血鏡~願うなら~第9話
何で私の所に?とか、何で現れるの?とか考えるだけで震える感覚に陥る。呼吸も上手く出来ていないのか苦しい。
最近 二宮と名乗る男から電話が来ていることは母を見て知っていた。でも二人から二宮が出所した話は聞いてない。
「どうしました?気分が優れないなら、断りましょうか?」
「いえ、大丈夫です」
あの男が両親でなく私に会いに来た。
だからと いつまでも会わないを通すわけにはいかない、私も前に進むしかないのかもしれない。
本当なら、鏡以外のことで悩みを増やしたくない。もし嫌な人のままなら……。
「お待たせしてすみません。私が平井です」
ロビーには昔に見た男が立っていると思っていた。しかし、立っていたのは…。
「初めまして平井さん、俺は二宮洋介と言います。貴女の職場に押し掛けたことは謝ります。しかし、父の事で話があるんです」
あの男の息子だと名乗る男性だった。
「貴方は「許可なく遺族に近付くな」と、弁護士から聞いてるはずなのに来たんですか?話なら、私でなく両親にしてください」
この人は何なのだろう?が、第一印象。年齢の見た目から、当時は子供でも今は大人なのだから聞いているはず。それなのに会いたいと黙って来るなんて。
でも あの人じゃなくて良かった、あの人だったら私…。
《私に消せとお願いした?》
柳子の声が聞こえた気がした。そんなこと有るはずが無い、だって柳子は夢の……。
「聞きました。しかし、伝えたいことがありまして、会っていただけないなら貴女に会うしか」
二宮さんは頭を深く下げ、私に話を聞いてほしいと お願いした。
本当は追い返したい、でも私たちに気付いた客が見ていると「帰れ」とは言いにくかった。
「…三階にお客様が休憩出来るカフェがあります。そこに行きましょう、応接室は使用中なので」
「ありがとうございます」
この人に罪はない、話だけなら聞いてみようと思った。もしかしたら、両親が私に話していないことがあるかもしれない。
「ガトー・オ・ショコラとブレンドコーヒーのセットを2つ」
「かしこまりました」
店員が離れるのを確認して、私は二宮さんに用件を聞いた。
「ご両親から、俺の父が行方不明だと聞いてますか?」
私は首を横に振った。あの日のことは両親に任せ、私は見ないフリをして過ごしてきたからだ。
一つだけ心当たりがあった。数年前、父が電話を受けて顔を真っ青にしたことがある。母を実家に数ヵ月帰している間、修行していたパン屋に朝から夜中まで毎日通い、店をオープンするのを父は急いでいた。
あの時に行方不明の話を聞いたのなら、急いだ理由も分かる。母が二宮に一人で会うのを避ける為。
「俺は十五年前、母方の祖父母の家に預けられて過ごしてきました。父のことは最近 母から聞いて、だから 俺が父の代わりに謝罪しようと」
「要りません」
私はキッパリ断った。この人は私と同じだ、苦しみから少しでも楽になりたくて全てを親に任せ、自分を守って生きてきた。
「確かに貴方の父を私たち家族は恨んでいます。でも貴方にじゃない。両親に会わせて話して欲しいですが、今は会う状況じゃありません。もう少し待ってください」
「そうですか、待ちます。会って頂けるなら」
「お待たせいたしました」
ケーキと珈琲が席に届き、彼は「俺が支払います」とお会計伝票を取った。
「なら五五〇円を渡してください。会計は私がしますから」
「だから俺が」
「二宮さんに支払わせたら、六八〇円になるので嫌です」
店の中を見渡し、近くに店員が居ないのを確認して小さな声で教えた。
「此所は私の職場です。此処のカフェはセットで六八〇円、ポイントカードは私名義で提示すれば社員割引で五五〇円。貴方とは今日知り合いましたが、知り合いなら貴方の分も割引してもらえます。私はポイントを貯めて、限定ティーセットが欲しいです。何が言いたいか分かりましたか?」
二宮さんは察すると、一一〇〇円を私に渡したので、それを見てクスクスと笑ってしまった。
「あの…」
「ごめんなさい、ここまで意志が固い方だと思わなかったから。ご馳走になります」
「遠回しに、頑固と言ってませんか?」
「さぁ、どうですかね?」
「まぁ、良いです」
二人で笑った。両親に内緒で 勝手に私に会いに来る非常識な人だと思っていたが、根は真面目なのかもしれない。
