化け狸と事の顛末 幕間-犬飼雅の告白
それから、ひめがどうなったのか。
『ロリコンの救えないクズども〜! ヒメにその心も血もぜ〜んぶささげろーっ!』
この通りじゃ。
配信では先日の落ち込みようが嘘だったかのように元気な姿を見せておった。
もう口が悪い、いや性格が悪いのを隠すこともやめたらしい。
それにしてもあんまりな言い草じゃとは思わんでもないが……。
ひめの元気な姿を見ておると、先日のあれはなんじゃったのかと思わざるを得ない。
はっ!? もしかして我ひめに騙された?
……いや、流石にそりゃあないじゃろ。
深鏡にはひめの方から撤回をしたそうじゃ。
深鏡の方はというと端っから辞めるとは思っていなかったようで、ちょっとのお仕置きで済んだとのこと。
そのお仕置きのことをひめに訊ねると「聞かないで」と光を失った目で制された。
そこから暫くは大人しかったのじゃが、また我に他愛もない悪戯を仕掛けてきてちっとばかし困る。
元気なのは結構じゃが、我を巻き込まないで欲しいんじゃがのう……!
さて、ひめの正体の亀姫じゃが我も伝え聞いたことはあった。
姫路の刑部姫の妹と言われる天守閣に棲む妖物。
その実態は狢であるとも城そのものの化身であるとも言われるが、ひめが言っていたところによれば後者なのじゃろう。
打ち壊されて、次第に人々の心から忘れ去られ行き場のない、ひとりぼっちの妖怪。
ひめの願いはあいどるになることではないじゃろう。
ひめは人間に忘れられるのが怖いのじゃ。
だからこそ、強く心に残りたい。
その手段としてのあいどるじゃな。
このことをひめに訊ねてみたら、あっさりと白状しおった。
別にどんな形でも人々の記憶に残れば良いのじゃと。
じゃがそんなことを言いながらも、
「始まってもいないのにムリだって言われたのにはー、ヒメちょっとむかついてるんだよねえー……。だから、まだやめない。かな?」
ひめはあいどるを目指すことをやめないそうじゃ。
それが因縁の柴原こいぬの鼻を明かすことを目的としていても、理由があるに越したことはないじゃろう。
奴は頂点じゃあ。
ひめがそこまで登るためには、相応の苦労や苦痛を味わうじゃろうな。
また今回のようなことが起こるじゃろ。
でも、まあ、それはその時。
また我がケツを叩いてやれば良いだけじゃしのう。
まったく手のかかる孫を持ったような気分じゃい。
……ん? あれ?
ひめ自身が城の化身だとすれば、彼奴も相当な歳なのでは……?
……。
考えんことにしよ。
***
「はぁ、あっついあっつい。やあ、犬飼さんご機嫌いかがかな? チーズティーっての買ってきたんだけどいる? お茶にチーズってどうなんだろね?」
大竹はプラスチックのカップに並々と注がれたそれを犬飼の目の前でちらつかせる。
処はゆーとぴあプロダクションの応接室。
いつかの時と同じようにフードを目深にかぶった犬飼がソファに座っている。
犬飼は無言でそれを受け取るとそのままカップに口をつけた。
チーズという割にはかなりまろやかで軽い。
茶の苦味とチーズクリームのほのかな酸味と甘みが合わさり、鼻に通り抜ける香りは芳醇だ。
おいしい。
「あはは。気に入った?」
向かいのソファに腰を下ろした大竹が犬飼の顔を見て言う。
犬飼の顔は無表情だ。
「……よく分かりますね。鉄面皮ってよく言われるんですけど」
「あまり私を舐めないでほしいなあ。これでも何人もの大物vtuberを輩出してきた実績はあるからね。人を見る目だけは確かだよ」
そう言う話じゃない気がするけど、と犬飼は思ったが別に指摘するほどのことでもない。
軽く頷いて納得顔をしてみる。
表情は動かないけど。
