化け狸とこらぼれーしょん-2
サンは朝から上機嫌だった。
今日は話題のミカガミプロジェクトの新人vtuberとの初コラボだ。
先方としてもまだ初配信が済んだばかり。
少しばかり不躾かとも思うが、先方からの許可が出た以上尻込みする理由はない。
昼過ぎにはゆーとぴあプロダクションの自社スタジオに到着し、スタッフさんに挨拶をして撮影用のブースに入った。
事務所側もなにかと話題に上がっているミカガミプロジェクトとは何らかの形で関係を持ちたかったとのことでダメ元で私の要望を伝えてくれたらしい。
運が良かったのは所属タレントのひとりが私の大ファンだったってことと、ミカガミが案外とノリが良かったってこと。
2回目の配信で他社とのコラボをぶち込むなんてこと、ちょっとネジが外れてなきゃ許可しませんよね。
今回はそれで非常に助かったんですけど。
事務所の先輩方や同期の2人からは羨ましがられたのと同時に少し心配もされた。
言葉を選ばない事で有名なこいぬ先輩からは「相手を潰さないように」と釘を刺された。
その心配もよく分かる。
だって流石に登録者数とか段違いですしね。
ミカガミ側がうちの人気を利用してるとか邪推されたら、申し訳ない気持ちになってしまうし謝っても謝りきれない。
「だとしても……初動は早いに越したことはありませんもんね。それにこの程度で潰れちゃうような人材があのミカガミからデビューするとも思えませんし〜」
ブースの配信用PCにはミカガミプロジェクトのホームページ。
本日のコラボ相手である白雲ワタヌキのページを開く。
「初配信おもしろかったなあ〜。あんなにガンガン愛をぶつけられたのはいつぶりでしたかねぇ」
画面のワタヌキの画像を指でつんつん触ってみる。
「あれだけ濃厚な好き好きぶつけられちゃあ、こっちとしても好きになっちゃいますもんね〜。もうファンになっちゃったかもです」
サンこと狐宮しらぬいには打算的なところがある。
実を言えば今後確実に台頭してくるであろうミカガミプロジェクトに、最初期から食い込んでおくことで旨味を得ようと考えたのだ。
先に述べたように多少のリスクがあるとしても、互いに利益は得られるだろう。
別に更なる考えもあるがそれは関係が進んでからの話だ。
その考えが完全に払拭されたとは言えないものの、今のサンはワタヌキと純粋に仲良くなりたいという気持ちが強くなりつつあった。
***
うん。
何の解決法も見つからんかったの。
また明日また明日と問題を先延ばしにしてしまった結果、あっけなくこらぼ当日になってしまった。
あと15分程で配信が始まる。
心構えはできた……と思う。
ぬいちゃんと会話をすると言う事実に狼狽しとったが、よくよく考えればそれはきっと素晴らしいことなのではないか!と自己暗示の如く自分に言い聞かせた。
素晴らしいことに臨むのに気落ちする理由がどこにある。
そもそも悩んでいるのがおかしいことなのじゃ!
はーっはっはっは!
配信の時間が楽しみじゃのう!
はーっはっはっは!
……はぁ。
ぶーすの中に我の笑い声が虚しく響き渡る。
ぶいちゅうばあとは孤独な仕事じゃなあ。
誰に相談したとしても結局は頼れるのは自分の力のみ。
しかし今回に至ってはその自分が信用できないと言う始末。
事前に少しでもぬいちゃんと話すことができればちょっとは緊張もマシになるというものを。
また深鏡の野郎の策略じゃ。
事前の打ち合わせは代表の私に任せてください、なんて尤もらしい事を言って我を放置しよる。
我もさあ、無知じゃないんだからさあ、分かるぞ。
普通こういう場合は顔合わせも兼ねて事前にある程度話すもんじゃろ?
