異世界
「いや、どこだここは」
俺はどこまでも続きそうな平原の真ん中でそう独り言ちた。
いやいや、いくら何でもおかしいだろう。
カラオケボックスで寝たのならカラオケボックスで起きるのは小学生でもわかることだぞ……それがどうしてこんなだだっ広い草原で起きなきゃならないんだよ……。
俺はぐるりと360°体を回転させて広原を見渡す。どこから来るのか、少しひんやりとした風がやさしく頬を撫でていく。太陽が燦燦と照りつけている割には、汗が出るほど暑くもない。冬にしては暑すぎるし、ここの季節は春か秋なのかもしれない。そう考えると、日本では今は3月だったから実はそんなに遠くに来てなくて、頑張れば家に帰れる気がしてきた。
とりあえず、隣で気持ちよさそうに寝てるやつを起こすか。
「おーい、大輔ー。起きろー。起きてくれー」
俺は寝ている大輔の体を大げさに揺らす。すると大輔はふわぁと大きなあくびをしながら、のそりとその場に胡坐をかいて座った。
「どうした?もう練習の時間か?」
「いや、何の練習だよ。寝ぼけてないでちゃんと起きてくれ。大変なことになってんだから」
「別に寝ぼけてねぇぞ」
「じゃあ、周り見渡してみろよ」
大輔は右手で目をこすりながら辺りを見渡す。
「なんかおかしいか?ただ草原が広がっている…だ…け…」
「俺らがいつ草原にピクニックに来たよ…」
自分で言ってておかしいことに気づいたのか、半開きだった目が徐々に満開に開かれ口を開けたまま呆然としている。あっ、このあほ面おもしろいな。
「どうなってんだよ俺たちは……そうだ!俺たちは今日カラオケに来てたはずだよな!それがどうしてこんなところに…」
「お、落ち着けって。もしかしたらあんまり家から遠くないかもしれないし。こう言う時こそ冷静にだろ」
「そ、そうだな」
大輔は目を閉じて大きく息を吸うと、5秒ほどかけてそれを吐き出した。
「落ち着いた?」
「ああ。とりあえずはな。焦ってもしょうがないし、今の場所だけでも調べるか…ってあれ?スマホなくね?」
「!まじかよ、スマホも財布もバックもない…俺たちだけ飛ばされたのか」
ズボンのポケットの中を全て探してみるが、スマホもイヤホンも入っていない。
周りを探してみても長さ30センチほどの細長い葉をつけた雑草がそこら中に生えているだけで、バックらしきものは見つからない。
「どうする玲也。何にもないぞ」
「うーん、これは相当やばいかもなぁ。ここがどこかわかんないし、周りに何にもないし。助けを呼ぼうにもまず人がいるのかもわかんないしな」
辺りを見回しながら話していた俺が大輔に向き直ると、ふと妙な違和感を覚える。これは……
「なんか大輔、ちょっと幼くなってないか?」
「は?え、こんなでかい子供がいるわけないだろ」
「いや割とガチで小学生みたいなんだけど…それに、ちょっと目見せて」
「お、おい。どうしたんだよ」
俺は大輔の両肩に手を置き、まじまじとその茶色がかった瞳を見つめる。相変わらず茶髪の髪と同じ色してんなぁ、などと思いながら見ていると、違和感の正体に気づく。
「やっぱり、なんか目に模様入ってるぞ。なんていうか、こう手で書く絵の五芒星みたいなやつが」
「模様?なんだそりゃ」
「いやまじで入ってるんだって!近づかないと分からないし、確認するものはないけどさ」
俺は何とか伝えようと、左手にこういうのと人差し指で絵を描く。すると大輔は、分かったのか分かってないのかあいまいな声で「なるほどなぁ」と言った後、周りを見渡しながら喋りだす。
「あの白い光にどこかわからん場所に飛ばされ、目には変な模様が入る。それに俺も玲也がなんか若返っている気がするし。これがアニメや漫画ならここは異世界で魔法でもつかえるんじゃね?」
「馬鹿言うな。そんなことあってたまるかよ」
「じゃあ、玲也。ステータスオープンとか言ってみろよ。もしかしたらほんとに開けるかもしれないぜ?」
何がおかしいのかニヤニヤしながら大輔は「やってみろよー、大きな声で頼むぜー」と促してくる。
「はあ、言うだけだかんな。……ステータスオープン!」
すると大輔は腹を抱えて笑い出した。
「あはははは、やべぇそれめっちゃ厨二っぽい!あー動画取りたかったわー。なんでスマホねぇんだよー」
大輔はひとしきり笑った後、人差し指で目の涙を拭きながら話しかけてくる。
「それでどうだったよ?ステータスは開けたか?まぁ、そんなの無理だろ「開けた」うけどな。ん?なんか言ったか?」
そこで初めて俺を見た大輔は軽く目を開く。当然だ。なぜなら俺は、じっと固まって呆然と虚空を見つめていたのだから。
