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化け狸と炎上-2 幕間-犬飼雅の独白

ゆーとぴあプロダクションの応接室にある革張りの立派なソファにひとりの女性がぽつんと座っている。


歳の頃は20を少し超えたぐらいだろうか。

まだあどけなさの残る童顔に不釣り合いな目の下の隈が印象的だ。


だぼだぼの黒いパーカーのフードを浅く前頭に引っ掛け、中空の何かを睨めつけるようにして鋭い眼光を飛ばしている。

一見して近寄り難い、どこか後ろ暗い気怠げな雰囲気のある女性だった。


その女性に気軽に声をかけたのは応接室に入ってきた年配の男性であった。

胸の名札に『大竹』と名前が入っている。


「やあ、犬飼さん。今日はいい陽気だね。こんなに暑いと冷たいものでも飲みたくなっちゃうなあー。あ、タピオカ買ってきたけどいる?」


両手にひとつずつ持っていたタピオカの入ったミルクティーを犬飼と呼んだ女性に差し出す。

犬飼は大竹の顔を一瞥して無言でそれを受け取った。


大竹も犬飼の対面のソファに腰を下ろし、そのまま暫く応接室にはじゅるじゅるとドリンクを飲む音だけが響く。

大竹がドリンクの3分の1を飲み終わろうかと言うところで口を開いた。


「ふはぁ。いやおじさんには中々キツい代物だねえ。ただでさえ血糖値高くて困ってるのにこれじゃ自殺行為だ」


ははは、と頭をかく大竹をキッと鋭く見つめて犬飼はドリンクのストローから口を離した。

5分程だろうか。

互いに無言の時間が続く。


犬飼が呟いた。


「僕は間違ってませんから」


りん、と空気が震える。

声こそ小さかったが、曲がらぬ意志を裏に感じさせる鋭い言葉であった。

堰を切ったように犬飼の口からは次々と言葉が吐き出される。


「僕は身の程知らずの甘ちゃんに現実を突きつけてやっただけ。それもほんの上澄みのひとすくいだけを。それだけで癇癪起こして暴言を吐くなんてやっぱり覚悟が決まってなかったんだ。現実はもっと苛烈で苦々しいものなのに。だから初めから嫌だって言ったんだ。僕が当たればこうなること分かってたはずでしょ。それこそ人付き合いの上手い小鳥遊に振れば良かった。そうすればあの甘ちゃんの自尊心も傷つけることなく平和に終われたんだ」


語気を荒げることもなく只管に淡々と。

誰かに向かって放たれた言葉ではなく独り言のように、自分に言い聞かせるように。

そして犬飼は話すべきことはもう終わったとばかりにまたストローを咥えた。


「私もそう思うよ」


順番が回ってきたかのように大竹も話し始める。


「そもそもミカガミの件で責めるために君を呼んだわけじゃないよ。私も君の言う通りだと思うからね。今日は君の言ったことは間違っていないってことを伝えに来たんだ」


犬飼が僅かに目を丸くする。


「確かに炎上騒ぎになってスタッフはてんてこまいさ。だけどそんなことで今まで築いてきた『柴原こいぬ』の人気は揺るがない。誰にも文句を言わせることができないほどに、君の能力は確固としたものだ。この程度で騒いでるニワカのファンなんて、君の歌で君のダンスで黙らせてしまえ。出来るだろ? そうやってここまで上り詰めたんだから」


唇を濡らす程度にドリンクを飲んで大竹は続ける。


「私が心配しているのは君のことだよ。実のところきついことを言ってしまったって後悔してるだろう? 君は、何も、間違ったことは言っていない。いいね? それであちらさんが傷付いてどうなろうが知ったことじゃないのさ」


「それはっ」


「私が第一に思うのは自社のタレントの成長そして躍進だ。君はその身で体現して見せた。現在進行形でね。それをポッと出の新人に潰されちゃ困るんだ。犬飼さん、気に病むことはないさ。あちらさんも本気ならこれくらいで諦めたりしない。そうだろう?」


