化け狸と最終選考-4
世の春じゃのう。
これで我は悠々自適なネットらいふを送れるというわけじゃ。
座布団に座りつつ残っておった茶を口に運びながら悦に浸る。
茶請けは目の前に積まれた札束の山じゃあ。
心なしか茶も高級な味がするような気がするのう!
ああ、帰ったら何をしようか!
まずはぬいちゃんの配信でいの一番に赤い想いをぶつけちゃろう!
「ワタちゃんご満悦?」
「そりゃあそうじゃあ。ひめの夢を邪魔することなく我の願いも叶ったんじゃからの。これが、うぃんうぃんってやつじゃろ? ま、まあ? 金がなくとも最初からひめに勝ちは譲る気だったが? 子供の夢を蔑ろにするのは悪い大人の所業じゃしなあ?」
「あは、取り繕ってるけど金の誘惑に負けただけだよねぇ」
「そ、そんなことは」
「じゃー、お金ぼっしゅー!」
「やめい! 我の未来だぞっ! ……あ」
金の山を回収されそうになってつい手が伸びてしまう。
ひめがにんまりと袖で口元を隠しながら微笑う。
こんガキャアおちょくりよって……!
「ふん! そうじゃそうじゃ! 我は金に目が眩んだ業突く張りの古狸じゃよー! でも、いいじゃろおが! さっきも言ったがうぃんうぃんじゃろお!」
ーーー凍てつく冷気。
『あは、そうだね。……そういう欲に正直なとこキライじゃないよ。ありがとねワタちゃん、勝ちを譲ってくれて』
そう言ってひめはほころぶように微笑む。
……なぜ今そんな顔を見せるんだ。
ずっと小憎らしい顔をしてた方がよっぽど付き合いやすい。
毒気抜かれるじゃないか。
まあ、もう良いか。
全て終わったことだ。
ひめが小癪なクソガキであろうと、素直な愛らしい童女であろうと、これからまた秘境にて隠居生活を送る我には関係のないことだしな……。
と思っておったらひめはいきなり意外なことを言ってきた。
『ねえ、ワタちゃんヒメと友達になってくれる?』
『ん、突然何を言い出すんじゃ?』
ひめの顔からは先程までの微笑みが消え、親に置いて行かれた子供のような不安気な表情が張り付いていた。
なんだよ。
いきなりしおらしくなって。
『ヒメって知ってる人が少ないんだ。だから友達もいないの。……ワタちゃんと喋ってると楽しいから、ここでお別れは、ヤだなって思って』
もにょもにょと小さな声で続ける。
『ヒメが、ついわるいこと言っても、受け止めてくれたワタちゃんなら、友達になってくれるかな……って思ったの』
んー、いやそれ相応にムカついてはいたけども。
『だめかなあ……?』
……そんな濡れた子犬みたいな目で我を見るんじゃない。
なにかひめの思うがままに転がされてるような気がしないでもないが、別に断ることでもない。
なんだかんだ久々に大声出して騒いで楽しかったのは、紛れもない事実だし。
……惚れた弱みってやつかもしれないな。
『ばかなこと言いよって』
『……あは、そうだよね……ちょっと浮かれちゃったかな』
『もう友達じゃろ』
『へっ』
『そんなこと言わなくても、もう我は友達じゃと思っとったんじゃがなあ。ひめは違ったのかあ、悲しいなあ我〜』
『いいのっ!?』
『何度も言わすなばかたれい』
『あはっ! ワタちゃんだーいすき!』
『ふんっ、我はぜーんぜん好きじゃないけどなあ!』
そう言って抱き合う2人の顔は自然と綻んだ。
互いの温もりを感じ、運命の出会いに感謝した。
オーディションのお陰で出会った2人は、オーディションのせいで道を分たれた。
だが決してこれが終わりではない。
2人の物語は今ここに始まったのだ。
例え道を違え物語が止まろうとも、固く紡いだ絆はそう容易くは解けない。
きっと、きっといつか。
彼女たちの道が再び交わる時が来るのだろう。
ーーーその時までは、この物語の本を大切にしまっておくことにしよう。
「……しまっておくことにしよう。へへっ、へへへへ……」
背後より迸る冷気。
尻尾の毛が逆立つ。何度目じゃあ?
