実技試験の概要
「それでは、これより実技試験の説明を始める!」
筆記試験のときとは違う、少し大柄な男性が資料を片手に話し始める。
クラウディアさんと一緒に実技試験へと向かった俺たちは、その会場である訓練場と呼ばれる施設の前に来ていた。学内のたくさんある施設のうちの1つだ。
「今から君たちには、受験生同士で一対一の模擬戦闘をしてもらう!」
「えっ!?いきなり!?」
「そんな!聞いてないよ!」
周囲が一気にざわつき始める。俺もまさか模擬戦とは思わなかった。
「クラウディアさん、毎年こうなの?」
「いえ…少なくとも去年は普通の測定でしたから。それ以前でも、模擬戦闘を行ったなんて聞いたことがありません」
クラウディアさんがそういうのであればそうなんだろう。今年から変わったんだろうか。
「君たちの困惑も当然だろう。今年だけ試験内容が変更されてな。試験情報も伏せられていた。だが、君たちにはこれをチャンスだと思って頑張ってもらいたい」
試験官はそう言うが、周りの反応はあまり良くはない。それもそうだ。俺も自分のときに限って去年までと仕様が変更された受験を思い出す。何度せめて来年にしてくれと思ったことか。
だが、いくらこちら側が文句を垂れたところで試験内容は覆らない。こういうのはすでに決定事項なのだ。
「それでは改めて試験内容の詳細を説明する!分からないことがあれば随時質問してくれて構わない」
試験内容の説明ということで周りは絶対に聞き逃すまいと、皆一様に試験官の言葉に耳を傾けている。
「まず、模擬戦闘は1人1回。組み合わせはこちらでランダムに決めさせてもらった。そしてそれを行うのはこの訓練場だ。皆、中に入ってくれ!」
俺たちは試験官の後を追う。扉が自動で開き、その先は階段になっていた。それを下っていくと短い通路に出て、通り抜けた先で俺たちを待っていたのは予想以上の光景だった。
「こ、これは……」
「うわー!すげぇー!」
俺たちはそれぞれ驚きの声をあげる。まず、何といっても広い。百メートル走ができるんじゃないかと思うほどに奥行きがあり、高さも相当なものだ。
なるほど、外から見てそこまで大きくはないと思っていたけど、あれは一部が出てただけだったのか。まさか、地下まで続いているなんて。
俺は遠くの天井を見上げながらひとり納得していた。そして横を見れば観客席がついている。構造としては、サッカーのスタジアムに近いかもしれない。
「今はないが試合が始まれば、観客席の前には見えない障壁が張られる。それにより安全に見ることができるわけだ。それともう1つ、この施設には驚くべき機能が存在する!」
そこで試験官は1度区切ってから軽く息を吸い込んだ。
「ここでは怪我をしたり、たとえ死んだりしたとしても試合が終われば復活する!」
「なっ…!?!?」
試験官は皆の驚く顔を見回してから、「まあ、そういう反応になるだろうな」と続きを話し始める。
「正確には生き返るのではなく、無かったことになるだ」
無かったことになる…?どういうことだ?
俺は試験官の言葉に首をひねった。と、そこで受験生の1人が軽く手を挙げる。
「試験官、質問よろしいでしょうか」
「構わん、言ってみろ」
そちらへ目を向ければ、銀色の髪で片目を隠した青年が立っていた。隠れていないほうにはモノクルがかけられている。第一印象は"知的"って感じだ。
「はい。この訓練場の仕組みですが、もしかして初代勇者様が関わっているのではないでしょうか」
「ほう、どうしてそう思う」
「以前読んだ古文書に初代勇者様は時を操ったとありましたので」
初代勇者?また知らない単語が出てきたな
俺は隣でポカンと聞いている大輔に小声で話しかける。
「おい、勇者の話なんて聞いたことあったか?」
「へ?あ、いや、ないぜ。初めて聞いた」
俺らの会話が聞こえたのだろう。クラウディアさんが驚いた様子で顔を近づけてきた。
「え!?お二人は勇者伝説をご存じないんですか!?」
「う、うん。良ければ教えてもらえると助かるんだけど…」
俺は食い気味のクラウディアさんに若干驚きつつ、勇者伝説について聞いてみた。
「あるとき悪い魔女が現れて世界を混沌が覆いました。そこへ、どこからともなく勇者が現れて悪い魔女を封印しました」
「それだけ?」
「はい、それだけです」
食いつきがすごいからどんなもんかと思っていたが、思いのほか短かいな。これだけ聞いたら子供に読み聞かせるおとぎ話だ。
それに魔女か。勇者と言えば魔王じゃないんだな。
「初代勇者って言ってたけど、勇者って複数人いるの?」
「はい、私もそこまで詳しくは分かりませんが魔女は2回ほど現れていて、その度に勇者は現れているようです」
「つまり、勇者は2人いたのか」
「それが約千年前と五百年前の出来事と言われています。そのうちの1人、初代勇者様の得意能力が"時空間"。時間と空間を操る能力だそうです。」
「すげぇな。初代勇者は相当強かったんじゃないか?」
「当時この訓練場を作った時も無敗だったそうですよ」
「へぇー。……ん?ちょっと待って。ってことは千年前にこれを作ったってことだよな。あまりにもきれいすぎじゃないか?」
