化け狸と妖怪の未来
深鏡の脅迫……もとい合格発表を受けた我らは会議室と銘打たれた無機質な部屋に連れて来られた。
不合格じゃった奴らはそのまま穴に吸い込まれていったよ……。
黒い手は無しじゃったがな。
部屋の奥の壁にはつるつるとした大きな白い板が備え付けられておる。
その前には木製の長机と金属で作られた簡易な椅子が並べられており、そこに座るよう促された。
全員の着席が確認できたところで深鏡が前に出て白い板にきゅっきゅと何やら書き始める。
あー、あれは黒板みたいなものなのじゃな?
『ミカガミプロジェクト 第一回戦略会議』
深鏡はそう書き終わると我らに向き直って話し始めた。
「えー、皆さん。まずは合格おめでとうございます。ずっとあのテンションのままだと皆さんも疲れるでしょうから、ローでいかせていただきます」
「でたー根暗モード」
「ひめさん……いえ、よしましょう。もう審査は終わったのですから」
ひめが深鏡を茶化すが深鏡は注意をせん。
そーゆー奴は一度ガツンと言っちゃらなあかんぞ。
「皆さんには深鏡コーポレートのバックアップのもと芸能活動に励んでもらうことになります。しかし、芸能と言ってもその種別は多岐に渡ります。まずは皆さんが何をやっていきたいか。それを教えていただけますか」
ひめがいの一番に手をあげる。
はいひめさん、と深鏡が名前を呼ぶとひめは元気に立ち上がって大きく宣言する。
「ヒメはアイドルになるよ!!」
「なるほど。それは宜しい。歌やダンス、それにトークなども含めた総合的な力が必要になりますね。では次どなたか」
長身の雪女がすっと立ち上がり、小さな声で言う。
「私は、喋ることがあまり得意ではないので、モデル、など如何でしょうか」
「それは素晴らしいですね。貴女の美貌ならきっとモデル界の頂点を極められることでしょう」
雪女は僅かに口の端を吊り上げると、そのまま黙って座った。
なんじゃ今の。笑ったんか?
笑いがぎこちなさすぎるじゃろ、表情筋まで凍っとるんじゃなかろうか。
すばん、と立ち上がる際に椅子を倒しながら沼御前の女が胸を張る。
「儂は歌が得意だ!」
「ほう、歌手志望ですか。いいでしょう。貴女の自信に溢れた歌がきっと民衆を魅了するでしょうね」
「ふふん!!……あぎゃああ!!!」
満足そうにして腰を下ろそうとした沼御前じゃったが、そのまま盛大にずっこけた。
うん、こやつあほじゃわ。
「では残りの御二方」
赤鬼は腕を組んで大きな体をきゅっと縮こませながら悩んでおるようじゃ。
そんでば、我から。
「我はぶいちゅうばあになろうかと思っとる。ぬいちゃんと同じ世界にいくのじゃ」
「ふぅむ、Vですか。ひとつの活動に囚われず自由な活動を主とするVは確かに貴女に合っているのかもしれません。では善童さん。貴方はどうですか」
赤鬼はウーム、とひとつ唸って口を開く。
「いや、実に申し訳ねえことなんだが……」
「なにか?」
「正直合格することが俺の目標だったっていうか……さっき鎌鼬の女も言ってたろ? うちの嫁さんがネットにハマっちまってよ。そんで使用料がタダになるって言うから代わりに参加しただけなんだよ。だから、やりたいことって言われても。なあ?」
「ああ、善童さんはファミリープランのご加入でしたね。しかし、ここで辞退してしまうと結局ネット使用料はそのままですよ」
「……そうなんだよなあ。惚れた女のために働くのは男の甲斐性だが、いかんせん芸能って分野には疎くてな。自分が何をできるのか分からねえのさ」
「いいでしょう。そんな方もいらっしゃるだろうと思っていました。善童さんには私から活動の提案をさせて頂きます。後でお話ししましょう」
「いいのか? すまねえな助かるぜ」
なんと。
我の他にも使用料無料に惹かれたもんがおったのかい。
善童とやらはまだ分からんが、奴の嫁さんとは話が合いそうじゃなあ。
「さて、皆さん。時にこの現代社会において妖怪の肩身が狭くなっていると思いませんか」
深鏡が勿体ぶったように切り出す。
まあ、確かにのう。
我は秘境に住んでいるから然程影響はないとは言え、今の世の中で妖怪の肩身は狭い。
聞くところによると河川の開発で河童どもはかなりの数住処を追われたと言うし、我の同族も山崩しで相当な目に遭っておる。
何より我らのことを忘れていっているというのが一番の問題じゃなあ。
妖怪は人に覚えられているからこそ存在できる。
忘れ去られれば行き着く先は消滅の憂き目じゃあ。
「最早我々の居場所は現代にはありません。いずれ妖怪は滅びます」
皆、薄々と感じていたことじゃの。
人に恐れられ、祀られ、時には退治される。
そうやって人と妖怪は関係を保ってきたのじゃ。
それが今では人の力が大きくなりすぎとる。
進歩と言われれば聞こえは良いが、その歩みの遥か後ろに妖怪は置き去られてしまったのじゃなあ。
「ですから我々も進み出すのです。無限の土壌メタバースへと!」
深鏡が急に大声をあげ、ひめと雪女がびくっと驚く。
いや、我も驚いたぞ?
深鏡の大声ではなく、やつの後ろの壁がばっくりと観音開きで開いていったからじゃ。
そしてそこに見える大小様々な金属製の管に繋がれた巨大な『球』。
絶えず白煙を吐き出しながら、ごごごと駆動音を響かせるそれはまるで無機質ながらも生きているかのようじゃった。
「なんだありゃあ! ごっつい機械なのだ!」
沼御前が口をあんぐりと開けてほえーと感嘆しとる。
他の一同も同様らしく言葉もなく口あんぐりじゃなあ。
我?
我は永年を生きる大妖怪じゃぞ。
こんなもの見ても然程驚かんわ……はぇーすっごいでかい。
「皆さん驚かれたようで大変結構! これぞ山ン本五郎左衛門・神野悪五郎の東西魔王の両名の妖力、そして雲外鏡一族の秘奥を用いて造られた、我ら妖怪の未来を明るく照らす光なのです!」
巨大な球を背景に深鏡はまた気が高揚してきたようじゃ。
両手を大きく広げ光を浴びるように天を仰いだ。
「その名も『妖力電脳変換装置』またの名を『ネット世界にはいる君』です!!」
深鏡はびしっと我らを指差す。
「これからの妖怪の居場所は広大なネットの海! しかしながらいきなり大勢を送り込むわけにはいきません! 貴方達はいわば開拓者! 全ての妖怪のより良い未来のため、妖怪の素晴らしさを人間達に示し! 新たな世界を開拓するのですッッッ!!!」
「おー! なんかすごそうなのだ!」
目をきらきら輝かせたあほがよお。
良く言っておるが、ようは開拓地送りの労働人じゃないかよ。
はあ……目先の利益に惑わされてとんでもなく面倒なことに巻き込まれたんじゃないのかのう。
最近は暖かくなってきて、本格的に衣替えの時期でしょうか。
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