王女との邂逅
「おわったぁああああ!!!」
「いや、まだ終わってないだろ」
筆記試験が終わった俺たちは、どこか昼食を食べれる場所を探して中庭のベンチに腰かけていた。
「それとも色んな意味で終わったとか?」
「いや!それは割となんとかなったわ!」
「おっ、意外だな。てっきり死んだような目をしてるもんかと」
「俺も頑張ったって事だろうなあ」
大輔がじーんと感動しているあいだに、俺はフランさんに渡された弁当箱を取り出す。
蓋を開けてみれば、朝に言っていた通り、ミニハンバーグが2個入っていた。他にも俺の好きなものばかり入っている。
「さっすがフランさん!俺らの好みがちゃんとわかってんなあ」
「大輔は分かりやすいと思うけどね」
俺は嬉しそうにミニハンバーグを頬張る大輔を見ながら、午後の実技試験について考える。
実は、まだ何をやるのか聞かされていない。おそらくは魔法や剣術、体術の能力を測るのだろうが、分からないというのは不安要素だ。
なんにせよ、特待生を狙っている身として、この実技は大事にしなければならない。
この特待生という制度、このクレアシオン学園では合格者の人数が決められていない。10人の時もあれば、0人だったこともあるらしい。
ただ、割と厳しめなので例年だいたい5人前後らしい。10人の時とは言ったが、10人以上になったのは、今までで2回しかない。これを多いか少ないかと捉えるのは、人それぞれだ。
「実技試験の自信は?」
「筆記に比べたら全然マシだろ。俺の最大難関は越えたぜ」
「確かにな。正直、どんな人が他に受けるのか、結構興味あるんだよな」
「わかる!つえぇ奴らと戦ってみてぇよな!」
「そんなバトル漫画の主人公みたいなこと言われても」
まあ、せっかく鍛えたし今の俺たちがどの程度同世代の人と渡り合えるのか、知りたい気持ちもある。俺だって男だしね。
「実技の行く場所分かんのか?」
「分かるよーってか、試験官の人が最後に説明してただろ?」
「そうだっけ?終わったの嬉しすぎてなんも聞いてなかったわ」
「まあ、そうだろうなとは思ってたよ」
はっはっは、とカラカラ笑う大輔に俺はため息をつきつつ、校内の見取り図が書かれたパンフレッドを取り出した。
「えっと、今がこの辺だから…」
「ダイスケ様…?」
俺が実技試験の集合場所を説明しようとした矢先に、突然前から声がかかった。
俺はパンフレットから顔をあげて声のする方を見た途端、思わず目を見開いた。
そこには清楚を体現したかのような美少女が立っていた。
腰辺りまで伸びた漆黒の髪に、奇麗とも可愛いとも言える整った容姿。ふわふわとした雰囲気を纏ってはいるが、凛とした佇まいからは貴族として厳しく作法を叩き込まれたことが伺える。
彼女はその奇麗に輝く黒い瞳でこちらを、正確には大輔の方を見て言った。
「ああ、なんて幸運な運命なのでしょう!」
「げっ」
頬に手をあてて嬉しそうな表情をする目の前の彼女とは対照的に、隣では大輔が渋い顔で彼女を見ていた。
俺は小声で大輔に確認をとる。
「大輔の知り合いか?」
「あーまあ知り合いっつーか、知り合いたくはなかったっつーか」
「どういうことだ?」
歯切れが悪い大輔に俺が頭の上に疑問符を浮かべていると、それを見た彼女が「これは失礼いたしました」と軽くお辞儀をした。
「申し遅れました。私の名前は、クラウディア・シェラード。タカサキダイスケ様の婚約者です」
「こ、婚約者ぁぁああああ!?」
まさかの単語に思わず立ち上がって大輔を見ると、大きくため息をついた。
「はあ、それはこいつが勝手に言っているだけだ。それと、こいつこう見えてこの町の第一王女なんだよ」
「だ、第一王女ぉぉおおおお!?」
今度は、ぎょっとした表情で先ほど名乗った彼女のほうを見る。
「シ、シェラードさん、第一王女って本当ですか?」
