化け狸と最終選考-1
冷えた身体に凍える吐息。
私の有り様はあまりにも冷酷だ。
雪女たる私、氷霞の生は産まれながらにして凍てついている。
なによりも人からの愛を欲するくせに、その相手を氷漬けにして温もりすら奪ってしまう。
現代の雪女は行動的だ。
雪山の奥で遭難者を待ち構えるなんてことはしない。
夏は隠れ里の氷室で避暑生活を送るが、冬になればウィンタースポーツ盛んなスノーリゾートへ繰り出していく。
姉様たちはこぞって気に入った男を捕まえては氷漬けにしてコレクションしていた。
さながら戦利品をショーケースに入れるが如く。
私は……姉様たちに倣うことは出来なかった。
触れれば凍らせてしまうことにも気が引けたし、そもそも何を好んで自分の捕まえた男を自慢し合っているのだろう。
愛って見せびらかすものなの?
何か違う気がする。
うちに篭めた愛情は人一倍なのに、それをぶつける先がない。
やがて何も考えないようになった。
そんな折、私たちの隠れ里に細面の糸目の男が現れた。
私の運命を変える『雲外フォン』を手にして。
里の長たる山神様の古くからの知己であるというその男は盛大に歓待された。
里中の妖怪たちが集まり、豪華絢爛の宴が催された。
もとより隠れ里であるから、客人は少ないのだ(姉様たちのコレクションは除く)。
宴を催すにはいい機会だ……とは姉様たちの言。
案の定姉様たちはぎらぎらと目を光らせて獲物を狙っていたようだけど、山神様に一睨みされるとぴゅう、と蜘蛛の子散らすように逃げていった。
そこからがよく分からない。
その男は、宴が終わると何故か私の氷室へやってきたのだ。
山神様から何を聞いたか分からないが、姉様たちの所ではなく私の元に。
「あんたに今必要なものがこの中にあるぜ」
そう言い残して雲外フォンを置いていった。
雪女は人間界に気軽に出かけていることもあって、比較的人間文化には聡いつもりだ。
私もたまに服を買いに行く。
ただ、人混みが苦手なので長居はしないけれど。
半信半疑で雲外フォンをいじっていた私だったが……。
うん、どハマり申し上げましたねコレは。
人間界の映像作品を楽しめる『NetFreaks』。
その中でもあにめーしょんというものに特に心惹かれてしまったのだ。
私のお勧めは女の子たちがひたすら仲良くしている日常ものだ。
この里で一番の年下である私にとって、自分より下の女の子が触れ合って仲良くしている姿を見るのは新鮮であり、憧れの対象だった。
私も同年代の人間たちと触れ合って仲良くしたい……と思っていたのも最初のうちで、今は見守っているだけで幸せを感じる。
大体よく考えてみれば、仲良くしている子たちの間に挟まろうとするのはこの上ない罪ではないか?
私みたいなデカくて可愛くない雪女があそこに入っていったら、全てがぶち壊しだ。ありえない。
私の鬱屈した愛は可愛い女の子たちの触れ合いを見守るためにあるのだと確信した。
なんでも百合、とかいうのだとか。百合はとても素晴らしいものだ。
しかし夢の時間は長く続かない。
雲外フォン事務局からの試用期間終了通知だ。
外貨獲得の手段のない私は、事務局からのメールに飛びつく他ないのであった(しかもNetFreaksは通信費とは別にお金がかかるらしい。聞いてない……)。
不本意ながら参加したオーディションだったが、私はそこで運命の出会いをした。
おかっぱの天真爛漫な少女と、その少し年上くらいで古めかしい言葉遣いのふわふわ髪の少女。
にこにこいちゃいちゃして百合っ百合な姿を私に見せつけてきやがったのだ。
自分の鼻から情熱が溢れそうになるのを我慢できた私はとてもえらいと思う。
今まで画面越しで見ていたものが目の前で繰り広げられているのだ。
我慢できたのは私の永久凍土のような強固な精神があってこそなのだ!
***
最終選考の内容が告げられたあと、我はひめと向かい合っておった。
しかし、ひめの顔を見てはいるがその一方で背中にビシビシと強烈な妖気をぶつけられておる。
「の、のう、ひめ……あの氷霞とかいう雪女、また我らを見とらんか……?」
「ん? うわ、すごい目がぎんぎんだよ。こわぁ」
「なにかしたかぁ我ぇ……?」
「しらなーい。それよりワタちゃんさいしゅーせんこーはもう始まってるんだから、ちゃんとこっち見てよぉー!」
む。
確かにそうじゃ。
『最終選考・不壊金剛』
勿体ぶって深鏡が告げた最終選考の内容はこうじゃ。
「何かを成すためには、揺るがない意志が不可欠です! 誰に何を言われようが、揺るがぬ絶対的な意志が! 今からどなたとでも構いません、二人組を作ってください! 方法は一任します! 自分の夢を叶えるために相手を説き伏せるのです! ですが、何度でも言いますがくれぐれも暴力的な手段は用いないように! 時間は1時間としましょうか! それでは始めェィ!!!」
何処から鳴ったのかどどんと大太鼓の音。
我はひめに手を引かれるままに二人組となったのじゃった。
うーむ、しかし。
これはひめと組んだのは愚策だったのではないか?
要は自分が合格するために相手を諦めさせろってことじゃろおが。
ここまで連れ立ってきた情もある。
出来れば共に合格したいものなのじゃが。
今からでも別の相手を探した方がお互いのためじゃよな。
「ひめよ、別の相手を探そう」
そう言った時のひめの顔をこれからも忘れることはできないじゃろおなあ。
ひめは喜色満面といった調子で、目を糸のように細く口の端を大きく吊り上げて微笑った。
「だめだよ、ワタちゃん。いっしょにやろうよ」
目の奥はとろりと淀み、鈍い光を反射して我を見つめている。
「ねえ、ヒメおねがいがあるんだぁ」
我の尻尾の毛が逆立つ。
時間が停滞したかのようにひめの雰囲気に呑まれた。
ひめの口がゆっくりと動き、言葉を紡ぐ。
「ヒメのために犠牲になってよ」
ーーーひめが、本性を現した。
ちょっと忙しくて更新できなくてスミマセン。
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がんばるぞ




