温泉
山奥の温泉にやってきた。
秘境と称される場所にひっそり沸く、人っ子一人来ない天然温泉。
誰もいないんだ。
俺は服を脱ぎ捨て、豪快に湯に浸かった。
「ふう、極楽、極楽。」
ああここはまさに楽園だ。
ごつごつした岩の間から湧き出すやや緑がかった温泉は、とても湯あたりがいい。
開放感に浸りつつ、湯を楽しんでいると。
おや。お客さんだ。
サルの親子が、そっと湯に浸かった。
目を閉じてじっと湯のぬくもりを堪能している。
おや。お客さんだ。
鹿だ。
おずおずと前足を入れ、後ろ足を入れ。
ゆっくり湯に浸かっている。
おや、お客さんだ。
今度は人のようだ。
何だ、俺以外にも、この温泉の魅力に気が付いた人がいたのか。
サルの親子と鹿は去っていった。
何だ、一緒に湯に浸かっていたらいいのに。
遠慮がちなやつらだな。
「やあやあ、こんにちは。いいところ、見つけましたね!」
「ここはすばらしいですね。」
裸の付き合いは、親密感をあげるなあ。
知らない人だというのに、話題は尽きない。
ひとしきり温泉トークを楽しんだ。
「今日は本当にいいお湯になりました。」
「俺も楽しかったですよ。」
「久しぶりなんですよね、人間のダシ入り。」
温泉仲間は、お湯に口をつけると。
ずそそそそそそそそそそそそそそそ…!!!
一気に温泉の湯を飲んだ。
温泉は干上がり、その場には貧相な素っ裸の中年がただ一人、残された。