化け狸とネット文化-3
雲外鏡によるネット停止まで残り15日。
「あぁ〜ぬいちゃんの可愛さが染み渡るのぉ〜」
ぬいちゃんこと、狐宮しらぬいの動画アーカイブを見てニヤニヤと笑みを浮かべる。
最早齢数百の化け狸の威厳などどこにもない。
確かこういうのをバチャ豚とか言うんだったか?
まあ確かに寝っ転がりながらグヒグヒ笑っている姿はそう形容されても仕方がないかもしれない。
雲外鏡とのやりとりは平行線の一途を辿っていた。
電話をかけてもにべもなく切られるし、メールとやらを覚えて拙いながらも送ってみたが返信は未だに来ていない。
代わりに雲外フォン事務局とやらから「この住所まで指定の金額1万円を送れ」と味気のないメールが送られてきた。
そこらの葉っぱを、ネットで調べた情報をもとに1万円札に変化させ、神通力でその住所まで送ってやったら、ユーフォンに「次やったら即ネット切断します」との警告文と共に葉っぱが瞬時に送り返されてきた。
やはり千里眼とも称される雲外鏡には詐称の類は通用しないようだ。
動画が終わると、ネット停止の文字が頭にチラつく。
動画を見ている時間だけが悪いことを忘れられるのだ。
「はあ、しかし。どうしたものか」
そりゃあ人間界に降りれば、すぐに金は得られる。
人間たちなんぞこの綿狸にかかればすぐに騙せるからな。
化け術には自信がある。
四国でブイブイ言わせてた頃は向かう所敵なしだったのだ。
だが、今の人間たちの実力は未知数だ。
なんでも自衛隊とかいう軍事組織があるのだろ。
ようちゅーぶで軍事演習とかいう動画を見たが、あんな火薬玉と鉄の軍隊には敵う気がしない。
悪事をしてバレたら棒で叩かれる程度では済まないだろう。
じゃあ働けば、と思うか?
ウン百年ひきこもって、人間界の常識もしらないやつに働き口があるわけがないだろ。
「おお、ぬいちゃんの今日の配信が始まるではないか!」
通知がポップアップする。
本日のぬいちゃんの配信である。毎日配信できてえらい。
「ふんふん。今日は雑談配信とな」
動画タイトルは『【祝収益化】記念雑談配信しちゃいますよ!』
「ふむ……しかし収益化とはなんぞや。喜ばしいことなのはわかるがの」
しばらく待機所で同志たちと共にコメント合戦を行っていると配信時間となりぬいちゃんの元気な声が響いてくる。
「こんみやぁー!音、大丈夫?……ありがとー!新人化け狐系vtuber狐宮しらぬいだよー!こんみやぁ!ねー今日は嬉しいお知らせがあるんだよ!もうタイトルで気付いちゃってると思うけど収益化が通りましたぁ!イェーイぱちぱちぱち!」
その声を皮切りにコメント欄におめでとうの雪崩が発生する。
勿論我もその一員だ。何がおめでとうなのかはイマイチわからんが。
「ん? なんじゃ。コメントに色がついとるっ」
ものすごいスピードで流れるコメントの中に緑やら橙やら赤やらの色が混じっている。
よくよく目を凝らしてみるとそのどれもに200円とか1000円とか1万円とか金額が付随していた。
「これはもしやっ……金を投げとるのか!?」
いつだったか人間たちが大道芸の芸人に小銭やらおひねりを投げているのを見たことがある。
特にこれといった金額を決めずに、渾身の芸の対価として金を得るのだ。
大した事のない芸人は片手で数えるほどの金額だったが、一端の芸人ともなると相応の金額を芸をするたびに得ていたようだ。
「それをネット上で行なっている! かねてよりぬいちゃんに何かをあげたいと思っていたがこんな形で叶うとは!よし我も……あ、金がないんじゃ」
くそう。あな口惜しや。
金がないことが思いもよらない傷を我に与えてきよった。
「我は……我は、見ておることしかできん。ぬいちゃんすまぬ、すまぬぅ」
我に金がないばかりに、この思いを形にして伝えることも出来なんだ。
目の前では相も変わらずカラフルなコメントが流れ続けている。
見せつけよって……金がない我への当てつけか。
その時、我の脳髄にピシャリと電撃が走った。
金がない、しかし人間界に降りるのは危険だ。
なら。
ならば!
「我もvtuberとやらになれば良いのではないか!」
我はかつて四国総大将ともやり合った由緒正しき化け狸である。
その気になれば人間たちを化け術で楽しませるのなんぞ赤子の手をひねるようなものだ。
我も収益化とやらで金を稼いでぬいちゃんにおひねりを投げるぞ!
あ、ついでに雲外鏡にネット使用料とやらも熨斗付けて払ってやろうとも。
よしよしよし。
なんともまあ、ちょろいものよな?
これで我の隠居ネット生活も安泰じゃなあ!
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