「だから、君がちょっと機嫌が良いのも分かるよ。ミカガミの件だろ?」
「……ああ、分かりますか」
大竹が懐からスマホを出してテーブルの上に乗せこちらに見せるようにする。
スマホの中で件の歌愛ヒメが元気に歌い踊っている。
「歌愛ヒメさんだっけ。ミカガミの。彼女辞めなかったんだね」
「うん、僕も動画見ました」
犬飼はスマホの中のヒメを見る。
最近流行りのアニメソング。
発声がなってないし歌詞もちょこちょこ間違えてる。
ダンスだって足取りがぎこちない。
あ、そこの足運び間違ってる。
正直言って人様に見せられるレベルじゃない。
でも。
「楽しそうです」
天真爛漫な笑顔で間違えてもへこたれない。
失敗なんて笑いとばして前に進み続ける。
その姿はいつか一緒に笑ったあの子を思い出す。
「でも、良かったのかい? 君の過去のことは聞いてる。ヒメさんにも辛い思いをさせたくなかったんじゃないの?」
「ネットの酷い誹謗中傷に直面してもこうやって戻ってきたんです。彼女は、僕が思っていたより強いのかもしれません」
現代ネット社会。
匿名性の強められたこの社会は容易に人を傷つける言葉に溢れている。
誰とも知らぬ大勢の人物からの攻撃は怖い。
何処からどんな形で自分が傷つけられるか分からないのは恐怖だ。
犬飼は思う。
それを受けてなお立ち上がれるのであればもう僕には止められない。
「ま、確かにそれはそうだね。でもアイドルを目指すに当たっての困難はそれだけじゃない。君が一番わかっているはずだ」
大竹が真剣な目をして言う。
いつもの呑気で眠そうな目とは大違いだ。
ずっとそうしていれば格好いいのに。
大竹に答えるように犬飼も鋭い視線を更に尖らせた。
「だから、僕がいる。夢を食い物にさせないためにここまで登ってきたんだ」
綺麗な夢が欲望で汚く塗りつぶされないように。
ひとりでも多くの夢が叶うように。
僕は、その体現者としてここにいる。
「今回のことで学びました。僕には人を見る目がない。……ヒメさんが戻ってきてくれて嬉しいです。心無い言葉で彼女の夢を潰してしまうところだった。勘違いしていたのかもしれません。理想と現実は乖離しているのだと。……だけどヒメさんのひたむきな姿を見て思ったんです。理想を追い求めて何が悪い。理想を追い求めるなら、僕がその場を用意しようと」
「何を……」
大竹の言葉を遮るように犬飼は一枚の書類を机の上に差し出した。
「柴原こいぬを主導とする箱の垣根を超えた新規アイドル立ち上げプロジェクト」
犬飼が以前から考えていたことだ。
夢を現実にするプロジェクト。
柴原こいぬプロデュースの新規アイドルグループの育成及び活動計画。
それは薄汚れた欲望の絡むことがない純粋なる夢のための舞台。
勿論犬飼だって何かを成そうとする為には相応の資金が必要であることは理解している。
だからこれは完全に自腹だ。
もとより物欲がある方じゃない。
使わずに貯まっていく一方のお金の使い道としては間違っていないと、思う。
「前から考えていたんですが、決意が固まりました。彼女のような夢に向かう子たちを集めて理想のアイドルグループを作ります。これは決定事項です。もしこれが事務所の意向と反するのであれば、どうぞ解雇してくれて結構。僕はまた夢に向かうだけです。今度はひとりじゃなく、みんなで」
大竹は目を丸くして自身の手に持っていたチーズティーを口に含むと、なんとも奇妙なものを見たような顔でうぅむと唸った。
なんだろう。
チーズティー気に入らなかったのかな。
おいしいのに。
なんでこんなに寒いのか……
更新遅くなって申し訳ない……
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