第一話
こちらから本編となります。
風が流れている。西から東への心地良い風だ。こんな日には大樹の陰で昼寝をするに限る。特製の枕を持参して、丘の上にある巨木の木陰に寝転がる。すると、すぐに睡魔が襲ってきた。
どれくらい時間が経ったのだろうか。目が覚めると夕陽が輝いていた。それが良い塩梅にまた眠気を誘ってきた。もう一度寝ようと、寝返りを打ち目を瞑ると額に何かの衝撃を受けた。目を開けると目の前に1人の少年が立っていた。
「アイラ。そろそろ飯だ。帰るぞ」
「キール、痛い。あざになったらどうするの?」
起き上がり、軽く睨みつける。私がキールと呼んだこの少年は、3ヶ月前に起きた「人界防衛戦」を一緒に戦い抜いた戦友だ。
「そんなのであざになる訳ないだろ。神創人さん」
キールが神創人と呼んだ私は、神によって創られた人間。役割は世界の調停。均衡を保つために遣わされている。
何か癪に障ったので「中級炎風魔法」をキールに向かって放つ。 それをキールは虫でも払うかのように振り払った。やはり私は対人戦闘には向いていないな。力の八割も出せない。まぁ、それが制約なんだけど。
立ち上がり、枕を脇に抱える。
「今日のご飯は何かしら?」
歩き出し振り返らずに尋ねる。それに対しキールは気にしていないかのように応えた。
「今日はオーク肉の煮込みだな。あと、川で釣れた魚。ここら辺は狩りの時獲物に困らなくて良いな。永住したいくらいだ」
キールの意見には賛成だ。人界防衛戦以降、魔物からの被害報告は帝国から届いていない。あの時に人界にいる魔物はほとんどを倒しきったのだろう。平和なのは良い事だ。でもオーク肉か。あまり好きじゃないんだよな。
いろいろな事を考えながら家を目指していると村の入り口に帝国の鎧を着た兵隊がいるのが見えた。
「キール。あれって帝国の騎士よね。村の前にいるの」
指を差しキールに確認させる。キールはそれを見て肯定した。
「帝国の、しかも騎士団長と副団長みたいだな。穏やかじゃなさそうだ」
キールの憶測に怠さを感じる。騎士団長が出てくるなんて、絶対平和的なことじゃないだろう。まだ休暇中だというのに。怠くなりながらも村に向かって歩く。顔がわかるくらいの距離まで来て、やっぱり騎士団長達であることがわかった。
「久しぶりね。団長さん、副団長さん。何か用?」
後ろから声をかけると彼らは振り返り、拳を胸に当てる。帝国の敬礼らしい。
「ご無沙汰しております。アイラ殿にキール殿」
帝国の紋章が入った剣を腰に携え、白銀で作られた鎧を身に纏った男は騎士団長というのに相応しかった。
「前置きはいいから本題に入って。こっちはまだ休暇中なんだから」
「はっ!失礼いたしました」
騎士団長は再び敬礼をした。
「星の胎動が始まりました。そして、大予言者パーラ様が星雲の消滅を予言されました。」
その言葉に耳を疑った。
「星の胎動だって⁉︎」
キールが声に出して確認する。星の胎動はこの星に古くから伝わる魔王復活の予兆である。そして星雲の消滅は神が創った世界の一つが消滅することを意味する。
「つきましては王都までご足労願います」
その言葉にげんなりする。もしかしなくても休暇終了か。まだ1ヶ月経ってないのに。
「王都に行くのはいいけど、私たちに歩いて行かせるつもり?ここからだと5日はかかるのだけど」
国王と親しい仲である私達に歩けというのは中々に失礼にあたるのではないだろうか。
「その点については問題ありません。転移陣を組み込んだ魔石を用意致しました。謁見の間に座標を固定してありますので、すぐにでも行くことが可能です」
そう言って副団長が掌大の真っ白い魔石を渡してきた。転移陣か。数少ない解読された古代魔法の一つだな。
「分かったわ。でも、私たちはこれから晩ご飯を食べるところだったの。向かうのは明日の昼前でもいいかしら?」
魔石を受け取り交渉する。
「構いません。元々貴殿らは休暇中。我々に強要する権利はありませんので」
そう言うと騎士団長はまた敬礼をした。敬礼好きだな、こいつ。
「では、我々はこれで失礼します」
それから騎士団長達は少し離れ、自分達用に持っていた転移陣付きの魔石を使い帰っていった。
「さて、キール。どうする?」
振り返り、キールに問いかける。
「どうするって言ったって、星の胎動が始まって、星雲の消滅まで予言されたんじゃ、行くしかないだろ」
いつになく真剣な表情と声音で言ってくる。
あーあ、休暇中だったのになぁ。
家に向かう足取りはとても怠かった。
翌日――
