魔物討伐 1
この世界に転移してきてから2年が経ち、俺たちは14歳になった。
ヴァロア家の生活はだいぶ慣れてきて、大変な勉強や稽古にもついていけてる……と思う。
自分でもちょっとずつ強くなっている気はするけど、クロエさんやアメリアさんが強すぎて全然実感が湧かないんだよな。2人とも強くなってるって言ってくれてるけど、いまだに全然試合にならないし。
俺は稽古のときを思い出して、おもわず渋い顔になった。
こっちに来てから俺たちの生活は一変した。貴族の子供としての振舞いかたや戦うための体づくりなど日本では一生しなかったことだ。
貴族のパーティに1度だけオリバーさんとエミリーさんについていったけど、まさしく借りてきた猫状態だった。
挨拶回りとか本当に全員と話したんじゃないかと思うほど話したし、言葉遣いもボロが出ないようにしてたら全然喋れなくなって相槌ばかりになってしまったし。まあ、大輔はいつも通りあんまり気にしてないみたいだったけど……。
あの場でも物怖じしないメンタルはさすがだなと思いつつ、そう言えばあいつは昔からそうだったと思い出す。
たまに日本との違いについてこうしてふと考えると、日本が恋しくなることがある。
最近では減ってきたけど、前はどうしてここにいるんだろうとかほんとに帰れるんだろうかとか、何度も考えては泣きそうになっていたっけ。
こっちに来て唯一の不満は娯楽が少ないことだ。テレビや電子レンジといった物はあるくせに、テレビゲームやスマートフォンのような物は無いらしい。
はあ、ゲームしたい。
ほんとどうして人生ゲームとかトランプはあるのか逆に不思議だ。もっと娯楽が発展してもいいものを。
俺がソファーに座って上をぼっーと見ながらそんなことを考えていると、ドアを開ける音がした。
「れいやー、そろそろ時間だぞー。もう先にクロエさんもエミリーさんも外で待ってるって」
「あー、もうそんな時間か。今行くよ」
俺はソファーから勢いを付けて立ち上がると予め用意していた荷物を手に取る。
「でもよー、魔物の討伐なんてワクワクするよなぁ!魔物の名前なんだっけ。アル〇トリオン?」
「エーバーだよ、全然違うだろ」
「細かいことは気にすんなって。さあ、いくぞ!」
「俺は龍が出てきたら逃げるからな」
俺は心底楽しそうな大輔を横目に、玄関のドアを開けて外の世界へ1歩踏み出した。
「……この辺りにします、荷物を木の下にまとめて下さい」
俺たちはクロエさんの指示に従い、荷物を木の下に下ろす。
2年の鍛錬によりある程度動けるようになった俺たちは、クロエさんとオリバーさんの提案により少し早めの実践に来ている。
場所は王都オラトリアから少し南下したところにある、ナトゥア大森林という場所らしい。
地図帳で確認しただけだが、王都の何倍もの広さがあり、樹木の背も高いため日光も届きにくく、奥まで行ったら帰って来れないと有名な場所だ。
その広大さゆえに、オラトリア王国領にもその一部が含まれている。今回は、そこを使用して実践を行うわけだ。
そして、行う実践とは、先ほどにも少し話していた魔物の討伐である。
この世界は、特にオラトリアでは魔物と人間が共存している。
だが全部の魔物が共存している訳ではない。むしろ共存している方が少数だ。
狩りや害をなす魔物の討伐は日常茶飯事であり、特に強力な魔物のときは戦えるものが招集されることもあるらしい。さすがに前線までは出ないがそれは学生でも同じことのようだ。
その時にビビって足がすくまないように、今のうちから慣れておこうというわけだ。
「……ここから先は最悪命を落とすこともあります。気を抜かないで下さいね」
クロエさんはいつもと変わらない顔で軽く脅すようにそう言った。
ゴクリと自分の唾を飲む音がいつもより大きく聞こえる。
すると誰かに肩を優しく掴まれた。
「大丈夫よ、2人とも。いざとなったら私が全部治しちゃうわ。だから思いっきり行ってきなさい」
振り返ればエミリーさんが俺たちを安心させるように柔らかく微笑んでいた。
俺たちは1度大きく深呼吸をしてから力強く宣言する。
「「お願いします!」」
クロエさんは一瞬だけ口元を緩めると、すぐにいつもの顔に戻った。