「それは時空間の能力がこの建物にも使われているからです。そのおかげで今もこうして奇麗に保たれているんです」
「めっちゃ便利な能力だな。それにしてもクラウディアさんよく知ってるね」
「こう見えても歴史に関しては叩き込まれているんですよ?それにここは私の一族も経営に関わっていますので」
「ああ、なるほど」
すらすらと言葉が出てきたのは、小さい頃から学んできた賜物なのだろう。少しだけ自慢げにクラウディアさんは微笑んだ。
「そういえば、初代勇者の得意能力は分かったけど、2代目?の方は分かってるの?」
「はい、そちらも書記に記されていました。ただ少し特殊な能力でして」
「特殊?"時空間"もだいぶ特殊だと思うけど…」
「それはそうなのですが…その特殊というのが」
「もう1つ、この訓練場には大事な機能が備わっている!」
クラウディアさんが言いかけたところで、試験官の声が重なる。どうやらあちらの話し合いも終わったらしい。俺たちはいったん話を中断して、試験官の言葉に耳を傾ける。
「それは………………君たちが試合中に変な感じになることだ!!!」
「「「「「?????」」」」」
受験生の頭の上にはてなが浮かぶ。さっきよりためたくせに、想定外のふわふわした答えが来れば皆が混乱するのも当たり前だ。いや、1人を除いてか。
「クラウディアさん、もしかして」
「はい、2代目勇者様の得意能力は固有結界"理想世界"。自分の作り出した世界に相手を強制的に引きずり込む能力ですね」
「うわあ」
確かに、これは特殊と言われても納得だろう。と、そこにここまで喋らなかった大輔も加わる。
「でもよ、それあんま強いのか弱いのか分かんねぇな」
「まあ、これだけ聞くとな」
「2代目勇者様の能力は分かっていないことも多くて。世界で1番謎な能力と呼ばれているんです」
と、そこでパンパンと手をたたく音が響く。
「実際見てもらったほうが早いからな。俺も説明できる自信ないし。おーい、あれやってくれー!」
試験官に呼びかけに応じるように、床に魔法陣が浮かび上がり、辺りを囲むように観客席の前が光りだす。淡い光が消えた後は、何ら変わりがないように見える。
すると試験官は、腰につけている鞘から剣を抜き放った。
「それでは君たちに、この中で起きることを実践して見せよう」
そう言って、試験官はおもむろに自らの剣で自分の心臓を突き刺した。
「ひっっ…!?」
あちらこちらで悲鳴が上がる。だがそれも束の間で、試験官はガラスが割れるような音と共に、光の塵と化した。
それに反応したかのように、先ほどと同じように訓練場内が光り始める。その光が消えた後には、光の塵と化したはずの試験官が何事もなかったように同じ場所に立っていた。
「どうだ!?私の言っていたことが理解できたか!?」
試験官はそう言うが、あまりに現実離れした光景に俺たちは目を見開いて唖然としていた。こんだけ怒涛の展開を見せられれば、大輔じゃなくても理解することを放棄してしまいたくなる。
「まあ、別に無理に理解する必要は無い。俺も正直あまり理解していないしな。さあ、また説明に戻るぞ」
試験官は懐に閉まっていた資料を取り出した。
「えー、どこまで話したかな。えーっと、おっ、ここまでか。それじゃあ次は内容についてだが、これは至ってシンプルだ。何をしてもいい」
すると、また先程のモノクルをかけた銀髪の男性が手を挙げる。
「何をしてもいいってどういうことでしょうか」
「言葉の通りだ。剣を抜くもよし、魔法を使うもよし、固有スキルを使うもよしだ。とにかく自分の実力を俺たちに見せてみろ。そのための訓練場だ。相手に情けは要らんからな」
そう言って、試験官は全員をざっと目で見渡してからにやりと薄く笑った。
「他にはあるか?」
「すみません、もう一つだけ。回復担当も模擬戦に参加でしょうか?」
「おおっと、すまんすまん。説明を忘れるところだった。回復専門の受験生は別室で違う試験があるから、名前を呼ばれるまで同じように観客席で座って待機していてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
「うむ。いい質問であった。私からも感謝する」
そして、試験官は「他に質問したい人はいるか?」といつもより声を大きめにして呼びかける。特に声はあがらなかった。
「それでは今から実技試験及び模擬戦闘を行う。名前を呼ばれた生徒はここに集まり、まだ呼ばれていない生徒は観客席に座って待っていてくれ。ではまず」
試験官が2人の受験生を呼ぶ。それ以外は観客席だ。
俺たちは3人で並んで観客席に座る。
「これって強ぇやつと戦えるし、ほかの試合も見れるって事だよな!うわー、俺ワクワクしてきたわ」
「ここで弱いやつと当たりますようにって言わないのがお前らしいよ」
「ふふふ、さすがダイスケ様ですね!」
大輔は強いやつはどいつだと、当たりを見渡している。こういう時の精神の強さは正直羨ましい。
まあ、俺も不安半分楽しみ半分ってとこかな
模擬戦への不安の中に、少年の心のようなわくわくした気持ちが湧き上がってることを、俺は確かに感じていた。