この人の父は、何故あんなことをしたんだろう?洋介さんの会話から、犯罪をする理由が見付からない。仕事をクビになったわけでも借金をしていたわけでもない。行方不明と言うことは脱走、死刑執行を望んでいたから脱走はしない。
なら、洋介さんの父は何処へ消えたの?今も何処かに潜んでいるのだろうか。
「父を見付けたら、連絡します」
父の代わりにと思って会いに来た彼に、今は両親に会わない方が良いことを説得することが出来た。
彼は父親を見つけ出し、その間に私は両親を説得することになった。
「それで洋介さんは、二宮さんが刑務所から脱走していたことを最近になって知ったんですね」
「はい。周りに「鏡に願いを叶えてもらう」と言った数日後に、刑務所から忽然と。それが8年前です」
「鏡っ!?」
私は鏡に反応して、声を上げてしまった。周りの人が驚いて私を見る、恥ずかしい。
「調べてみたら、都市伝説でした。願う内容で人が殺されると言われる呪いの鏡。ありもしない物の為に脱走するなんて、情けない父です」
「ちょっと、付いて来てください」
もしかしたら、何か分かるかもしれないと、私は洋介さんを例の鏡の前に連れていった。
考えたくないけど、二宮は千里の時も鏡に関わっていたんじゃないかと考えてしまう。もし そうなら、洋介さんは鏡を見たことあるかもしれない。
「この鏡、どう思いますか?」
「普通の鏡にしか。・・・ん?」
洋介さんは何かに気付いたのか、鏡に近付くと調べようと手を伸ばした。
「ストップ。破損や汚れの原因となります、素手で展示物に触らないでください。何か気になることでも?」
「この鏡を何処かで見たことがある気がして。・・・あっ、十五年前に見た皿に似てるんだ」
「皿?十五年前って、いつ頃のことですか?」
十五年前。それだけで私の心は、幾つもの感情が体中に沸き上がり震える。吐き気に襲われる、千里は鏡のせいで命を落とすことになったんじゃないかと。
「あの事件の前です。今は潰れて別の店が建てられてますが、骨董屋の棚に並んでいた模様に似てるんです。羽を広げた鳥が印象的だったのを覚えてます」
洋介さんを見送り、私は直ぐに事務所に戻って骨董屋を調べた。
その骨董屋は洋介さんが言った通り、店の御主人の死後 閉店している。サイトによると、骨董屋に強盗が入り店の御主人が殺害されたと記述されていた。
(もし この事件で鏡が盗まれ、今博物館にある鏡と同じ物なら どういった経緯があって此処に。あの鏡は、都市伝説の鏡なの?)
洋介さんは皿だと言っていたが、もしかしたら表だけを見て 皿と思った可能性がある。
次に都市伝説を調べてみた。伝わっている鏡は様々で、装飾が有るものから無いものまでイメージも違っていた。
(海外から渡ってきた鏡ってのもあるな。でも・・・)
でも共通点がある。
『月の光りを浴びさせる』
『叶える大きさによって捧げる人数の数』
『女の夢を見る』
『女の幽霊が問いかける』
(この都市伝説が あの鏡と関係しているなら、誰かが願いを叶えてもらう為に周りの人を捧げた人がいる。それも身近な人が)
私はメモ帳に、今回 倒れて入院した人物の名前を知っている限り書いた。
・バイトの真弓くん
・夏生先輩
・美術館スタッフ
・警備員二人
・館長の奥さん
そして・・・私の両親。やはり、あの鏡は本物なのだろうか?
鏡が届いて一ヶ月が経とうとする ある日、残業で残っていた私は 帰る前に警備員に頼み鏡を見に来た。
鏡は窓から差し込む光を反射して、床に夕陽を写し出す。
「綺麗になってる・・・」
誰かが磨いているのか、それとも生命を奪って綺麗になっているのか。
どちらにしても、このままにしては駄目だと感じ、鏡に手を伸ばす。
「何をしているんだい?平井君」
静かな口調だけど、怒りが混じる声が私を呼んだ。
「館長」
振り返った私を、冷たい悪寒が走った。沈む夕日で暗くなった館内で、薄気味悪い笑い声を出して私に近付く館長。
「ひ、光が当たっていたので、少し移動しようかと」
「それは困るよ平井君。私の願いが叶わなくなる」
次に見えた光景に逃げなきゃと思っても体が言うことをきかない。
とっさの判断も出来ないまま、私は館長が降り下ろした木の棒で頭を殴られ、気を失った。
「やっと見つけたんだ。ここまで来て、引き返せるか」