「……では私が先にお手本を見せますのでお二人は後ろで見ていて下さい」
前を歩くクロエさんの後ろ姿は今まで見てきた中で1番頼もしく見えた。
俺たちもその背中について行く。
少し行った所で木の実を食べている魔物を発見した。
体長5メートル、高さは俺の背丈3つ分くらいの大きな猪のようだった。
「……あれがエーバーです。直線の突進は速く威力がありますので正面で立ち止まらないようにしてください」
「「分かりました!」」
俺はエーバーをよく観察する。まだこちらには気づいてはいないようだ。
「……ではよく見ていてくださいね」
そう言うと、クロエさんは草陰から出てエーバーの後方に立ち、綺麗な口笛を吹いた。
当然、エーバーはクロエさんに気づき突進体勢に入る。
だが先ほど言っていた言葉とは裏腹に、クロエさんはエーバーの正面から動こうとしない。
何故、と思っている間にエーバーは猛突進を開始してしまう。
「危ない!!!」
それは俺がそう咄嗟に言うのとほぼ同時だった。
俺も速すぎてちゃんと見えたわけではない。
一瞬で突進するエーバーの上をとったかと思えば、いつの間にか抜いていた剣で突進の方向とは垂直に首筋を両断した。
クロエさんはエーバーとすれ違うように体をひねって着地をする。
その後ろでは断面図のように切られたエーバーが頭と胴体に分かれて血を流していた。
俺たちはあまりのあっさりした出来事に言葉を発することが出来ない。
唯一しっかりと見えていたらしいエミリーさんが静寂を破る。
「相変わらず、クロエの剣は綺麗ね。惚れ惚れしちゃうわぁ」
「……お褒めいただきありがとうございます」
クロエさんがぺこりとお辞儀をする。
ていうか、エミリーさんは今のちゃんと見えたのか。俺もいつか見えるようになるのかな。
「……次はお二人の番です。今のように突進をして来ますので、上手く背後や側面に移動して立ち回ってください」
「わ、分かりました…」
クロエさんは簡単に言うが正直できる気がしない。一直線とはいえ、エーバーの突進には迫力がある。ぶっちゃけ普通に怖い。
だけど、と俺は思い直す。
俺たちだって2年間なにも遊んでいたわけじゃない。それにこれくらいならできるだろうと思ってオリバーさんやクロエさんは許可を出したんだ。
ならその期待に答えなくてどうする。
「よし!」
気合を入れて横を見れば、大輔はワクワクが抑えきれないような顔していた。
俺もその顔につられてなんだか楽しみになってきた。
こういうところが大輔の魅力だ。隣にいるだけでなんとかなりそうな気がしてくる。
「……それでは準備も出来たようですね」
するとまたクロエさんは口笛を1つ吹いた。
今度は先程よりも長く。
「……では頑張って下さい」
そう言ってクロエさんとエミリーさんはどこかの茂みに隠れてしまった。なんだか、この暗い森の奥に取り残されてしまった感がある。
「なあ玲也、なんか嫌な予感がしねぇか?」
「奇遇だな、俺もそう思う」
俺の全身から嫌な汗が吹き出るのを感じる。
変化はすぐに起きた。
遠くからだんだんと物凄い足音が近づいてくる。
俺たちは咄嗟に今いる場所から離れた。
その直後、さっきまで俺たちがいた場所にエーバーが姿を現す。
エーバーがそのまま木に突進すると、メキメキっと物凄い音を立てて木が倒れる。
「あれに当たったらひとたまりも無いな」
俺たちはエーバーの動きが止まっているうちに背後に回り込む。
「だいすけ!」
「任せろ!"ファイアボール"!」
大輔が手のひらを向けると、直径30センチほどの火球が飛び出す。
直撃はしたものの、エーバーはすぐに体勢を整えこちらを振り返る。そこで初めて俺たちの存在に気づくエーバー。殺気を宿した鋭い眼光が俺たちを容赦なく射貫く。
「ッ!!」
初めて浴びるホンモノの殺気に足がすくむ。自分の意志とは別に本能が警報を鳴らしているのだ。俺はそれを太ももを強くたたくことで、無理やり消し飛ばす。
「俺が近距離、大輔が遠距離で行く!援護頼むぞ!」
「おーけー!うっかりドジ踏むんじゃねぇぞ!」
「はっ!おまえもな!」
俺たちは不敵に笑う。
今だけは恐怖は出てこなくていい。お前の出番は今回は無しだ。
「それじゃ、行くか!」
俺たちの初めての魔物討伐が、今始まった。