窓から差し込む日差しで目が覚める。外からは子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。
まだ朝早いのに元気だなぁ。
起き上がり、箪笥を開けて今日の服を選ぶ。その途中で机の横に大きな旅行バッグが目に入った。そうか、今日から王都に帰るんだった。どうりで服が一着ずつしか無いわけだ。
残っていた服に着替え、さっきまで着ていた服を違う鞄に入れる。鏡の前に立ち寝癖かないか確認する。数百年と付き合ってきたアホ毛以外には寝癖は見あたらなかった。
部屋から出て、階段を降り居間に向かう。するといつものようにテーブルには朝食が用意されていた。
「おっ、やっと起きたか、アイラ。もう昼近いぞ。王都に行くんだから早く準備してくれ」
そう言われて時計を見ると針が真ん中に近かった。
なるほど、だから子供の声が聞こえてきたのか。合点がいき頭の中で手を打った。
席に着き朝食を食べ始める。
「今日は極東風にしてみたんだが、どうだ?」
極東風。言われてみれば今日の朝食は、白い穀物を炊いたものに、味噌と呼ばれる発酵食材を溶かしたスープ、そして魚を開いて干物にしたものだった。
「私は嫌いじゃないわ。もう少し味濃い方が好きだけど」
極東の食事はどうにも薄味で淡白なものが多い。美味しいけれど。
他愛ない話をしながら食べ進め、十分ほどで食べ終える。洗面所に行き、歯を磨く。居間に戻るとキールは荷物をまとめ終え、出発を待っている状態だった。
「早くしろよ。王様待ってるぞ」
急かされて、渋々荷物を取りに二階に向かう。旅行バッグと肩掛けの鞄、それと得物である剣を持ち一階に戻る。
玄関を開け外に出るとキールは集まってきていた村の住民たちに挨拶をしていた。この村の人たちにはお世話になったし、挨拶は礼儀だろうな。小走りでキールの隣に行き、挨拶に混ざる。数分で全員との挨拶が終わり、村を出た。
「ここら辺でいいか」
そう言ってキールは魔石を取り出した。そして魔力を込め砕いた。すると魔法陣が現れ私たちは光に包まれた。眩しくて目を瞑る。光が収まり目を開けると草原だった景色は、煌びやかな装飾で溢れた大理石造りの広間に変わっていた。
「よくぞ来た! アイラにキールよ! 待っておったぞ!」
大きな声をあげ私たちを歓迎をしたのは、この帝国の王である「メルキド七世」だった。
「久しぶりね、アイラ」
そしてその横から声をかけてきたのは三年もの間一緒に旅をしてきた姉的存在のユイだった。
「姉さん!」
たった一ヶ月ぶりの再会にもかかわらず抱きついてしまう。ユイの隣には他にも「人界防衛戦」に参加していた極東出身のカイトがいた。相変わらず仏頂面をしている。
「アイラよ。再会を喜ぶのは良いが他の冒険者たちを扉の向こうで待機させておる。入れても良いか?」
王の言葉で仕方なくユイから離れ広間の中心に立つ。王の合図で従者たちが扉を開ける。すると百人を超えるだろう人数の冒険者たちがぞろぞろ入ってきた。その中には「人界防衛戦」で見かけた者たちも混ざっていた。
「すげぇな。白金級の冒険者も結構いるぞ」
冒険者には階級が存在し、銅から始まって、銀、金、白金、金剛と高くなっていく。金剛は世界に十人しかいないとされている、英雄クラスの冒険者だ。
数分ほど待ち、全員が整列し終えたところで王が立ち上がった。
「皆の者、よく集まってくれた。ここにいる者たちにささやかだが、話が終わった後に謝礼を出そうと思う」
その発言に少しざわついた。普通の王族の言葉じゃあないな。普通なら命令なんだから王が何もする必要はないのに。
王は話を続ける。
「この度集まってもらったのは、諸君らに大事なことを伝えるためだ。心して聞いてくれ」
あまり厳格なイメージが無いと国民たちに認知されている王だが、今だけはかなり真剣な顔をしている。
「星の胎動が始まった」
その言葉を聞いた途端、その場にいた私たちを除く全員が凍りついた。魔王復活の予兆を告げられたのだ。無理もない。「人界防衛戦」にも参加したことのある者たちにとっては、一難あってまた一難だろうな。
「諸君らには通常通りの活動をしてもらいながら、すこしでも何か異変があればすぐに知らせて欲しい」
王からの直接の申し出に冒険者たちは唖然とする。一国の王がこんなにも容易く頭を下げるなんて、全く、こんなんだから他の国にナメられるんだ。
しばらくの間ざわついていた冒険者たちだったが、状況を自分の中で飲み込み、消化したのか、不安がっていた声が次第に雄叫びへと変わっていった。
雄叫びが収まると、王の合図で扉が開かれ冒険者たちは出ていった。
静けさを取り戻した広間には王と私たちの五人だけがいた。