化け狸と最終選考-2
「な、何を言っとるんじゃ……?」
鈴が鳴るようなころころとした声で告げられたそれを即時に理解することが出来なかった。
目の前にいる幼くも可愛らしいこの童女が、左様に残酷なことも言うものか。
だが我の淡い想いは続く言葉によって打ち砕かれたのじゃ。
「だからぁヒメが合格するためにワタちゃんにはここで諦めてほしいの」
「何故じゃ、何故そんな事を言う。一緒に頑張ってきたではないか、ひめよ」
そうじゃあ。
一次選考では我が吊り天井からひめを守り、二次選考ではひめの熱血指導で可愛らしい変化をすることができた。
成り行きとはいえど協力してきたではないか。
「ワタちゃんには感謝してるんだよ? 一次選考のあれぐらい別に平気だけど、いきなりだったからチョットは怪我しちゃってたカモね。ヒメちゃんの玉のお肌にキズがついたらイチダイジだしー。ふふふ、二次選考ではワタちゃんのこと可愛くしてあげたよねえ。お人形遊びは楽しいねえ?」
クスクスと袖で口元を隠して微笑う。
その姿は今まで感じていた童女の愛らしさとは異なり、老獪な艶女の如き妖しさよ。
「ねえ、ワタちゃん。ヒメには夢があるの」
ひめは笑みを深めて、更ににいっと口の端を吊り上げた。
目にはぎらぎらとした光が、まるで炎のように揺らめいとる。
「―――ヒメはアイドルになる。熱狂した人間達の前で、歌って舞って、この身に意味があることを示すの。忘れ去られたこの身に、人間達からの喝采をシャワーのように浴びたいの。人妖全てがヒメのことを知って、称賛して賛美して礼賛して、もう誰も忘れることが出来ないくらいの絶対的なアイドルに―――」
ひめは我の顔に触れんばかりに自身の顔を近づけてきよった。
がしりと両の手で顔を固定され、ひめの視線を真っ向に受ける形となる。
目の奥に揺らめいて渦巻く情熱の炎が我の網膜を焼いた。
「―――ヒメはなるの。ワタちゃんは優しいから、ヒメの夢を応援してくれるよねえ?」
正直、呑まれたのう。
齢数百を重ねるこの身が、年端も行かぬ童女相手に。
ひめに見つめられながら、自身のこれからについて考える。
そもそもが、ひめのような大それた夢を持ってここに来たわけではない。
ネット使用料無料の文句に惑わされ、のこのこやってきてしまっただけじゃし。
ここは若者の未来を祝福するのが年寄りの役目ではないのか?
いつまでも爺婆が幅を利かせておっては、世の中堅苦しくなる一方じゃもんなあ。
我が諦めたところで、ネットの無い生活に戻るだけ。
変化のない穏やかな隠居生活に戻るだけじゃあ。
……戻るだけじゃあ。
……。
ネットのない生活に戻る……?
待て待て、それって今の我に耐えられるのか?
一度贅沢を知ってしまったが故に、以前の生活へ戻るにはそれ相応の苦痛を要するじゃろう。
しかもよく考えてみろ。
もう二度とぬいちゃんに会えなくなってしまうのかもしれんのじゃ。
ここで諦めることは、今生の別れを意味するかもしれんのじゃぞ。
それはぬいちゃんへの裏切りではないか?
『がんばって』とか『かわいい』とか『応援してます』なんてこめんとも突如として薄っぺらい意味のないものになってはしまわんか?
頭の中でぬいちゃんが我に語りかける。
「こんみやぁ! 綿狸さんのワタシへの想いはその程度だったんだね! ガッカリしちゃった! それじゃあ、おつみやぁ~」
ああ、ぬいちゃんよ、我に手を振ってくれるのは嬉しいが、行かんでくれぇ!
我は裏切ったわけじゃないんじゃあ!
クソガキが我を誑かそうとしてきとるだけじゃあ!
まだ屈してはおらん!
よし、冷静になるのじゃ……。
確かにひめの夢とやらは立派なもの。
あいどる、とかはよく分からんが要は有名になりたいってことじゃろう。
その一方で我の夢?はネット生活謳歌のための人間の金集めじゃ。
ひいてはぬいちゃんへの投げ銭ともなる。
……うむ?
なんじゃ、低俗じゃとでも言いたいんかあ?
何を阿呆な。
いいか、物事には価値観というものがあるんじゃ。
そしてその価値観は人それぞれ、妖それぞれ。
そこらの石くれを見て無価値と断ずるものもいれば、有り難やと宝のごとく扱うものもいるじゃろう。
我の夢は金を稼ぐこと。
この夢はひめの夢と比較して、見劣りするものでは決して無い!……と思うのじゃたぶん。
だから、ひめよ。
我はこうお前に返そう。
「舐めるなよクソガキ。お前こそ我の夢の犠牲になれい」
ひめは心底嫌そうな顔で我を睨んだ。
***
(えっ、嘘。今、チューしてるよね。接吻だよね接吻!)
私の推しが!
いきなり急接近して顔を近づけて……!
ウグゥゥゥゥゥ…………!
ちょっとまって……まってください。
いきなりの過剰供給は心の臓によろしくないのだ。
はぁ、もう、顔が火照ってしまう……。
冷気……冷気で冷やさないと……。
(ああ、もう、いきなりはやめて……火照って溶けちゃうから……女の子同士の、初めて、見た……)
妖気を冷気に変換して体を冷やす。
頭が冷えていき思考がすぅっと透き通る。
(この選考はなんと残酷な運命を少女たちに与えたのか。苦難をともにして絆を育んだというのに、どちらか一方しか生き残れないなんて。―――ハッ、そうか。あれは別れの接吻だったのか! なんと悲しくもいじらしい! 別れが決定づけられているのが分かりながらも、気持ちを行動に移さずにはいられなかったのだな! 儚い! 儚い淡い少女たちの恋心!)
もう! 顔が熱い!
もっと冷やさないと……。
更に冷気を放出する。
少女たちの若く初々しい情熱が私の身体を溶かそうとしてくるのだ。
ああ、はしたない……どんどん身体が熱くなってきてしまう。
もっと、もっと、もっと冷気を出さないと……。
「もう降参するにゃあああああああああ!!!」
「えっ」
いきなり目の前に座っていた猫又がこちらに向かって土下座をしてくる。
「なんなのにゃアンタは! 無言で睨まれるの怖いんだにゃあ! それにその目つき絶対大量に人をヤッてる目にゃ、うちはまだ死にとうないんにゃあああああああああああああ!!!」
そう言うと猫又は俊敏な動きで広間から出ていってしまった。
相手がいなくなったが……これで私の選考は終わりだろうか。
なにはともあれ。
推しを愛でる時間が増えたことは望外の幸せであることは間違いない。
好きなvtuberは花畑チャイカさんです。
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ガンバルゾ。




