化け狸と忘失の姫君-1
あー……えー……うーん……。
勇んでひめのぶーすに飛び込んだまでは良かった。
じゃが……どうなっとんじゃあこれは?
我の目の前に聳えるは立派な石垣を讃えた城郭。
なんか我のぶーすと規模が違うんじゃけども。
城だけじゃなく、穏やかに差す陽光、青く生き生きとした木々や涼しく通り抜ける風もまるで本物じゃあ。
なんじゃい? 深鏡は我儘なひめに忖度でもしとるんかい。
我なんて本当にこじんまりしたもんじゃぞ。
「んー……とりあえず入ってみるかい。たのもー!」
石垣の真ん中に造られた階段を登り、木製の観音開きを押し開ける。
閂がかかっている様子もなくすんなりと開きおった。
不用心じゃのう。
城の中はがらんとしておった。
武具や僅かばかりの農具、そればかりか食べかけの握り飯などがそのまま置いてあるのにも関わらず人っけが全くない。
何かしらの理由で人だけがそのまま消失してしまったような異様な雰囲気じゃった。
「うぇ不気味じゃのう。それにしても……ひめは何処におるんじゃ? 定石通りじゃと天辺じゃろうけどこっから登るんかい。年寄りには骨じゃなあ……」
目の前には緩やかじゃが、しっかりと勾配のある階段。
年寄りへの配慮はあるが、それでも天辺までじゃとそれなりに疲れるじゃろうなあ……。
まあ、歩き出さんと始まらんか。
待っとれよ、ひめ。
今、綿狸様が行っちゃるからのう!
そして半刻……。
「運動不足にはぁ……堪えるのぉ……はぁ〜」
我は途中の広間で休んでおった。
ああ〜、い草の香りが芳しいのお〜。
いや、体力ないとか言うでないぞ?
なんか登るごとに上に伸びていってる気がするんじゃよ、この城。
なんじゃろ我が進むとその分だけ上に伸びるような。
てか気のせいじゃあないのう。
じゃって明らかに外から見た大きさと釣り合わんもんな。
狸の我が言うのもなんじゃが、狐に化かされてるような気分じゃ。
このままじゃいつまで経っても天辺にゃあ辿り着けんぞ。
「あ!」
ここで我に妙案あり!
「なーんで我はくそまじめにこつこつ階段登っとるんじゃあ!」
そうじゃよそうじゃよ!
我は永き時を生きた古狸。
我には便利な妖術があるじゃろうが!
白綿の襟巻をがっしと掴む。
ようし、久々な気がするがやったるぞー!
「狸秘術・大変化! 白綿筋斗雲!」
襟巻がもこもこと立体感を持った雲に変化する。
いつじゃったか……。
大陸の方へ遊びに行った時、猿が雲を乗りこなしておって羨ましかったんじゃよなあ。
そんで真似して作ったのがこれじゃあ。
流石に本物には劣るが中々の速さを自負しておるぞ。
いつもの座布団も良いが、速さならやっぱりこれじゃの。
「うむ! これでひとっ飛びじゃ!」
筋斗雲に飛び乗って妖力を注ぎ込んだ。
どるるるる……と筋斗雲が重低音の唸りを上げる。
気分が昂揚してきよったぞ……!
「よっしゃあ! れっつごーじゃあ!!」
「お城の中は暴走禁止なんですケド」
「ぶっへぇあッ!」
我の体が慣性の法則に従って前方に吹っ飛ばされる。
「な、何するんじゃあ!!」
痛ったあ……畳に思いっくそ顔面擦り付けたわ……!
ばっ、と後ろを振り返ると片手に筋斗雲をぶら下げたひめが立っておった。
……本当にひめか?
まじまじと見ると、髪はぼさぼさで目にも光がない。
着物の襟や裾もだらしなく弛んでいる。
なまじ城の広間が整然と整っているから、その分ひめの荒れた姿は際立って見えた。
いつも可愛いことにはこだわりを持っていたひめとは大違いじゃ。
「……ひ、ひめ。なんじゃおったんか。みんな心配しておるぞ。辞めるなんて言わず、一緒に戻ろう?」
ひめの荒れ果てた姿に我はちっとばかし怯んだ。
だから我の口からは月並みな言葉が出てしまった。
それを見透かしたかのようにひめは口を僅かに歪ませて嗤う。
「これ。ワタちゃんみたいだよね」
筋斗雲をゆらゆらと揺らす。
「ふわふわして周りに流されて、よく泣いて雨を降らすし、よく怒って雷を落とす。でも雲を嫌ってる人っていないよね。ワタちゃんは浮雲みたいだ」
でも、とひめは続ける。
「雲は常にそこにいるわけじゃないんだよね。だからワタちゃんはヒメを置いてどんどん先に行っちゃう。酷いね酷いね」
そう言ってまた口を歪ませてくつくつと嗤いおる。
「ヒメのことなんて道端で咲いてる花くらいにしか思ってないんでしょ? そうだよ、そうだよねー。ひめなんてちょっと可愛いだけだもん。それだけだもんねえ」
「……」
ここで「ウン、ソウダネー」と言えたらどんなに楽じゃろう。
なんかすごい面倒臭い感じになっちゃっとるんじゃけどー?
笑っとるけど目は笑っとらんし、なんかやたら詩的なこと言いよるし。
なんじゃあ?
結局は自分が可愛いってこと言いたいんか?
エッ?
優しい言葉はかけてやらんのか、って?
なんで我がそんなことせねばならんのじゃ。
我は小娘のケツ引っ叩きにきただけじゃい。
勝手に勘違いして勝手に落ち込んで自暴自棄になっとるガキを導くのも年寄りの役目じゃろうが。
「おい、ひめぇ! 何やら多少雰囲気が変わっちょったからちっとばかし怯んだが、お前に言いたいことがあるのじゃ、我はァ!」
「えー。ヒメなんかに構ってられるほどワタちゃん暇じゃないんじゃない。沢山のファンがワタちゃんを待ってるよ。……ヒメと違って」
なんでそこで我を睨むんじゃ。
お前のふぁんが減ったのはお前の暴言のせいじゃろがい。
ふん、ひめなんかに睨まれようとなんも怖くないわい。
「ひめぇ、お前はあのこいぬの言ったことを間違って認識しとるようじゃな! 彼奴は自分の経験からひめに苦しみを味わわせたくないと、お節介でお前を貶めるようなことを言ったんじゃ! ある意味優しさの顕れともいえるじゃろ。じゃから謝りに……」
「は? そんなこと分かってるよ。馬鹿じゃないの」
「……あ、アレェ?」
ええ……きついこと言われて凹んでたんじゃないんかあ?
「じゃ、じゃあなんで辞めるなんて言うんじゃ。あれか? 視聴者に色々言われて怖くなったんかあ?」
「人間なんて怖くないよ。ちょっと叩けば死ぬような生き物怖がる必要ないでしょ。ヒメは……アタシは自分が何も出来ないんだって思い知らされたことが怖かったんだよ」
いやあ、新年度になって急に忙しさがピークになりました。
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