありながら大妖怪の棲まう地でもある。


大妖怪。

人呼んで佐渡の二ツ岩。

豪放磊落、傍若無人を地でいく古狸。


佐渡には狐がいない。

何故かといえば、二ツ岩が狐嫌いであるからだ。

自身の棲まう地に気に入らぬ物は立ち入らせぬ、そんな我儘が平然と通るのはかの妖の持つ力の証左でもあるだろう。


そんな地に狐の白孫が入ろうとしている。

碌なことにならないのは目に見えている。


それは白孫にも分かっていた。

だからこそ後回しにしていたのだ。ここと、四国は。


「しかし、雇い主の意向には逆らえんからなあ」


フェリーは波を切って進む。

やがてぽつんと点のように小さかった島の輪郭がはっきりとしてきた。


と、突然がくんとフェリーが揺れた。


それはほんの一瞬の異変。

乗客は気にも留めなかった。


だから気付かなかった。

フェリーから乗客がひとり消えたことに。


***


我の生活も安定してきたものじゃ。

大きな変化もないが日々配信で視聴者と話すのは楽しい。


それもそうじゃ。

何百年もひとりで引きこもっておったんじゃから、他者との関わりは新鮮じゃもの。


あの日から定期的に行っておるぬいちゃんとのこらぼ配信ももう3回目を終えたところじゃ。

流石の我も慣れた……と思うじゃろ?


慣れんよぉ!

話せば話すほどぬいちゃんの新たな面が出てくるんじゃもん!

毎回狼狽しておるわい!


我の醜態はもはや恒例行事となっておって、それを心待ちにしておる視聴者もおるそうじゃ。

期待するのは勝手じゃが、我の心臓が毎回1回は、多い時には2回は止まっておることを忘れるな?

妖怪のこの身でなければそこで打ち止めじゃからな?

こればっかりは妖怪であって良かったと思う今日この頃じゃ。

ある意味生き地獄なのでは? それとも生き天国かの?


そんな今日はお休みの日じゃあ。

深鏡からは週2日の休みを義務付けられとる。

逆に言えば配信を5日も義務付けられとると言うことじゃが、世の中の人間どもはこんな調子で働いてるんじゃと。知っとった?


それに倣って休みを設けたとのことじゃが、特に休みをもらったとこでやることもないんじゃよなあ。

いつもだったらぬいちゃんの配信を見たりあーかいぶを見たりして過ごすが、残念ながらぬいちゃんの配信も今日はお休みじゃしあーかいぶも見尽くしてしもうた。


寝て過ごしても良いが、どうせなら休みを有効活用したいと思う。

しかし、なあんにも思いつかぬ。


じゃからこうやって、マヨヒガの炬燵に入って時間を浪費してると言うわけじゃ。

うーむ、蜜柑が甘くて美味いのお。


「お! ばあちゃんこんなところにいたのだ!」


我の頭の上からきーんと耳鳴るでかい声が降ってきた。

見上げると龍未が腰を折って我を覗き込んでおった。


「なんじゃ阿呆か。丁度いい。話し相手が欲しかったところじゃ。ほれ炬燵に入れ。蜜柑もあるぞ」


「うむ! 苦しゅうないのだ!」


龍未はいそいそと我の向かいに行って炬燵に入った。

蜜柑を放ってやると「あいた!」と顔面で受け取った。

そしてそのまま、ぎざ歯でむしゃむしゃと食い始めおった。


「こらこら! 皮ぐらい剝かんかっ!」


「んーっ! 酸っぱくて甘くてうめーのだ!」


そんな満開の笑顔で……。

いやお前がそれでいいならいいがのう。


「んで、どうしたんじゃ? 我を探しておったようじゃが?」


「んんぐっ、そうだったのだ! ばあちゃんとお話ししようと思ったのだ! 」


「おはなし?」


「儂も今日は休みなのだ。何しようかな〜って思ってたところで深鏡どのに会ってばあちゃんがここにいるって教えてもらったのだ」


「……ほぉん。で、なんで話をしに来ようと?」


「仲良くしようとするのに理由はいるのだ?」


ぐぅっ……!

此奴っ、純粋な言葉で我の精神に痛恨の一撃を叩き込んできよったあ!

深鏡という言葉が聞こえた段階で何か裏があるのではと疑ってしまった我が汚れとるのか!?


