化け狸と最終選考-5
「ぬぅ……」
頭が割れるように痛むのぅ……。
まるで三日三晩酒を飲み明かした日の翌日か、もしくは生命を摘み取ることだけを目的とした鈍器で脳天ぶっ叩かれた気分じゃあ。
気を失う直前のことがどうも思い出せん。
我も耄碌したものじゃなあ。
ここは、周りにはひめしかおらんが大広間のようじゃのう。
なんじゃあ? 我はひめから金をせしめてそのまま居眠りでもこいちまったんか。
枕にしていた二つ折りの座布団を元に戻し体を起こすと、ひめがぷくぷくとほっぺた膨らましてむくれておった。何を怒っとるのか。
……ひめを見ると何故か脳天が痛むのは何故じゃろうなあ?
「あー、よく寝たわい。寝起き最悪じゃがなあ」
「……あ、起きた。言っとくけどヒメは悪いことしたとかこれっぽっちも思ってないから! 悪いのはワタちゃんだから!」
「……? おう、それはすまんのう?」
何を言うとるのか分からんが怒っとるやつに言い訳するよりは、何も分からずともとりあえず謝っておくのが上手な世の渡り方じゃからな。
「もーいーよ! 二度としないでね! 今度はこんなもんじゃ済まさないから。この変態」
「……おう」
一体我は何をしたんじゃあ?
覚えとらんからまたやるかもしれんが、話を蒸し返しても仕様がない。
その時はその時じゃな。
ぷん、となおもむくれているひめのほっぺたをつんつんと突っついて遊んでいると、広間の襖が開き深鏡が現れた。
「おや、起きましたか!ならば行きましょう! 皆さんお待ちですよ! さあさあ! 運命の合格発表のお時間がやってきたのです!」
そう言いながら我とひめの手を取って、ぐいぐいと引っ張る。
寝起きに大きな声は響くからやめてほしいんじゃが。頭痛もあるから尚更じゃあ。
あ、待て待て!
まだ金がここに残ったままじゃあ!
誰かに盗まれるかも分からん。
全部は無理じゃが一つ二つ持っていっちゃろ。
手早く札束を小袖の収納に忍ばせる。
そのまま深鏡に連れられるままに、襖の向こうへと行くと、そこには第二選考の通過者が部屋の奥側にずらっと座っておった
……おや、一人足りん気がするが?
そこに座ってください、と言う深鏡の言う通り最前列へ腰を下ろす。
ひめもちょこんと横に座った。つん、とそっぽを向いたままで。
まったくもう、いつまでむくれておるのじゃあ。
深鏡は立ったまま我らに向かい合うようにして姿勢を正した。
「長いようで短かったミカガミプロジェクトの第一回オーディション……ッ! ついに終わりの時がやって参りました……ッ! 」
一言一言を噛み締めるように、握り拳で演説を始めた。
どうも演技臭くて我は好きになれんなあその喋り方。
「合格発表を始めますッッッ!!!!!」
うるせえのじゃあ!!
深鏡の大声で全身がびりびりと震える。
情熱傾けとるのは分かるが、並の婆アだったらびっくりして死んどるぞ!
「名前を呼ばれた方は前にどうぞッ!」
周囲に緊張が走る。我以外。
だって我はお金もらって降参してるし、合格者の祝福でもしてやるだけじゃあ。
出し物でも見る気分で楽しませてもらおうかの。
ところでここお茶とかないんか?
お、思ったら御膳ごと目の前に出てきおった。
ふぅん、玉露のいいところを使っておるじゃないか。
美味いお茶じゃあ。
「まずひとり目! 冷艶清美たる美貌のうちに秘めるは熱き情熱『氷霞』!!」
我の後ろで長身の雪女が立ち上がる。
ぴくりとも表情を変えず冷気を纏わせながら前に出て深鏡の横に立った。
「二人目! 天真爛漫な姿にはわずかな毒が潜みうる『ヒメ』!!」
そりゃ我が降参しとるんだから合格するのは当たり前じゃがな。
我は小声でひめに声をかける。
「ひめ、おめでとさん」
「うん。ありがと」
むくれておったひめも笑顔を見せ、元気に飛び上がって前に進んでいった。
「三人目! 赤き鋼のその身に宿る大いなる可能性『善童』!!」
「あえっ!? 俺かあ!?」
おお!?
三人目はあの赤鬼じゃあ!?
きっと相手を納得させるほど大きな夢があったんじゃろうなあ。
第二選考はどうやって通ったのか未だに謎じゃが。
「四人目! 不遜な態度は剛毅の精神の表れか『龍未』!!」
「ふはは!! まあ、当然なのだ!!!」
ずかずかと大股で前に出る一つ縛りの女。
おい、足が当たったぞ。それに水がぴちゃぴちゃ顔に跳ねたんじゃが。
女は我の不満げな表情を一瞥することなく前に出てえへんと胸を張った。
「そして最後の五人目!」
さあ、誰が最後かのう。
我的には笑とかいうけらけら女と見た。
よく笑う女はみんな好きじゃろお?
