化け狸と反省会
「はい。皆様お疲れ様でした。それでは初配信を振り返っての反省会を始めましょう」
めたばぁす空間より戻ってきた我らは深鏡によって会議室に集められた。
ほわいとぼーどには大きく『おつかれさまでした!』と書かれており、隅の方に丸に毛の生えたような顔が五つ並んでいた。
なんじゃあれは子供の下手くそな落書きじゃあるまいし。
我らを描いたわけじゃなかろうな。
「余所見は禁物ですよ綿狸さん。ファンアートに興味津々なのは分かりますが、まずはこちらに集中を」
あーと、と申しよったか。
深鏡の情報にひとつ付け加えておくとしよう。
奴は絵が下手。
「初配信は人間達には概ね好評でした。好意的に受け入れられたようで一安心しております。しかし、実際に配信を行う事で自分の中での問題点が見つけられたのではありませんか?」
氷霞がすっと手を上げる。
「私は……あまり話す、ことが……できませんでした。話したいことは、沢山、あったのに……」
我も自分の配信が終わった後に他の連中の配信を見ておったのじゃが、確かに氷霞はあまり、というか殆ど話しとらんかったな。
まともに喋ったのは冒頭の自己紹介くらいであとはぽつぽつと「ありがとう」とかお礼の言葉を言うばかり。
こめんと欄がまるで美術鑑賞でもしておるかのように美を礼賛しておったのは異様な光景じゃったな……。
「そうですね。それに関しては追々慣れていくでしょう。ご自身が話したい時に話したいことを話せば良いのです。無理をする必要はありません」
「……はい、精進します」
次に善童がビッと手を上げた。
「俺はあのコメントの連中が気に食わねえ。女の身になって痛感したが、己が身が性的な視線に晒されるってのはいい気分じゃねえな……。俺は男だって言っても信じてもらえねえし、むしろそれが良いとか言う変態もいたし……」
善童の配信は我らの中で一番盛況だったのではないだろうか。
もう熱気が違ったもん。ムラムラと。
でもそれはお主がその豊満な胸を隠そうとして試行錯誤した結果、現物がまろび出てしまったせいだと思うぞ?
「それには耐えてもらう他ありません。貴方は弊社のエロ担当として活躍してもらわなければなりませんから。しかし、ポロリはいけませんでしたね。対応が間に合わなければ一発でチャンネルごと消されるところでした」
「いや、なんで俺がそんな担当になってんだよ……」
ぶつくさ言いながら善童は上げた手を引っ込めた。
「他にはありませんか?」
深鏡が我らを見渡しながらそう問いかけるが、手が上がる様子はない。
いや、だって我は上手くやっとったじゃろ?
最初こそ緊張して視聴者に翻弄されてしまったが、その後はいい具合にこめんとも拾って和やかに終えたじゃないかい。
唯一の心残りは……ぬいちゃんに我の愛を伝えきれなかった事じゃな!
時間時間とうるさいんじゃあ!
何でもかんでも時間に縛られおってからに!
「それでは私の所感をお話ししましょう。まずはヒメさん」
「はいっ!」
ひめが敬礼のポーズでかしこまる。
「ヒメさん非常に素晴らしかったです。愛想を忘れず笑顔を振りまく、まさにアイドルの理想系のようなムーブでした。貴女に魅了された方も大勢いらっしゃるでしょう」
ひめは満足そうに無い胸を張っておる。
そして我を横目で見た。
なんじゃい、その勝ち誇ったような目線は。
まあ確かに我から見ても可愛らしかったよ。
いつものクソガキ然とした態度は形を潜め、天真爛漫ないいとこのお嬢様ってな感じじゃった。
うちのこめんとのろりろり言ってた奴らも悩殺じゃろうて。
「しかし、わざと悪いように言えば無難ですね。暫くはその通りの動きで十分ですが、先を見据えて何か引っかかりとなるウィークポイントを見つけるべきでしょう」
「むー……ナニソレ」
「可愛い、だけでは生き残れないのがvtuber戦国時代たる現代。けれども、が重要です。可愛いけれども頭が悪い、可愛いけれども古臭いなど、可愛いに付随する弱点が貴女の個性となり、武器となるのです」
「弱点が武器って……ワケワカンナイかもー」
「今はそれで構いません。先の話ですから」
ひめは深鏡の言葉に納得していないらしく膨れっ面で頬杖をついとった。
ひめの脇腹を小突き「可愛いけれども口が悪い」と言ってやったら、可愛い顔が渋柿でも食ったような渋面になりよって面白い事この上ない。