「ふふふ、クラウディアで構いませんよ。一応そうですけれど、畏まれるのはあんまり好きではありませんから」
クラウディアさんは口元を手で覆い隠して上品に笑う。どうやら、マジもんのお嬢様らしい。
「それと、同年代なんですから、敬語も使わなくて大丈夫ですよ」
「え、でもそれは。あとで不敬罪とかで処刑とかされません?」
「うふふ、しませんよ。私そんな風に見えますか?」
確かに同年代とは聞いてはいたけど、まさか本当に学校で会うなんて。いや、それよりも聞かなければならないことがある。
俺は大輔の方を向き直ると、襟元をグイっと掴む。
「お前はいつの間に王女と知り合ったんだよ!しかも婚約者ってぇ、どういうことだ!?」
「お、落ち着け。離せ!頭が揺れんだろうが!」
俺は、ぱっと襟元から手を放す。大輔は勢い余ってそのまま後ろに倒れこんだ。
「わりぃ」と言いつつ、手をつかんで大輔を起こす。
「さっきも言ったけど、婚約者ってのはこいつが勝手に言ってるだけだ。知り合ったのは半年くらい前に、森に魔物を倒しに行ったときにたまたま出会っただけだし、それもちょろっとの間だしな」
「いけません、ダイスケ様!私たちの感動の物語をこちらの…えーと」
「あ、西村玲也です。西村が名字で名前が玲也」
「レイヤさんに語るにはあまりにも省略しすぎです!安心してください、レイヤさん。あとで一万字程度にまとめた作文を送りますね!」
「え、あ、はい……いや、やっぱいらないです」
友達の馴れ初め一万字とかどんな拷問だよ……
俺がクラウディアさんの発言に若干引いていると、大輔が耳打ちをしてくる。
「玲也もすぐに素直に喜べねぇ理由が分かるぜ」
「そうかなあ、いい人そうだし。それにめっちゃかわいいじゃん」
「はあ、お前見る目ないな」
露骨に隣でため息をつく大輔。別に見る目があるとは思わないけど、こいつに言われるとなんか腹立つな。
と、そこでクラウディアさんが「そうでした」と胸の前で両手を合わせる。
「お二人は実技試験に向かうのでしょう?でしたらそろそろ時間ですし、一緒に行きませんか?」
「そうだった。いいですね、行きましょう」
俺たちは弁当箱をバックの中にしまうと、ベンチを立った。
「そう言えば、クラウディアさんは敬語なんですね」
「はい、私は立場上敬語が染み付いていますから、もう癖みたいなものですね。ですから私には気を使わずに、普通にタメ口でお願いします。私もプライベートまで気を使いたくはありませんから」
「なるほどね、そういうことなら分かった。そうするよ」
クラウディアさんはちょっと疲れた顔をしてそう言った。王女もいろいろと大変らしい。
「あっ、でも呼び捨てはダメですよ。呼び捨てを許可しているのは…その…ダイスケ様だけなので!」
「うん、全く聞いてないけどね」
「呼び捨ては強制だろうが」
びっくりした。いきなり冗談を言う人なのか、クラウディアさんは…………あれ?冗談だよね?
クラウディアさんは頬を赤く染めて、ちらちらと横の大輔を見ている。その大輔はまたため息をついていた。
「強制って?」
「さん付けしてたら、呼び捨てしろってずっと言ってきてよ。会話になんねぇから諦めた」
「あー、ちょっとわかった気がする」
これは、あれだ。あのー、ちょっと想い系の人だ。
俺がクラウディアさんの認識を少し改めていると、そんなことを思われているとは微塵も思っていない彼女は、冷たい笑みを湛えながら呟く。
「ああ、それにしてもダイスケ様と一緒の学校生活を送れるなんて、校長先生を色々とおど…お願いしなければいけませんね」
うふふふ、と先程と同じような笑顔だが、明らかに目が笑っていない。
あーっと、やっぱり……重い系かもなあ……
隣で今日何度目かわからないため息をついている大輔を見て、俺はちょっとだけ、ほんのちょっとだけ同情の視線を送るのだった。