化け狸と展望
コラボ配信を終えて翌日。
我はマヨヒガスタジオの談話室(居間ともいう)の炬燵で茶をしばいておった。
というのも深鏡に呼び出されたからじゃ。
まあ当事者ではなく第三者の意見をもらうというのは有意義なことじゃと思う。
しかし我を積極的に窮地に追い込みやがる深鏡の意見を聞くのはどうなんじゃろ。
マヨヒガは別に寒くはないが、炬燵が十分に楽しめるくらいには穏やかな気温じゃ。
茶も飲み終わりかけ、いよいよ睡魔の野郎が我の元にけけけと現れそうな時に深鏡が後ろからきびきびとやってきた。
いそいそと炬燵の対面に腰を下ろした深鏡は眼鏡の位置を直しながら我の顔を見やった。
その鋭角な外套は脱いだらどうじゃあ?
此奴は前から思っておったが、和風なこの屋敷に合っておらんよなあ。
西洋かぶれかあ?
「また失礼なことを考えていましたね?」
「うっ……いやあ、そんなことはないぞお?」
「いえ、いいですよ。別に咎めることじゃあありませんし。それでは昨日行われた狐宮さんとのコラボ配信の総評を始めましょう」
うむ。
「概ね宜しかったんではないでしょうか。狐宮さんから流れてきた新規の視聴者も数大きく得られましたし、今後に繋がる成果は一定以上と言っていいでしょう」
その通りじゃな。
ぬいちゃんを利用した形になって恐縮じゃが、お陰で我のちゃんねる登録数はどかんと増えた。
3万5000人から9万7000人に大幅上昇じゃあ。
ぬいちゃん様様じゃのう。
「狐宮さんを上に立てて終始動けたのは良かったです。いきなり対等に話してしまうと失礼な態度だと受け止められる場合もありますから。その点、綿狸さんのファンムーブが功を奏しました」
「あれで良かったんかあ? ものすごい吃ってしまった気がするんじゃが」
「それ動きが視聴者の共感を呼ぶんです」
「そうなのかあ?」
終わった後にあーかいぶに残った自分の動画を見てみたが、ごにょごにょ口籠もっている場面も多く見受けられ、完成度という点では非常に疑問を感じざるを得ないんじゃがのう。
うーん。こめんとを見ている限り好意的に受け止められているようでそこは有難かったのじゃが、いまいち視聴者の動向というか好みが我にはよう分からんぞ。
「それに次に繋げることが出来たのは大きいです。互いに利用し合って更なる高みに登っていけると私は確信しております」
利用し合う、って言い方が悪いじゃろうが。
実際その通りなんじゃけども。
「それにしても狐宮さんは妙に綿狸さんに御執心のようでしたけど、何かされましたか?」
「え、いや、あの状況で我が何か出来ると思うかあ? 我もやたらぐいぐい来るもんじゃから内心心臓が爆発するかと思っとったんじゃぞ! そっちこそ何か裏でやっとったんじゃないじゃろうな。配信前の打ち合わせとかでさあ!」
「そんな仕込みのようなことしませんよ。万が一視聴者に露呈した場合にリスクが大きすぎます。それに態々自社のタレントを窮地に陥らせる真似をすると思いますか」
「……」
存分にしてると思うんじゃがあ?
「好意を抱かれていることは決して悪いことではありません。綿狸さんも狐宮さんのファンなのですから末永くこれからも協力していきましょう」
「それなんじゃがなあ……。あまり頻繁にぬいちゃんと会うことになると、我の身がもたんというか。いや、勿論ぬいちゃんと会えるのは嬉しいんじゃよ? しかしもっと慣らしの期間というものが必要だとは思わんか?」
「自分から高らかに今後もコラボすると宣言しておいて何を言うんですか」
「そ、それはっ……あっ、そうじゃ! お前が氷霞の小袋に細工したせいで自制が効かなくなったんじゃろうがっ!」
「さあて何のことでしょう? とにかく自身の発言には責任を持ちましょう」
しれっと受け流しおって……!
その眼鏡ぽっきりかち割ってやろうか。
「あ、そうそう。綿狸さんのコラボが好評だったお陰で他の人のコラボも決まりました。これも綿狸さんのお陰です。ありがとうございます」
「お、おう……それは良かったなあ」
そう言うと深鏡は手元に持っていた紙の束を炬燵の天板に広げ始めた。
その紙には我らミカガミプロジェクトの面々の写真と、その対面側にいつか見た顔写真が並べてある。
「どなたもゆーとぴあプロダクションのタレントさんなんですが、まずヒメさんには1期生の柴原こいぬさん。氷霞さんには2期生のユリアナ=セイレーンさん。善童さんには3期生の雪豹セラさん。龍未さんにはこれまた2期生のルーフェンシア=オル=ドラガさん。タイプやキャラクターの似た二人を組み合わせてみました。どうでしょう?」
んー?
そんなことを言われてもなあ、我もほーむぺーじでそれらの名前は確認したが各々の人間性はよく分からんぞ?
強いて言うのであればひめと似た性格の人物をぶつけるのは非常に危険なのでは?と思わなくもないが。
煽り合いからの喧嘩になっちまいそうな気がするぞ。
我がひめの写真を見ていることに気づいたのか、深鏡は納得顔をして深く頷いた。
「確かに。ヒメさんの性格であればぶつかり合うことは必定かもしれません。しかしヒメさんが歩むのは魑魅魍魎蠢くアイドル界。最初にアクの強い相手と当たっておくのも一つの手かと思ったのです。ここはヒメさんを信じるのみ!」
ぐっと握り拳で力説してくるが、我がどう言おうがお前は自分の考えを貫くんじゃろ?
我は「はい」と言うしかないんじゃないのかあ?
「と言うことで綿狸さんの活躍のお陰で今後のミカガミプロジェクトの展望が開けました。やはり白雲ワタヌキはミカガミプロジェクトのリーダーとして必要不可欠な存在と再認識いたしました。貴女無しではプロジェクトが瓦解してしまうかもしれませんね。より一層の活躍を期待しておりますよ。では」
深鏡は炬燵を抜け、天板の上の紙をまとめて出て行った。
あの野郎。
最後に我の逃げ道を塞ぐようなことを言い残していきよって。
前の配信で我が逃げようかと思ったことがなんでバレてるんじゃあ。
我もこの期に及んで本当に遁走しようとは思わんが、じわじわと我を取り巻く圧力が増している気がするんじゃが。
はぁーあ、なんじゃ面倒くさいことになってきたのう。
我はぬいちゃんの配信を見て癒されればそれだけでいいんじゃけどぉ。
なんでまた寒さが戻ってくるんですかねぇ……?
薄着で外出して死ぬかと思いましたよ。
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