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存在論

作者: tori

 「あなたの言葉は全て嘘になるのよ。」

 彼女が触れるようなキスと共に、そう口にした時、彼女の言葉は真実になった。


 いつ、どうやって出会ったのか。

 彼女の話になると必ず放たれる質問だが、僕はそれに答えられた事はない。

 誰も信じない様な、自分でさえ未だに信じられないような、でも、考えようによってはありふれた出会い。

 出会う事は奇跡なのかもしれないけれど、それよりも、もう、紡いできた時間の方が僕には大切に思えるから。

 始まりの事や明日の事より、今日の事を話したいと、そう思っていたから。

 

 淡い間接照明の色で、オレンジに染まるベッドに寝そべる彼女を眺め、無理な出会いを求めて四苦八苦する友達の話を思い出して居ると、彼女はゆっくりと身体を起こし、窓際で煙草を燻らせている僕の側に寄ってきた。

 「あなたの考えてる事って、私にはみんなわかるのよ?」

 白い肌もライトに照らされ、暖色に染まり、影を造る。

 煙草を消した僕の膝の上に、当たり前の様に彼女が座る。長い黒髪が僕の肩にかかり、心地よいくすぐったさを感じる。

 「でもね、当然なんてないの。全ての偶然がある日必然になるように。」

 そっと、頬をすり寄せる様に近づく陰影をつくる唇。

 「だからね、今から」

 そっと触れる、冷たい唇

 「この唇から出るあなたの言葉は、全て嘘になるの」

 その言葉の意味を考えず、僕はもう一度彼女を抱き寄せた。

 

 

 最初は、あまり気にしていなかった。むしろ、便利だとさえ思った。

 

 朝起きた時、眠たいと言った。

 眠気がどこかに飛んでいった。

 腹が減ったとつぶやいた。

 空腹を忘れた。

 

 彼女のする事に、今更驚きを感じるには、それに慣れすぎていたのかもしれない。

 

 課題が間に合いそうにないんだ、という話をしたら、思っていたより簡単に終わった。

 明日の試合、うちの負けだろって話をしたら、快勝した。

 あの二人近い内に別れるってうわさ話をしたら、突然仲直りした。

 

 徐々に不便を感じ始めた。

 

 明日は晴れだね、と言えば、雨が降った。

 このケーキ美味いね、と言った瞬間にそれを不味く感じた。

 忙しいと言った次の日に、全ての予定がキャンセルされ、バイトも首になった。

 

 そして、恐怖する。

 

 大丈夫だろ。そう言って見送った友人と次に会った時、彼は病院のベッドの上で居た。

 痛い。ナイフで切ったはずの指を見ると、傷は消えていた。

 嫌いだ。奴の話をもっと聞きたくなった。

 かわいいね。すり寄ってくる野良猫を蹴り飛ばしたくなった。

 

 

 何が僕にとっての本当だったのだろうか?

 何が僕にとっての本当なのだろうか?

 口に出す言葉は全て嘘になる。それは彼女がそうしたから?本当に?

 僕は、本当はどう思っていたの? どうしたかったの?

 ・・・みんな、本当はどう思っているの・・?

 

 言葉を交わす事ができない。ひとりつぶやく事すらできない。

 僕の外に僕の思いを出してしまうと、何が本当なのかわからなくなってしまう。

 もし、昔の話をしたら、それはどうなってしまうのだろう?

 そもそもそれは、本当にあった事だったのだろうか・・・?

 僕が、そう記憶しているからそれがあったと思うだけで、僕が認識しているから、この世界があると思っているだけで。だったら、それすら最初から嘘だったとしても・・。

 僕がそう思っているから、僕は彼女が大切なだけで。彼女が僕を大切に思ってくれていると信じているから、そう見えるだけで。僕が彼女を認識しているから、彼女がここに居るだけで・・・。

 

 寂しくなり、つぶやいてしまう。「抱きしめたい」と。

 ・・・そう。

 彼女に触れると言うことが汚らわしい行為の様に思い始めた。

 寂しさを紛らわせる様に抱き合い、求め合い、快楽に溺れていくためだけに彼女と居るように思え、それが罪であるかの様に思えた。

 今、自分の恐怖をまぎらわせるために、彼女を求めたのが汚らしく思えた。

 彼女を求めていた自分の全てが、嘘臭く感じた。

 好きだって。大切だって。一緒に居て欲しいって。全て自分の為だけに。

 そんな思いが嘘だったのじゃないか。自分勝手な、嘘の思い。

 口に出して、一つ一つ自分で確かめないと思い続けられないような嘘。

 

 

 言葉を無くした僕の膝の上に、彼女が当然の様に座る。

 今、僕は彼女を抱きしめたいと思わない。

 「あなたにとっての当たり前って何だった?」

 白い手が優しく僕の頬に触れようとする。

 思わず、いやだ、と言った途端、その手が恋しくなる。抱きしめられたくなる。

 「だから、何も言わないで。抱きしめてくれたら、それでいいの」

 無理だとつぶやいた次の刹那に、彼女を抱きしめる。

 「ずっと一緒なのは、言葉にしなくても信じているから。言葉じゃないから、信じられるから」

 声を出さずに頷き、彼女の頬にキスができる。

 「このぬくもりは、きっと嘘じゃないから」

 

 

 小さな窓の横で煙草を燻らせながら、注意深く言葉を選んで、彼女に聞いた。

 「治してくれないのか?」

 「・・・馬鹿ね」

 くすり、と笑いながら彼女が答える。

 「だって、このままじゃ不便だぞ?」

 「ほんと、馬鹿だわ。あなた」

 言いながら、このままでもそんなに問題が無いような気がしてくる。

 「じゃぁ、こう言ってみて。」

 いたずらがばれた子供の瞳で、彼女は言葉を続ける。

 

 「『僕は嘘つきだ』って」

 

 

 

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