後ろを見ると、ブツブツと何やら恍惚そうな顔して呟いておる雪女。
ま た お 前 か ! ?
その視線は我とひめにねっとりと注がれとる。
我は野生時代もあるから詳しいんじゃが、あれ猟師が山で獲物を見つけた時と同じ光じゃあ。
……もしや、我の札束を狙ってるのではあるまいな!?
「ひめよ、金を隠せ。あの雪女絶対狙っとるぞ。ありゃ捕食者の目じゃあ」
「えー? 狙ってるのはお金かなあ? ワタちゃんなんかしたんでしょ? 殺されてくれば〜」
「アホか! 凍死は下手に体が保存されるから復活するのが物凄い大変なんじゃぞ!」
「凍死したことあるんだ、怖ぁ……」
あるわい。
冬の山を舐めんなよ。
あまりに寒いのが続くとのう?
寒いの通り越してむしろ暑くなってくるんじゃ。
そんでヒャッホイ雪に飛び込んでそのまま動けなくなってお陀仏じゃあ。
春の雪解けと共に意識は戻ったが、暫くは関節ばっきばきで動きにくくて難儀したもんじゃ。
ところで。
「ひめ。なんか暑くなってきたのう。この着物脱ごう!」
暑くなってきたから着物を脱ぐ。
獣の体じゃ毛皮は脱げんからのう。
こういう時人間の体は便利じゃあ。
胸元をガバリと開けてあたりの冷気を浴びる。
「ひょ〜気持ちええのう〜!」
「ちょちょちょ、ちょっとなにやってんのワタちゃーん!」
ひめが体当たりをぶちかますかのように、我に突進してきよった。
「オンナノコがそんなはしたないことしちゃダメでしょーっ! クソビッチなのーっ!?」
何を言うとるんじゃ。
暑かったら服を脱ぐ。そんなの理由も要らんではないか。
あと、横文字使うなっつってんじゃろがい。
あ、さてはひめもこの暑さで頭が茹ってしまったか?
仕方ないのう、世話が焼けるやつじゃあ。
「ひめも暑いんじゃろう。ほれ、脱いだら涼しくなるぞ〜」
まず我の神速の早業でひめの帯を解きます。
襟を両手で掴んで大きく広げれば、そこには襦袢姿のひめちゃんが!
……襦袢? 我の知ってる襦袢とは全然形が違うのう。
桜色の飾り布で胸と股間を隠しているだけでないかい。
いや、まあ、とにかく?
うむうむ、これで多少は涼しくなっちゃろう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
ほーら、やっぱり暑かったんじゃないかよ。
顔をそんなに真っ赤にして、まるで赤鬼じゃあな!
「……んじゃえ」
「ん、なんじゃって?」
耳が遠くなったかのう。
して、ひめよ。
その手に持っている棒の先端に棘付きの巨大な鉄球がついている鈍器はどこから出したのじゃあ?
そして、何故ゆっくりと振り上げているのじゃあ?
「ばかあああああ! 死んじゃえええええええええええええ!!!!!」
「ほぎゅぅっ!」
眼前へと迫ってくる凶器が我の頭にめり込んだ。
後ろに倒れ込んだ視線の先で、雪女が鼻血を流しながら親指を立ててぶっ倒れているのが見えた。
「もーーーーーーーーーッッ!! 信じらんないよーーーーーーーッッッ!!!!!」
無情の二撃目。
我は意識を手放した。
なんと感想いただきました。
見てくれている方からの言葉は何より嬉しい。
ブックマークや評価も徐々にですが頂けるようになって感無量といったところです。
引き続きがんばっぺな。