「では次、龍未さんいきましょうか」
「儂は完璧だったであろう!」
こちらもひめと同じく自信満々に胸を張っておる。
ひめに比べたらだいぶあるな、何とは言わんが。
何か勘づいたのかひめがさっとこちらに目をやったので、何気ない風に視線を逸らした。
「ええ、非常に元気でよろしかったです。物怖じせず話す姿には好感を覚えました。それは見ていた方も同様でしょう」
「うむ!」
「ですがもう少しコメントにも目を通した方が良いですね。貴女に興味を持った人が質問などを投げかけてくれていたのですよ。気付かなかったでしょう?」
「人間なんて弱者の言葉など聞かなくても良いのではないのかー?」
「真の強者には弱者の言にも耳を貸す度量も必要ですよ。それに弱者と言いますが、貴女一度人間に討たれているでしょうに」
「うぐっ。それを言わないでほしいのだ……。わかったのだ。次はコメントも見るようにするのだあ……」
龍未は威勢を削がれてしおしおと机に突っ伏しおった。
いかに阿呆であれど自身が討たれた話を出されると弱いのじゃろう。
基本人間に仇なす妖怪なんてものは余程の大物か若気の至りじゃと相場が決まっておるからな。
あの様子からすると龍未は後者なのじゃろう。
「では最後に綿狸さん」
「おう、なんじゃい」
「私、自身の眼が曇っていなかったことを再確認できて嬉しい限りです。非ッ常に楽しく拝見させていただきました。貴女にはやはり素質がある」
「お、おう」
なんじゃやけに持ち上げてくるのう……。
「貴女にはこのまま今の路線で突っ走っていただきたいです。そう、芸人路線として!」
「おう。……おう?」
「初見の相手からああも容易く揶揄われるハードルの低さ。そしてそれを受け止めるだけの精神的な余裕がある。かと思えば人の目を気にせず感情剥き出しで暴走!初配信でこんな醜態を晒せる方中々いませんよ!」
「……」
……それ褒めとる?
褒めとらんよな?
醜態って人を褒める時に使う言葉じゃないもんなあ!!
「いやあ、狐宮しらぬいさんを呼び込んだ甲斐がありましたね」
「っ!? 深鏡ィィ! お前がぬいちゃんを呼んだんかあっ!?」
「ええ、元々アクションは彼方からでしたけど。私としても大手事務所との繋がりは欲しいところでしたし。ブースにも色々グッズ飾ってましたし、ファンだとは分かっていましたからサプライズですよサプライズ」
「みっ、深鏡ィィィィィィ!!」
我は椅子を弾いて、深鏡に食ってかかるように飛びついた。
そして、その両の手をがっしと強く握ってがくがくと揺さぶった。
「我はお前のこと誤解しとったかもしれん! 事あるごとに暴力をちらつかせて、こちらの意見を黙殺する大声陰険眼鏡だと思っとったが、お前実はいい奴だったのじゃなあ!」
「そんなことを思ってたんですか」
「い、いやあ、まさかあ?」
「まあ、良いでしょう」
ははは、と頭をかいて誤魔化すが深鏡は突き刺すような視線で我を見よる。
お茶目じゃろうが! そこは笑って流すもんじゃろう!
がくがくと揺さぶったせいでずれた眼鏡を、中指で気障ったらしく元に戻した深鏡は襟を正すと大きな声で宣言した。
「兎にも角にも初配信は成功に終わッたッッッッ! しかし我々は未だvtuber業界に足を一歩踏み入れたに過ぎないッッッ!! この先、生きるか死ぬかは君達の行動次第と心得よッッッッッ!!」
っぬおー!
キーンときた〜〜〜っ!
こやつ我が目の前におるのに態々大声出しおってからに!
こやつぅ〜、さっきの発言を根に持っとるじゃろ!!
やはり大声陰険眼鏡じゃないかいっ!
恨みがましく深鏡を見やるが、どこ吹く風。
自分の発言の余韻に酔っているのか、天を見上げて陶酔状態じゃあ。
暫く待ってもその状態から復帰せんので、みんなに「撤収〜」と声をかけたところで深鏡が復活しおった。
そして我に向かって、
「言い忘れてました。ワタヌキさんは次回狐宮しらぬいさんとコラボですから覚悟しておいてください」
この日一番の爆弾発言をぶつけてきやがったのじゃった。
寒い日が続くなあ、と思っていたのに、気付けばもう桜が咲いておりますねえ。
暖かくて過ごしやすいのはとても嬉しいことです。
評価やブックマークありがとうございます。日々の糧になっております。感謝。
がんばろー。




