魔法戦
「試合終了!そこまで!」
受験生の1人が光の塵となった後、試験官の声が響く。すると訓練場の中が淡く光り、先ほど光の塵と化した受験生が試合前と同じように立っていた。
「2人とも良い試合であった。指示に従って、医務室へ向かってくれ。では次だ!」
今しがた試合を終えた受験生は他の試験官に連れられて、訓練場外へ出ていく。外傷はないが、精神面に異常はないか一応診てもらうらしい。普通はこんなこと体験しないだろうからな。
「ローズ・グラント、ダイスケ・タカサキ、前へ降りてくるように!」
「よっしゃあ、やっと俺の出番来たな」
「いってら。頑張れよ!」
「おうよ!」
大輔は嬉しそうにすくっと席を立って下に降りていく。無駄に階段をジャンプで降りたりして、後ろ姿だけでわくわくが伝わってくるようだ
「間に合いましたか!?」
「うわああああああ」
突然隣に人が突っ込んできたと思ったらはぁはぁ、とすごい息が上がっている。誰かと思えばクラウディアさんだった。
彼女は回復専門とのことだったので、それ専用の別の試験を受けていたのだ。
「クラウディアさん、お疲れさま。どうだった?」
「はい!私は何とかなりそうです。それよりも、ダイスケ様は!?もう終わってしまいましたか!?」
「ああ、それならちょうど今からだよ」
「よかった…見逃してはもう死ぬしかないところでした」
「自責の念が重すぎない!?」
クラウディアさんはホッと胸をなでおろしているようだが、冗談に聞こえない身としては冷や汗ものだ。こんなことで一国の王女様に死なれたら、俺たちが王様とかに処刑されかねない。とりあえず、死なずに済みそうだ。
俺は大きなため息をついて、訓練場の中心を見る。そこにはある程度の間隔をとって相手と向き合っている大輔の姿があった。
「クラウディアさん、相手の人知ってる?」
「彼はグランド家の次男ですね。確かあそこは風系統の魔法を得意としていたはずです」
「なるほどね。聞いといてなんだけど、クラウディアさん何でも知ってるね」
「うふふ、体を動かすより頭を使う方が好きなだけですよ。知識を得ることは楽しいですから」
お淑やかって感じのクラウディアさんが読書をしているのは、確かに似合いそうだ。さっきのは随分とかけ離れていたけど。
と、訓練場が光り始める。そろそろ試合が始まるようだ。
「2人とも準備は良いか?」
「はい!」
「ういっす」
「よし!それでは、試合始め!」
試験官の合図の後、先に動いたのは相手の方だ。
「俺の得意魔法をくらえ!"ウインドショット"!!」
開始とほぼ同時にグランドは魔法を発動させる。あれは風属性の下位魔法、"ウインドショット"だ。前にオリバーさんに見せてもらったことがある。
1ヶ所に集められた風が、緑色に可視化されて大輔を襲う。
さてこれに対して大輔はどう動くかと見ていたが、剣にかけていた手を離して、両腕を体の前でクロスさせた。そしてそのまま魔法を受けて、後ろに軽く吹っ飛んだ。
「!?」
「ダイスケ様!?」
俺は想定外の出来事に思わず自分の目を疑った。クラウディアさんも立ち上がって、倒れている大輔を見つめている。
「やったか!?」
グラントは嬉しそうにガッツポーズをして、絵にかいたようなフラグをたてている。すると、そのフラグを回収するように「あいててて」と、大輔は起き上がった。
「いってぇー、やるじゃねぇか!」
そういう大輔の両腕は魔法で服の上から少し切られていて、血が滴っている。動かせているところを見るとそんなに深くは無いようだ。
とりあえずホッと息をついて、俺は椅子に深く腰掛ける。
「あいつわざと魔法を受けたな」
「えっ!?どうしてですか!?」
立ったままクラウディアさんがこちらを振り返る。顔を見れば、まだ焦っているようだった。俺はなるべくあいつは大丈夫だと言い聞かせるように話す。
「ほら、さっきも強いやつと戦いたいとか言ってただろ?だから自分の体で試したんだよ。ああ見えても戦いに関しては頭も回るし、受けても大丈夫ってあいつなりに判断したんだろ」
「そ、そうですか…なら、良いのですが………」
クラウディアさんはまだ不安そうだったが、とりあえず落ち着いて座ってくれた。
「大丈夫だよ、まあ見てなって」
大輔は自分の両腕の傷を見ると、「これくらいなら大丈夫か」と自分に魔法をかける。
「癒せ、"セルフヒール"!」
「回復魔法だと!?なんで君が使えるんだ!」
大輔の体の表面が淡く光る。すると、たちまち両腕の傷も塞がり、血も滴らなくなった。
「ほらね」
「すごい…自分の体は他の人を治すより大変なのに………それをあんな一瞬で」
同じ属性を扱うクラウディアさんから見ても、やはりあれは凄いらしい。
それもそうで今のはエミリーさんが、魔物と戦う実習のときに見せてくれた魔法なのだ。「覚えておいて損はないわ」と言って見せてもらったのを大輔のメティスの魔眼でコピーしたのだ。
他にも大輔は多くの魔法をヴァロア夫妻やメイドさんから教わっている。魔力量の関係でまだ使えないのもあるが、だいたいは使えるので正直負けることは無いと俺は思っている。まったくほんとに羨ましい眼だ。俺もいろんな魔法を使ってみたい。
