化け狸とデビュー-2
白雲ワタヌキ。
深鏡から告げられたこの名前を、これから我が活動していく上で名乗る必要があるそうじゃ。
ふむふむ。
なんとも悪くないじゃないか。
我の象徴たる白の耳と胸元の飾り毛を讃えて、地元の山の奴らは白雲とよく呼んだものじゃ。
特に打綿の狸どもは我のことを妙に信奉しておったな……。
他の皆もおおむね気に入ったようじゃが、一人だけ深鏡に異議を唱えておるものがおる。
それは名前のことだけではなく先程撮らされた動画とやらにも深く関わりがあるじゃろう。
「深鏡よ」
めたばぁす空間から再び会議室に戻った我々のうち善童がおずおずと声を上げる。
「名前はいいさ。格好いい名前じゃねえか。嫁にもバレずに済むし、よくよく考えれば万々歳だ……だがよう、あの姿はどうにかならんのか? 何故俺が女の格好をせにゃならん」
そう。
善童はめたばぁす空間では、胸元を広げた紅い着物を着こなす一本角の美女であった。
男の欲を煽るような肉感溢れる健康的な姿と、どこかあどけなさも残るような初々しい童顔は我から見ても随分と魅力的に思える。
深鏡はきょとんとした顔で善童を見た。
「貴方のその男臭い形で活動しようと思ってたんですか? そもそも貴方にはこういう形での活躍を期待して採用したんですから」
「あん? どういうことだ?」
「バ美肉おじさん、という言葉を知っていますか? バーチャルの美少女の肉体を得たおじさんという長ったらしい言葉の略語なのですが。そういったものに是非なっていただきたいと思いましてね」
「ば、ばび?」
「貴方は家族のために妖術で女性に変えられてしまったという設定です。ですから別に女性の振る舞いは求めておりませんのでご安心を。……こう考えるとバ美肉というよりはTSモノと言った方が正確でしょうか」
「てぃーえす……?」
「しかし今更何を言おうが後戻りは出来ませんから諦めてください。奥方の為ですよ。私心は捨てて一緒に頑張っていきましょう。ね?」
「……おう」
善童の異議はあっさりと深鏡に一蹴されよった。
最早人質を取られているようなもんじゃな。
我も同様じゃが深鏡に弱みを握られとるからなあ。
善童はこれから『赫童ゼン』という美女として家族を支えていくんじゃ。
「しかし、さっきのは何を撮っとったんじゃあ?」
「あれはPR動画です。これから貴女達がデビューするにあたっての顔見せですよ。編集したものを見ますか? 我ながら最高の出来栄えです!」
「えーいくらなんでも編集はやくなーい?」
「ヒメさん。雲外鏡一族の技術を舐めてはいけません。この程度赤子の手を捻るようなものです。さあ、こちらのモニターをご覧ください!」
先程の巨大な鏡から軽快な音楽が流れ始める。
黒い空間に光が差し、ヒメが元気に現れた。
「あっ、ヒメ〜!」
ヒメがばんばんと我の肩を叩きながら鏡を指差しておる。
興奮するのは分かるが痛いんじゃコラ。
その後、氷霞→ゼン→龍未→我と順に登場する。
最後に『ミカガミプロジェクト』と大きく映し出されて鏡は沈黙した。
ううむ。
やってる時は何が何やら分からんかったが、しっかりとした形となると中々良いんじゃないかい?
我も格好良く映っておったな!
煙管で渋く決まっとったじゃないの。
普段は適当な葉っぱで巻いた我謹製の煙草をやっとったが、煙管も粋でよろしいんじゃないのかのう。
「えーヒメはカッコいい感じのワタちゃんは解釈不一致だなー。いつもみたいにもっとだらしない感じの小物でいて欲しいかもー」
「なんじゃと。我はいつもいけてるじゃろうが」
「ワタちゃん冗談おじょうず〜」
興奮しとるのは分かるが変な絡み方してくるんじゃないわい。
「ほら皆さん、先程この動画を公開しましたら反響がすごいですよ!」
大鏡が再び映った。
ようちゅーぶのちゃっと欄のように下から上へこめんとが流れていく。
なになに……?
『深鏡コーポレートもついに参戦か』
『これはvtuberの勢力図が変わりますねえ……』
『3Dの出来良すぎねえ?』
『もしかして最初から3Dでデビュー? 流石の深鏡』
『さすみか』
『妖怪とは興味深い』
『くそっ可愛いじゃねえか』
『V業界賑わいすぎて時間がいくらあっても足りないわ』
『おはロリ』
『おっぱいこぼれちゃううううううう』
『エッッッッッッ』
『エッッッッッッ』
『エッッッッッッ』
『無口系高身長美女とか性癖ブッ刺さりなんだよなあ……』
『ロリはいいぞ』
『のじゃロリを忘れるな?』
『明らかにアホっぽいのいて草』
『アホは直接すぎて草』
『ケモナーの俺歓喜』
『人外フェチの俺歓喜』
etcetc……。
何言ってんじゃこいつら?
好意的なのはなんとなく雰囲気で分かるが理解できる言葉を使え?
我が隠居している間に日本語も相当変化してしまったのだなあ……。
「例に漏れず少々下品な輩もおりますが、概ねPRは成功と言って良いでしょう! こんなにも沢山の人間に興味を持ってもらえて嬉しいことですね!」
「ヒメうれしーっ!」
「儂もーっ!」
我はもう大人じゃから? ヒメたちみたいに声を大にして喜びはせんけども?
それでも……自分に興味を持ってもらえるってのは気持ちいいもんじゃなあっ!
悪い気はしないぞ、うん!
氷霞も僅かに頬を染めて恥ずかしそうにしながらも嬉しそうじゃ。
……嬉しそうじゃよな?
しかし我らと対照的に善童は頭を抱えて突っ伏してしまっておる。
「ぬおお……あの姿をどんだけの人間に見られたんだあっ……!? ……あっ」
何かに気づいたかのように、ばっと身を起こすと鬼の形相で深鏡に詰め寄った。
そして深鏡の肩をがくがくと揺さぶる。
「おい! あれうちの嫁は見てねえよな!? 」
「さあ〜分かりませんね〜。しかし、ネットの海は何処にでも繋がっていますからね〜。動画を上げた以上見ててもおかしくはありません〜」
「な、なにィ……!?」
ずしゃあと善童が深鏡に縋るように膝から崩れ落ちる。
そこまでショックかの?
だってあやつの嫁が見ていようとあの動画に映っているのは……。
深鏡が善童の耳元で囁いた。
「例え見ていても貴方だとは気付きませんよ。だって貴方はネットの世界じゃ豊満な美女、なんですから」
ぱたり。
深鏡の囁きがトドメとなったのか善童は力無く倒れ込みよった。
別に気にせんでもええと思うがのう。
どーせヒメ達と違って我と善童は普段の姿とは違うんじゃし、誰にも露呈せんじゃろうよ。
我なんて婆アの若造りじゃあ。
肚を決めろよ善童。図太くおらんと長生きできんぞ〜。
寒さで手が震えます……。
評価やブックマークありがとうございます。
数が増えてて少しばかりびっくりしました。
がんばりますよ。