「……はい」


「犬飼さん、君は少々優しすぎる」


じゃあ話はこれだけだから、と大竹はドリンクを掴んで応接室を出ていった。

柴原こいぬこと、犬飼雅(いぬかいみやび)は考える。


僕は自分が嫌になる。

もっと上手く相手を諭すことだって出来たはずなのに何故あんなにも刺々しくなってしまうのか。


do!tterでも言われていたけどあれじゃ新人潰しだ、

配信の空気も考えないで思ったことを言ってしまった。


だけど間違ったことは言っていないと確信はしている。

あんなに魅力溢れる元気な子が現実を知って落ちぶれていってしまうのは見るに忍びない。

半端な覚悟でこの業界に飛び込んだが最後。

悪い大人に食い物にされるだけだ。

世の中自分が思っている以上に悪どい人物は大勢いる。

ヒメさんには挫折しそうになった、なんて言ったけどそれは間違い。

僕は、挫折したんだ。


僕も昔はキラキラした世界に憧れたひとり。

大手の芸能事務所で未来のアイドルを夢見てレッスンに打ち込む日々だった。


友達がいた。

養成所で出会った同じ夢を持った女の子。

根拠もないのにやたらと自信満々で好きなことには猪突猛進な女の子。

根暗な僕とは正反対のはずなのに、着る服の趣味も聞く音楽の趣味も不思議なほどウマが合って、いつも一緒にいるのが当たり前になっていった。


当然一緒にアイドルになれるものと思っていた。


彼女は突然事務所を辞めた。

何故かと問い質しても決して答えず、彼女は私を置いて去っていったんだ。


怒ったよ。

あんなに仲良くしてたのになんで何も話してくれないんだって。

僕は怒りのままにレッスンに更にのめり込んでいった。


幸いなことに僕には才能があったらしい。

「磨けば一等に輝く原石だ」とは当時の事務所社長の言。

そして「玉石混淆とはこのことだな」、これも社長の言。


「一等に輝く原石もいれば、取るに足らない石ころもいる。いいじゃないか、キミの未来は開けたも同然だ。道端の石ころなど踏み潰して蹴飛ばしてしまえばよかろう」


その時分かった。

その石ころが何を指しているのか。

僕は何気ない風に社長に聞いた。

この時ばかりは自分の感情が出にくい喋り方が有り難かった。


「石ころはどうなるんですか」


「さあな。雨風で削れて塵にでもなるのではないか。キミだから正直に言うが、養成所はペットショップと同じだ」


「……ペットショップ?」


「可愛い犬や猫から売れていくだろう? 売れ残りは保健所送りだ。ハハハ!」


ぎいっと手で首を切る真似をしながら社長は笑う。


「じゃあなんで養成所を作ったんですか。僕みたいなのを集めたいならオーディションをすれば良い」


「養成所は運営するだけで金が集まるからだ。いつか夢が叶うと自分に言い聞かせて安くもない月謝を毎月払い続ける。その金はお前らを育てるために使うわけじゃない。ほんの一握りの原石を磨くためだと言うのになあ」


唖然とした。


この時僕の頭には獏のイメージが浮かんでいた。

悪夢をむしゃむしゃ食べる獏じゃなく、キラキラした夢をたらふく食べて肥えた金色の獏。


僕たちの純粋な夢は何処かでフィルターにかけられて、大人たちのところに届く頃にはお金としか見られないんだ。


「なのに最近は自分からすぐに辞めるとか言い出す奴が多くて困る。全く根性がない。キミもそう思わんか」


胃の底から迫り上がる怖気を堪えてこくりと頷く。


「おお、キミも分かってくれるか。そうそう、ちょっと前に辞めたあの声が五月蝿い短髪の……ああ、そうだ。丁度キミみたいな花のヘアピンをつけていたっけな」


思わずヘアピンを触る。

声が大きくて僕と同じようなヘアピンをつけている。

彼女だ、と思った。


「何処から聞きつけたのか、近々キミがデビューするのを知っていてな。それに便乗して自分もデビューさせろと抜かしやがった。だから言ってやったのよ」


唇が震える。

なんとか声を絞り出した。


「何、を」


「今言ったことをだよ。お前はただの石ころだ、犬飼君のような原石を磨くための金ヅルに過ぎないんだよとな! そうしたら辞めると言って泣きながら飛び出して行きおったよ! ハハハ! 根性なしが! ハハハハハ!」


何を笑っている。

何が可笑しい。


僕には分かっていた。

彼女がデビューしたかった理由を。

いつだったか約束したんだ。


「ゼッタイ一緒にデビューしよーねっ!」


「うん、約束」


だけど彼女は夢を打ち砕かれた。

しかも仲の良かった僕の引き立て役に過ぎないとまで言われた。


吐き気がする。

彼女だけじゃなく、まだ顔も知らない誰かの夢が土足で踏み躙られている。

そして気づけば私の足元にも誰かの夢が広がっていた。


誰かの犠牲の元にアイドルになるの?

それを知って僕は胸を張って誰かを楽しませられるの?


答えが出る前に僕の口は勝手に動いた。


「僕、辞めます」


社長の引き止める声が聞こえたが、走って逃げた。

捕まったら僕はまた誰かの夢を足蹴にしてしまう。


僕の夢は急に色褪せてしまった。

何をする気力もなく家に引き篭った。


vtuberという媒体に出会えたのは私にとって幸運だった。

自分で自分をプロデュースして、成功しても失敗しても全部それは自分の責任。

全て独力で機材の用意や動画の編集をするのは難しかったけど、やり甲斐があった。

何よりも誰かを踏み台にする必要がないと言うことが素晴らしい。


ゆープロに勧誘された時はどうしようか迷ったけど、僕の好きなようにやらせてくれると確約してくれたから入ってみた。

僕の考えを最大限尊重してくれて、決して誰かと競わせるようなことはしなかったし、嫌がる仕事を持ってくる事もなかった。


それなのに、今になってヒメさんとのコラボだ。


僕の我儘を聞いてもらってる手前、強く頼まれて断りきれなかった。

でもやっぱり我儘を通してキッパリ断れば良かったんだ。


ヒメさんが、あの頃の彼女とかぶって見えたから。

気付いたら新人潰しのような真似をしてしまっていた。


悲しんでほしくなくて。

綺麗な夢が穢されるのを見ていられなくて。


ヒメさんは傷ついただろうか。

僕のこと嫌いになっただろうな。


でも、それで夢を持った人が絶望せずに済むのなら。


僕は、喜んで嫌われようと思う。

あらすじにも書きましたがジャンルをコメディー→ヒューマンドラマに変更いたしました。

内容に変更はないので引き続き楽しんで頂けますと幸いです。

いつも評価やブックマーク有難うございます。いいねもイイネ!

いつも創作の励みになっております。

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