化け狸と最終選考-3
「ふーん……あっそ。ワタちゃんってば恩知らずだなあ。ヒメがいなきゃ二次選考で落ちてたっていうのに」
「んぐ。それはそうかもしれんが! じゃからと言って我がお前の犠牲になる必要が何処にある!」
「ワタちゃんは若者の未来を潰そうって思うの? 幼気な少女の淡い夢を散らしちゃうなんて外道のすることだとヒメは思うなあ」
「どっちが外道じゃあ。我の良心に付け込みよってからに。それに若者じゃって言うんだったら、少しは敬老の精神を持たんか。こちとら老い先短いんじゃから快適な余生を送らせい!」
「アハハ! 老い先短いんだったら早いとこ死んじゃったらイイんじゃないのー? それともヒメがここで華々しく散らせてあげちゃおっか?」
「あっ! 深鏡ィ! こやつ暴力的に我を脅迫しておる! 違反じゃあ違反ン!!」
ばっと深鏡を見るが、我関せずと知らん顔じゃ。
それにしてもひめ、もといクソガキめが。
本性現しよって。今までの童女然とした喋り方も作り物かい。
こやつ、今分かったが相当な妖力を溜め込んどる。
ただの童女ではない。間違いなく一角の妖怪じゃのう。
「そこまで拒否するんだったら、ワタちゃんはさぞや大層な夢をお持ちなんだよねえ。聞かせてよ」
ひめは我を試すようににやつきながら言う。
よし、いいじゃろう。
耳かっぽじってとくと聞くが良い。
「ひめよ、お主は『狐宮しらぬい』を知っておるか……?」
「……誰それぇ」
「ふん、知らぬとは可哀想な奴めが。あの可憐で魅力的な頑張り屋さんを知らぬとは愚かにも程があろう」
我は襟を正す。
ぬいちゃんの魅力をこやつに語らねばなるまい。
「いいか、狐宮しらぬいは通称ぬいちゃんと呼ばれるこの世で一番可愛くも愉快なぶいちゅうばあじゃあ! 普段はげーむ配信をしておるのだが、決して上手ではないその腕で難関にもめげずに取り組んでいく。その姿に視聴者は微笑ましさと勇気をもらうのじゃ。ぬいちゃんがいることで一体どれだけの人間が救われたのかは我の想像では追いつかん。そして、ここにいる綿狸も同様じゃ。婆アの退屈な枯れかけた生活に改めて潤いを与えてくれたのが他ならぬぬいちゃんじゃあ! 我はぬいちゃんなしでの生活など、もう考えられん! 一度覚えた甘い味は忘れ難いのが知性ある妖怪の性というものなのじゃ。我はこのネットらいふを守るべく、そしてぬいちゃんに投げ銭をするためにこのおーでぃしょんに参加したのじゃあああ!!」
ひめは呆気に取られたように目をまんまるくしておる。
そして、額をおさえてかぶりを振る。
なんじゃなんじゃ、眉間に皺など寄せおって。
可愛い顔が台無しじゃぞ?
「えーっと……言葉を選ばずに言うけど、要はお金が欲しいってこと?」
「……簡潔に言えばそうじゃな」
「ヒメ、お金持ってるよ」
「えっ」
「これでも案外お金持ちなんだー。ネット使用料とかハイパーチャットくらいならお小遣いとしてワタちゃんにあげるけど? それじゃダメなの?」
そう言って小首を傾げるひめ。
「えっ、いいのじゃ?」
あれっ?
ひめがお金くれるってんなら、我このオーディションに固執する必要ないな?
でも、いやいや……このクソガキは我を誑かそうとしてるのやも知れん。
引き退らせておいてから「嘘でした」なんていかにも言い出しそうじゃ。
「いかんいかん……そう言って我を騙す気じゃろお! お前の魂胆はバレとるんじゃぞ、ひめ!」
「はいっ」
ひめが袖の下から何やら長方形のものを取り出しこちらに放る。
こ、これは……っ!?
パサッと乾いた音で我の手に収まったのは、ネットで見た紛れもない1万円札じゃった!
それも1枚じゃなく、束になるくらい分厚い。
何枚じゃ、これ……。
我が札の枚数を数えているとひめが勝ち誇ったように言う。
「一束百枚。しめて百万円なーり!」
「百ぅ!? 」
確か、雲外フォン事務局からの催促が1万円……。
ひと月ごとに請求が来よるから、一年で12万円……。
するってえとなにかえ!?
この札束だけで8年ちょっとくらいネットが使えると!?
「降参してくれたらその札束毎月一つずつ送ってあげるよぅ?」
しかも毎月じゃとお!
ネットの料金だけじゃない。
思う存分ぬいちゃんに投げ銭できるではないか!
あの赤くて長文で想いを伝えられる投げ銭もできる!
ぬいちゃんに我の思いの丈をしこたまぶつけてやれるのう!!
「もしかして足りないの? まだ出せるよー! そぉーれ、じゃんじゃん!」
そう言いながら我の目の前に出来上がっていく札束の山。
ああ、あれだけ有れば我が死ぬまで金には困らんのじゃないのかなあ?
「ねえ、ワタちゃん。これでもまだ諦めてくれないかなあ?」
札束の山の向こうから、ひめが可愛く上目遣いで覗いてくる。
……。
まったく、ひめよぉ。
我を舐めてもらっては困るぞぉ〜。
我は由緒正しき四国生まれの化け狸。
金を積まれたくらいで意志が揺らぐほど、軟弱な精神はしておらんわ〜。
……だけども?
うんうん。わ、若者の夢は勧奨すべきことじゃものなあ〜?
我の意志を曲げてでも未来の妖怪界を背負う人財を育てるべきじゃものなあ〜?
うん、これは金の誘惑に負けたわけではないのじゃな。
豊かな未来に臨むための投資というものなのじゃ。
…………なんじゃあ、その目はぁ。
「ね。お願いワタちゃん♪」
ふん。
ひめよ、そんなに媚びた目つきで我を見てももう答えは決まってるのじゃぞ。
我がお前にぶつける返答はこうじゃあああ!!
「降参しまァす!!」
我は晴れ渡るような笑顔で大きく宣言したのじゃった。
オーディション編もそろそろ終わりじゃ。
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ガルバンゾ