「お、おい。どうしたんだよ」
「だから、開けたんだよ」
「な、何が?」
「ステータスが」
「い、いやいいんだよ。開けた演技は」
「じゃあ、お前もやってみろよ。まじだから」
「その手に乗るかよ。それで俺が言ったら開けるわけねぇだろ!とか言うんだろ?読めてんだって」
「マジなんだって!なんなら命かけてもいい!絶対に笑わないし」
「はあ、分かったよ。しゃあねぇなぁ」
大輔はやれやれと言いたげな顔で俺と同じようにステータスオープンという。そしてこれまた俺と同じように虚空を呆然と見つめた。
「ほんとに開けた…」
「だろ?だから言ったじゃん」
「ってことは、ここは…」
「……少なくとも俺達のいた世界でステータスは開けない」
こんな近未来的なことは俺達の世界がいくら発展したとは言え、ステータスプレートなんてものは存在しない。
「うぉおおお!!マジで異世界来てんじゃねぇか!」
大輔は目をキラキラさせてステータスプレートを見る。ああ。やっぱりそういう事か。
「他人のステータスプレートは見れないのな」
「確かに、俺は玲也のは見えねぇなぁ」
このステータスプレートは縦20センチ、横30センチくらいの大きなみたいになっていて、出てる間は向こう側は見えない。触ろうとしてみると自分のには確かに板のような感触があったが、大輔の方には触れなかった。他人のステータスプレートは見えも触れもしないようだ。画面には魔力、適性、固有スキル、年齢、状態、性別と書かれていて、タップする事でそれについての詳細が見れるタイプらしい。
「見ろよ玲也!って他人のは見れないんだっけ。俺の適性のとこ全属性って書いてあるぞ!」
「マジかよ、チートか!?」
大輔はこれから魔法が使える可能性にわくわくが抑えきれないようだ。さてさて、俺のはどうなってるかな。
「なん…だと…」
「ん?どうした?」
ショックを受けたような顔の俺を大輔が覗き込んでくる。だけど俺はそれどころじゃない。
「適性無しなんだけど?」
「は?」
「だから、適性の欄が無しなんだけど!?」
なんで一緒に来た2人でこうも差があるのか。神様絶対俺の事嫌いだろ。もしくは依怙贔屓だ。
「あー、まあどんまい」
「終わりだ…もう死ぬしかない」
「だ、大丈夫だって!なんとなるからよ」
「魔物とかでたらどうすんだよ!こちとらさっきまで平和な国、日本に住んでたんだぞ!魔法も無しに戦えるわけないじゃないか!」
「ほ、ほらまだ固有スキルの欄があるだろ?そっちでなんか能力があるかもしれないぜ?」
大輔は四つん這いで項垂れている俺の肩に手を置き、「まだ諦めんなってー」と慰めてくる。うぅ、良い奴だなぁこいつ。
「神様お願いします!せめて固有スキルは何かありますように!」
俺は祈るように目をつぶって手を合わせてから、恐る恐る固有スキルの文字をタップする。するとそこには…
「かみなり?」
「おお!やったじゃねぇか。良かったな玲也、これでお前も魔法が使えるぞ」
「いやでも変なんだよな」
「…? 何が変なんだ?」
「ひらがな表記なんだよ。それに雷魔法が使えるなら適性の方に書くもんじゃないか?」
願いが通じたのか確かに固有スキルはあったのだが、ひらがな表記で"かみなり"と書いてあるだけ。明らかに強そうじゃない。
「なんかハズレ感が凄いんだけど」
「ま、まあやってみなくちゃわかんないだろ?試しになんか出来るか試してみろよ」
「分かった。じゃあ、そのまま言ってみるわ」
俺は大輔から距離をとって何も無い平原に向かって右手を前にかざす。なんでかざしたのかと言うと、なんかこっちの方がいけそうな気がしただけだ。他意はない。俺は1度大きく深呼吸してから、その単語をめいっぱい叫んだ。
「"かみなり"!!」
それからはよく分からない。とにかく一瞬だった。目の前が真っ白に染まったと思ったら原爆でも落ちたのかというほど、体全体を痺れさせるような轟音。俺はたまらず目をつぶり耳を塞いだ。
音が完全に止んだと分かってもなかなか目を開けられなかった。そして恐る恐る塞いでいた手をどかし、目をゆっくりと開けると
「なんだ…こりゃ…」
そこには俺のちょうど右手をかざしていた延長線上に半径5mほどの焼け焦げた大きな陥没があった。
「お、おい玲也。なんだよこれ…」
あまりの衝撃で動けなくなっているのか、遠くから声をかけてくる。俺はゆっくりと大輔の方に向き直り興奮気味に口を開く。
「大輔っ!異世界って最高だなっ!」
満面の笑みではしゃぐ俺に大輔が呆れたような顔で、玲也って頭はいいんだけど、ときどきアホなんだよなぁ、などと思ってるとは俺には知る由もなかった。