ぬいちゃんがこらぼ雑談配信してた時に言ってたもん。
きっとあの深鏡の野郎は「そっちの方が面白い」なんて安直な理由で我を打ち合わせから外したに違いない。
もう我が暴走してもお前のせいじゃからな。
ぴーぴーと目の前に置いてあったユーフォンが鳴る。
配信開始10分前の合図。
時の流れとは残酷なもので、いくら時が止まれと願ったところでその願いは叶わない。
我の鼓動が高鳴っていくのと反比例して残りの時間は無常にも減っていく。
ぶーすに設置されている配信用の雲外鏡が音もなく起動を始めた。
……今逃げ出したら怒られるじゃろうか。
そんな悪い思いつきが頭を過ったところで、我の背後でがさがさと草を踏み倒すような音が聞こえた。
後ろを振り返るとひめが氷霞を伴って我のぶーすに入ってきたところであった。
「うえぇーなんか青臭ーい。なんでこんなとこで配信しよーとしてるわけー?」
ぶつくさ文句を言いながら我のところにやってきて、我に体をぶつけるようにして座っていた座布団の半分を自分の場所として奪い取りよった。
「何しにきたんじゃ? それに珍しい組み合わせじゃないかよ」
「んー? どーせきんちょーしてるだろうと思ってからかいにきました!」
「私は、その付き添い……というよりはヒメさんに手を引かれて、無理やり……」
氷霞はたまに不可解な行動を起こすものの奥ゆかしい性格に思える。
きっとヒメに強引に引っ張られてここまでついてきてしまったのじゃろう。
「クソガっ……いや、今はそれが有難いかもしれんのう……。認めたくはないが、初配信の時も助かったしなあ……」
我も弱っているのかもしれん。
この我としたことが年端もいかない童女に心境を吐露してしまうとは……。
「うぇぇ……素直なワタちゃんきもちわるーい……」
「なぁっ!? 弱ってる相手にきもちわるいとはなんじゃい! なんでお前はいっつも我に対して口が悪いんじゃあ!」
「あのメガネにだって口はわるいよー?」
「そういう話じゃないわい!もっと敬老の精神を育めと言っておるの! 」
「あははー。それは無理なハナシかもー」
「なんでじゃいっ!」
なんでひめと喋るとこうも頭に血が昇っちまうのか!
ひめも深鏡と同じじゃあ!
我を叩けば音の鳴る玩具だと思っとるんじゃなかろうか!
肩を怒らせ息を荒げる我を見て、ひめは笑い転げておる。
耳元でけらけら騒ぎおって!
「あーもう! 気が済んだならはよ出て行けい! 配信が始まっちまうじゃろ!」
ひめを襟巻きで拘束して出口へ放り投げる。
ひめはひゃー、と楽しそうな声をあげてそのままぶーすから退場していく。
「まったく! 失礼なガキじゃあ!」
頭に血を昇らせて憤慨する我に、一人残された氷霞がぽつりと話しかけてきおった。
「……あまり、ヒメさんを嫌わないでくださいね」
「いやあ、別に嫌っちゃあおらんが。ただ彼奴がからかってくるから反応しちまうだけじゃあ」
「……喧嘩ップル。それも、また良し」
「ん? なんじゃって?」
氷霞は奥ゆかし過ぎて、たまに声が小さくて聞き取れない時があるんじゃよな。
「いえ、なんでも、ありません。良かったら、これ、使ってください。……その、ご馳走様でした」
氷霞はもごもごと呟きながら、我に掌大の青い小袋を渡してからそそくさとぶーすを出ていった。
ご馳走様? 何がご馳走様なのか。
相変わらず何を言っておるのか分からん奴じゃのう。
渡された小袋には小さな付箋が貼っており『頭に血が昇ったときに開けてください』と書かれておった。
ユーフォンが再び電子音を鳴らす。
画面には配信開始3分前の文字。
ひめ達の相手をしておったらもう配信直前じゃないかい。
ひとつふたつと深呼吸。
気を鎮めるのじゃ。
大丈夫。きっと上手くやれる。
我こそ御伽の古狸・白雲ワタヌキ様じゃからの。
日々過ごしやすい気温になってきて有難い限りです。
このまま夏になんかならなければいいのに。
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がぁんばるぞぉ。