「今度はこっちの番だな、いくぜ!"エアロボール"!!」
そう言って、大輔は正面に風の球体を作った後に両腕を横に広げた。おっ、あれをやるのか。
「"フレイムボール"!"アクアボール"!」
さらに異なる魔法を2つ発動させ、先ほど作った緑色の球体にぶつける。すると3つの魔法はお互いに混ざり合い変色し始める。
「な、なんだあれは…?」
「いったい、何をしたの!?」
周りから困惑の声が聞こえる。もしかしたら魔法の合成を見たのは初めてかもしれないな。
あれは火、水、風、三属性の中級魔法を合成させてできる混合上級魔法だ。まあ、見せてくれたオリバーさんはいきなり三つ同時に合成させていたけど。
「く、くそっ!なんだよあれ!?いけ!"ウインドショット"!!」
「はっ!そんな魔法無駄だぜ!くらえ、"ダークストーム"!!」
黒の球状の魔法が大輔から解き放たれ、ウインドショットを飲み込んでグランドを襲う。それをバックステップで躱すが、地面に着弾したとたんに辺りを黒の爆風が包み込んだ。
「ッ!?」
爆風の中は黒が濃くて様子を伺うことはできない。さらに見えない障壁にまでガタガタと風圧が押し寄せ、体の奥に重低音が響く。
やがて黒の嵐が過ぎ去った後には、グランドの姿はどこにも見えなかった。
「試合終了!そこまで!」
この試合、大輔の勝ちのようだ。訓練場内の時間が巻き戻される。
「すごい…魔法でしたね。さすがはダイスケ様です」
隣のクラウディアさんが少しぼーっとした様子で呟いた。周りでも彼はどこの貴族の出身だと騒がれているようだ。それだけさっきの魔法が衝撃的だったのだろう。
大輔とグラントは試験官に連れられて医務室へと向かう。大輔は満足そうだが、グランドは未だに何が起きたのか分かっていないようだった。
「ところで、クラウディアさんは大輔のことをどこまで知ってるの?」
「それはもちろん、好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物はグリンピース、朝7時に起きてすぐに顔を洗うのがルーティンで」
「ちょ、ちょ、ちょっと待った!そういうことじゃなくてさ、ほら、眼のこととか」
「ああ、そちらのことでしたか。魔眼や適性についてはダイスケ様から直接聞いています」
「そ、そっか。本人から聞いてるならいいんだ」
個人的には前の部分について聞きたいが、それを聞いたらどこまで出てくるか正直見当もつかない。
だいたい何で起床時間把握してるんだ……いや、まさかね…………
俺はその先は考えないようにすることにした。世の中知らない方が良いこともあるもんだ。
「クラウディアさん、そのことは」
「分かっていますよ。ひ・み・つ、ですよね」
「ああ、よろしく頼むよ」
クラウディアさんなら大丈夫だろう。変に周りに言わなそうだし、大輔もそう思ったから話したんだろう。なんだ、案外ちゃんと信頼してるんだな。
俺たちが話している間にも次の試合が始まっている。この試合は赤髪の人が圧倒的のようだ。
「後は俺だけかー。あーなんか緊張してきたな」
「うふふ、その割に楽しそうですよ」
「あれ?そう見える?」
「はい、まるでダイスケ様のようです」
他の人から見れば思っていたより顔に出ていたらしい。俺も大輔のこと言えないな。
「なんの話してんだ?」
「あれ?随分とお早いお帰りだな」
「ああ、君は大丈夫そうだねーってすぐに追い返されたわ」
「そんな適当な」
大輔は試合前と何ら変わった様子がない。特に訓練場による異常はなさそうだ。
「それで、試合の感想は?」
「あー、もうちょい歯ごたえっつーか、手ごたえのあるやつが良かったな」
「いやいや、あれはここじゃ防げないって」
「あれはちょっと俺もテンション上がっちまってな。ああそれと、訓練場の感想になんだけど、あんま痛くなかったな」
「両腕切ってたよな。それでも全然動かせてたけど」
「まあ、そんな深くはなかったんだけどよ。それにしても痛くなかったっつーか」
「なるほどね、試験官が変な感じになるとは言ってたけど、痛覚も軽減されているかもしれない」
「かもな。死なねぇって言っても、痛さそのままはきついだろ」
「確かにな。それじゃあ訓練場があっても誰も使いたがらないだろうしな」
もしかしたら、2代目勇者の能力か何かもしれないな。分かっていないことも多いらしいし。思ったより便利かも。
少し2代目勇者の認識を改めていると、試験官の大きな声が響く。いつの間にか試合も終わっていたようだ。
「よし次だ!レイヤ・ニシムラ、エレナ・オースティン、前へ降りてくるように!」
「よし、やっときたか」
とうとう自分の名前が呼ばれる。相手はどうやら女の子のようだ。
「相手が女子だからって油断すんなよ?」
「分かってる。油断はしない」
「よし、じゃあ余裕だな。頑張ってこいよ」
「おっけー」
さて、ヴァロア家で鍛えた成果を試すか。
階段を下りて、意気揚々と戦いの場に赴く。
だが、俺はこの時の考えをすぐに後悔することになるのだった。