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化け狸と初配信-2

今日もお気に入りのキャップを被った白髪の少女サンは、PCのようちゅーぶ画面を食い入るように見つめていた。

黒の画面に無機質なフォントで『ミカガミプロジェクト』とだけ表示がある。


「あと1分……! あと1分……!」


画面から目を離さず機械的に手元のポップコーンを口に放り込んだ。

味わっている余裕などはないが、やはりvtuber観賞にポップコーンは欠かせない。


コメント欄は好き勝手にはしゃいでいる。


私もそこに入りたいけども立場的に容易にコメントもできないからね〜。


この時ばっかりはいちVオタクだった自分が懐かしく羨ましい。

今の立場に不満はないがファンムーブが出来ないのは寂しいところもあるのだ。


「よし……! あと5秒……!」


画面が変化した。

丸印の中に数字が書かれカウントダウンが始まる。


「5……4……3……2……1……!!」


長閑なBGMと共に黒の画面が白煙に包まれる。

煙が晴れると茶色の小袖にふわふわの綿のような襟巻きをつけた狸耳の少女が画面の中央にでんと現れた。


コメント欄が歓喜の声で加速する。


【お、おはたぬき〜……。化け狸系vtuberのワタヌキじゃあ……? こっ、これもう始まっとるんかのう……?】


わかるわかる。

初配信は緊張しますよね〜。


わたあめのような甘ったるい声で困惑気味に挨拶したワタヌキは、傍目から見ても大いに緊張しているように見える。


ワタヌキは所在なさげにわたわたと手と頭を揺らす。


【あー、えっと、我は白雲ワタヌキと申す化け狸じゃあ。この度、みかがみぷろじぇくととやらからでびゅーすることとなった新人vtuberなのじゃ。よろしく頼むぞ人間ども?】


ぎこちない引き攣っているような笑顔。

緊張しているだけにも見えるが、視聴者達はこの異常に早くも気づいていた。


勿論それにはサンも気づいている。


まずvtuberというものは誤解を恐れずに言うのであれば、絵の集合体だ。

各パーツごとに絵を用意し、それをなるべく自然な形になるよう動かすのが基本となる。


技術としての巧拙はあるだろうがその基本は変わらない。

予め用意されたもの以上の動きが出来ないのは大原則だ。


しかしワタヌキは自然が過ぎる。

あそこまでシームレスに表情の変化をつけられるものなのだろうか。

というか表情だけじゃなく衣装も変にめり込んだりしてないし、まるで実写をそのまま映しているかのように見える。


とある獣耳愛好家はこう語った。


「いや、あの耳は紛れもない本物だね。匂い立つような野生味を感じる。僕の嗅覚は捉えているよ。あれは絶対いい匂いするね、間違いない」


……変態の戯言かもしれない。


【うんと……まずは自己紹介じゃな? 我はもう数百年の齢を重ねる古狸。つまりは婆アじゃあ。わはは、がっかりしたじゃろお? 見た目は可愛らしい童女でも中身は婆アじゃからのう。……自分で言ってて虚しくなってきたのじゃ。……ん?】


ワタヌキはコメント欄に目をやったようで僅かに右の方を向いた。


『ロリ?』


『ロリロリ?』


『ロリババきちゃ』


『ロリババアは俺に刺さるやめてくれ』


【うわ、すごい数のこめんとじゃな。こんなにも多くの人間どもが見とるんかい。……それにしてもろりってのは何の事じゃい? なになに……はー、童女のことをそう呼ぶのじゃな。外来語はよう分からんが。じゃーろりばばあってのはなんじゃい。単語で意味が破綻しとるじゃろおが。それに言ったじゃろ? 我は姿は童女でも実際は婆アなんじゃって。だからろりとか呼ぶでないわい】