「よく考えたらばあちゃんも他のみんなのこともなんも知らないことに気づいたのだ。だからいい機会だと思って!」


ぬぉお! これ以上純粋な言葉を我にぶつけるなあ!

はあ……どっと疲れたぞぉ……。


「さあ、教えるのだ!」


「教えるのだ、と言うてもなあ」


ひめとかと違って特に隠し事をしてるつもりもないんじゃが。

そうさなあ……。


「我はただの化け狸じゃよ。生まれは四国の徳島じゃが、地元の狸どもの小競り合いが面倒になって長いこと東北の山で隠居しておった」


「ふーん。なんの変哲もなくてつまらないのだ」


このっ。

聞くだけ聞いといて酷い感想じゃのお……!


龍未は蜜柑が積んである籠から新たに一つ手に取って、また皮ごと食べながら話し始めた。


「儂は沼沢の荒ぶる大怪異なのだ! かつてはものすごく恐れられたすごい妖怪なのだ! ばあちゃんも畏れ敬うと良いのだ!」


ぱくぱくと蜜柑を口に放り込む。

畏れ敬うって、そんな口の周りをべちゃべちゃにして言うことかね。

ひめは手のかかるクソガキじゃが、こやつもやんちゃなでっかいだけの童じゃの。


手拭いで口の周りを拭ってやる。

むぐむぐとむずがっておったが無理やり拭き取った。

ぱーっと笑顔で「ありがとー!」とか言ってくる此奴が大怪異とはの。


我の疑うような視線に気付いたのか龍未も眉間に皺を寄せてむむむと唸る。


「儂だって昔はすごかったのだぞ? あの佐原が横槍入れたせいで落ちぶれてしまったのだ……」


そう言えばいつか深鏡が言っておったな。

此奴は人間に討伐された口じゃった。


「どう伝わってるかはわからないのだ。でも儂は村の人たちを殺してなどない。ちょっと脅かして儂を怖がってくれればそれで良かったのだ。それを勘違いした佐原のあいつが……ああ! 思い出したらムカついてきたのだあっ!」


「阿呆タレぇっ! 蜜柑は投げる物じゃないわあっ!」


感情の昂るままに手元のものを投げまくる龍未。

我は襟巻きを使って蜜柑を回収していく。

そしてその蜜柑を二つばかり喚いている龍未の大口に叩き込んでやった。


「んー♪ この蜜柑は甘いのだあ〜♪」


此奴の相手は疲れるのお……。

蛇の妖怪じゃとは聞いとったが、気性は名前の通り龍が如く激しいのじゃなあ……。

しかしまあ退屈はせんのう。

これは我ともひめとも違う龍未だけの武器じゃなあ。


うむうむと訳知り顔で頷いておると懐のユーフォンがぶるると震えた。


懐に手を突っ込んで取り出すと、画面には『白孫』の表示。

受話器をとる緑色のぼたんを押して通話に出る。

最初は電話に出ることさえ上手くできなかったことを思えば、我も成長したものじゃなあ。


しみじみと感じ入りながら電話口に耳を傾けるといつも通りの飄々とした白孫の声が聞こえてきた。


「よう、綿狸の。息災かね。いや、息災なのは分かってんだ。配信見てるぜ? 頑張ってるねえ」


「げぇっ……お前見とるんか。なんじゃ、見てるとか言われると肝がぎゅっと縮こまるようじゃぞ……」


「ははは! 良いじゃねえの。綿狸の婆アが人気なようで儂ゃあ嬉しいねえ。そんでだ……ちょっと言っておきたいことがあってさあ」


「んーなんじゃい?」


「すまんなあ、それだけだ。したらばこれで御免」


逃げるように通話が切れた。

いくら耳を当ててみてもつーつーと無機質な音がするだけ。

我の耳には白孫の「すまんなあ」の言葉が張り付いておった。


謝罪するような雰囲気じゃなく、ただ義理として言っておこうくらいの軽い響き。

しかし我の耳にこびりついて離れぬ。


確かに我は暇を持て余しておったが、だからといって騒動の種を持ち込んでいいわけではないぞ!


我の休みは一抹の不安を胸に残したまま無情にも過ぎていくのじゃった……。


「ばあちゃん! 蜜柑もう1個!」


「味を占めるんじゃない! それぐらい自分で取れぃ!!」

雨の予報があると気分が落ちるのですなあ

暑くならない程度に春の陽気が欲しいものです

評価やいいねやブックマークありがとうございます!

ちょっとポチッとしてもらえると助かる人がいますよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