「ようやく表舞台に現れた古兵。白雲の化身『綿狸』!!」
ほぉん。
……。
「エッ」
「さあ、前へお進みください!!」
深鏡が手招きして我を催促してくる。
「いや、なんでじゃ! おかしいじゃろう! 我降参したんじゃけどお!?」
「そうだ。終わるまで様子を見てたが、確かにおかしい」
我の後ろでにょろりと尻から鎌状の尻尾を生やした女が立ち上がる。
「ワタシはそこの赤鬼と最終選考に臨んだ。ワタシには鎌鼬一族再興という悲願がある。その足がかりとして人間界に食い込むためにこのオーディションを受けたのだ。それなのにそこの赤鬼は嫁に言われたから参加しただの主体性のないことばかり言う。最後には自分の負けだ、とはっきり負けを認めたではないか!」
びしりと赤鬼を指差しながら指摘した。
指差された赤鬼はしどろもどろと言った様子で弱々しくなりながらも口を開いた。
「た、確かにそうだ。俺は負けを認めた。なんで呼ばれたのか俺も分かんねえんだよ。なあ、深鏡とやらよう。取り違えじゃねえのか?」
「いいえ! 取り違えではございません! 合格者は善童さん、あなたなのです!」
迷いすら感じさせないほどの大声で深鏡は宣言しよった。
しかし、気の強そうな鎌鼬の女が引き下がるわけもなかろうて。
「納得できない! 理由を言え!」
「理由を言う必要性を感じません! 選考基準は秘匿ですから! ……それに、誰が相手を説き伏せた者を合格させると言いました?」
「なっ!?」
んー……?
あ、確かに言うとらんわ。
「説き伏せてください」としか言っとらんな。
いやでも、それは説明不足じゃなかろうか。
形はどうであれ普通一対一で戦えば勝者が栄光を掴むものだと相場が決まっているじゃろう?
鎌鼬の女が怯んだのをいいことに、深鏡は大袈裟な身振り手振りで調子良く捲し立てる。
「勝手に勘違いして突っかかるのはやめて頂けますか? それも……なんですか。自分に都合の悪いことが起こると大声あげて。まるで自分が被害者かのように振る舞うとは。一族の再興とか言ってましたけどもォ! そこに誇りはないのですかァッ! 被害者面して手に入るもので悲願が達成されるとでも思いますかァッッ!?」
最後はわざわざ下から覗き込むような体勢で煽る煽る。
さてはこいつ、わざと勘違いしやすいように説明しよったな。
批難してきたやつをやり込めるくだりがやりたかったとかそんな理由じゃろう。
その証拠に実に生き生きと楽しそうじゃもん。
鎌鼬の女は額に青筋を浮かべて今にも爆発寸前じゃ。
それはそう。仏の寛容さを持つ我でも一発入れんと気が済まなくなりそうじゃもの。
「こ、殺ォスッッ!」
ほら爆発しちゃったじゃんかよ。
我の後ろから跳び上がり、尻尾の鎌を薙刀の如く上段に構えながら、鎌鼬の女は深鏡に特攻する。
「はい、暴力行為は御法度です」
深鏡が気取った仕草で指をぱちんと鳴らすと、畳に黒い穴が空き、その中から現れた無数の黒い手が鎌鼬の女を絡め取って音もなく穴に引き摺り込んだ。
穴は瞬く間に閉じ綺麗な畳に戻る。
ヒエッ……。
第二選考の時のあの穴じゃのお……。
それになんじゃ今の黒い手は……。
呆気に取られる我らを前に深鏡は微塵たりとも余裕な態度を崩さん。
「少しトラブルがありましたが……無事オーディションを終えられて私は嬉しいです。感無量です。輝かしくも祝福されるべきこの佳き日に、これ以上の問題は避けたいものです。さて、綿狸さん。何か言ってましたね?」
眼鏡が怪しくきらりと白く光る。
我は直感しておる。
『下手に口を出せばヤられる』。
さっきの黒い手に全身掴まれて穴の中へれっつらごーじゃのお?
流石の我もあの黒い手には敵う気がせん。
だってあの感じ絶対魔王二人に所縁のあるもんじゃって!
穴の先も地獄とかそんなオチじゃないんかぁ?
「綿狸さん?」
「ご、合格嬉しいなぁ〜、なんてぇ?」
「いや、喜んでもらえて良かったです! 一緒に盛り上げていきましょうッ!」
深鏡は我の手を無理やり取ってぶんぶんと握手しよる。
もう我は乾いた笑いしかよう出て来んわ。
だって、深鏡お前の後ろからさっきの黒い手がちらちら覗いとるんじゃもんよ。
これもう脅迫じゃろうが。
あー、ひめからもらった金で悠々自適にネットらいふを満喫できると思ったのが間違いじゃった。
やはり世の中楽なことはありゃせん。
お天道様はしっかり見とるんじゃなあ……。
「喝采せよッ!! ミカガミプロジェクト始動であるッッッッッ!!!!!」
再びビリビリと震えるほどの大音声。
我は乾いた笑いを漏らし、
ひめははしゃいで我に抱きつき、
それを見た雪女が冷気を放ち、
その直撃を受けた沼御前が凍りつき、
赤鬼がえらいこっちゃと慌てておる。
ここに、オーディションが終了した。のじゃ。
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