「あっ、そんなこと言っちゃうと」


サンはこの後の展開が予想できた。

人は誰しも制限を掛けられると反発したくなるものなのだ。


コメント欄は『ロリ』と『ロリババア』の文字に埋め尽くされる。

現代社会の闇が漏出した瞬間であった。


【おわあ! な、なんじゃなんじゃ急に! だーからろりろり言うでないわー! 我はろりでもろりばばあでないと言っとろーがあ!! 呪うぞコラァ!!】


「あははー……開始数分にして方向性が決まっちゃったみたいだねー……」


良くも悪くもvtuberの方向性は視聴者に委ねられることが多いのだ。

自身が確固とした目的を持って活動している場合は別だが、コミュニケーションを重きとするvtuber業は視聴者の意見を無視できない。


視聴者はワタヌキをいじってもいい対象だと認識した。

ワタヌキも語気強く言い返せるのだから、まだじゃれあいとして楽しむ余地はあるようだ。


【いつから人間どもは童女に興奮する変態の集まりになってしまったんじゃあ……? おら、いつまで言っとるんじゃあ。本当に呪っちまうぞ】


釘を刺したらピタリとロリ発言が収まるあたりやけに教育が行き届いていた。

過度ないじりは演者を不快にさせるだけだと、視聴者はよく分かっている。

V界隈は今日も平和だった。


【や、やけに聞き分け良くて逆に気色悪いのう……。まったくだったら最初っから言うんじゃないわい。えーっと……それでじゃなあ我がこれから何をやっていくかというと……】


その後は滞りなく今後の展開について語っていく。

オーソドックスなタイプのvtuber像で主に雑談やらゲーム実況などを行なっていくとのこと。

先のロリ事変のお陰かワタヌキの緊張も次第にとれ、はしゃいだコメントに逐一触れながら初配信としては文句なく穏やかで楽しい空間が出来上がっていった。


当初から告知されていた30分の配信時刻が終わりに近づいてきたところで、サンのスマホがぶるると震えた。


一通のメール。

配信の画面から目を離さずに横目でメールの内容を確認する。


「……マジ!? 許可でたんですか!?」


メールの返信も後回しにキーボードにカタカタと文字を打ち込む。

そしてッターンと勢いよくエンターキーを弾いた。


穏やかに流れていたコメント欄がざわつき始めた。

のんべんだらりと好きな食べ物について話していたワタヌキもそれに気づいたようだった。


【川魚はなあ臭みが少ないんじゃあ。我は丸焼きで塩振ったのがいっちゃん好きじゃなあ……ん、なんじゃコメントがなにか】


『ほんもの?』


『本物だろ』


『大手事務所もよう見とる』


『こんみやー』


『こんみゃ』


『こんみや』


【こんみやー……って何故今そのこめんとが流れるんじゃあ……? …………エッ、嘘じゃろ……? エッ?】


がちりと動きが止まるワタヌキ。

空気を求める魚のように口をぱくぱくと開き、目をぐるぐるにしながらあわあわと手を振り回す。


【ぬいちゃん!? 本物!? 嘘じゃろう!? ぬいちゃんも見とるのか!? 我をォ!? エッエッ……我ぇすっごい好きなんですぅぅぅぅううう……!! ふぁんなんですぅぅうううう……!! いっつも配信見てるんですぅぅうううぅ!!】


サンの画面には自分が送ったコメントが表示されていた。


『【新人Vtuber】狐宮しらぬいGamechannel こんみや〜。応援してますね〜♪ いつかコラボしましょう!』


【エッ……? こんな幸せな事があってええんか……? 我ぬいちゃんの配信見てvtuberになろうと思ってぇ……おひねりも投げたくてぇ……めんばーにもなりたくてぇ……ほんとう好きなんですのじゃあ……!】


明らかに狼狽し口調すらぐちゃぐちゃになったワタヌキは、只管にしらぬいの良いところ好きなところを壊れたFAXのように吐き出し続けている。

直に配信終了の時間になったが、ワタヌキのマシンガントークは止まる事なく終了時間を4-5分過ぎたあたりで強制的に打ち切りとなった。


再びミカガミプロジェクトのロゴとなった画面を見てサンは呟く。


「あっちゃあ! 許可が出たとはいえ流石に軽率でしたかねえっ!」


サンががしがしと乱暴に頭をかくとキャップがぽろりと床に落ちる。

絹糸のような白髪の頭の上にはぴょこんと狐耳が生えていた。

Vの配信見ながら執筆楽しいです。

評価やブックマークいつも有難うございます。

ジャンル別ランキングにもちょいちょい載りはじめたようで嬉しい限りです。

がんばろうぜ。


3/30 ぬいちゃんの挨拶が間違っておりましたので修正致しました。

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